滋賀県知事・兄川高鳴は革命する

タカテン

第1話:兄川、動く

 この物語はフィクションです。

 実在の人物をモデルにしているキャラが多く登場しますが、全て作者の狂った妄想です。実在の人物・団体は関係ありませんので予めご了承ください。




 時は令和4年1月戦国・波乱の時代。滋賀県知事・兄川高鳴あにかわ・たかなりは新築したばかりの県庁・新安土城の天守閣テラスから、陽の光に照らされて眩いばかりに輝く琵琶湖を一望していた。

 

「知事、京都の八つ橋一行が名神高速・大津トンネルに入りましたぞ!」

「ここで我らがトンネルを塞いでしまえば、上京パレードなど当然中止。憎き京都府知事の野望を阻止出来ます!」

「今こそ我ら滋賀県民が立つべき時です!」

「知事、ご決断を!」


 その背後から訴えるは、滋賀県が誇る県議会議員たち。

 彼らは口々に「京都討つべし!」と語気を強めて兄川に迫る。

 

「…………」


 が、兄川は黙して動かない。

 兄川は直立不動の姿勢を崩さず、左目に半ばかかったスパイラルパーマ風の髪の毛を湖面を渡って吹き上げる風に揺らしながら、今日もまたいつもと変わらぬ美しい景色を見せてくれる湖国の姿を眺め続けるのであった。

 

 

 

 状況を説明しよう。


 ロックミュージシャン・兄川高鳴が滋賀県の知事に初当選下克上したのは一年ほど前のことであった。

 選挙において県民から圧倒的な支持を得た兄川は、早速様々な改革に着手。特に滋賀県民の母なるうみ・琵琶湖に関しては琵琶湖計画B-Projectと称して徹底した水質調査をしたり、湖底調査の為に専門の有人潜水調査艇かいつぶり一号を開発するなど琵琶湖の自然保護へ積極的に動いた。

 これは近年噂されている中央省庁の地方移転がなされた際に環境省を誘致する為の一手だと言われている。


 また、かねてより研究が進められていた安土城復元プロジェクトのデータを元に新安土城を恐るべき短期間で建城すると、兄川はここへ滋賀県庁を移し、同時に「滋賀を変える。兄川が変える!」を謳い文句に『高鳴 メイクス レボリューション』を宣言した。


 世に言うTMR宣言である。

 

 これにより滋賀県は一躍注目の的となった。

 安土城を本当に作ってしまうというスケールの大きさ、そこを県庁として安土を一大都市に作り上げようという大胆さ、元の県庁所在地であった大津には誘致する環境省を置くつもりではともっぱらの噂となった。


 さすがは兄川さん、知事に選んで本当によかったと滋賀県民みんなニッコニコだ。

 

 が、それを面白くないと感じる者たちがいた。

 そう、隣国・京都府である。

 京都にとって滋賀など所詮は労働力を提供する属国に過ぎなかった。それが身分不相応な新安土城なんてものを作って目立たれてしまっては、観光大国として面目丸つぶれと言えよう。

 

 ましてや環境省を誘致しようなどとは、滋賀の田舎もんのくせして生意気にもほどがある。

 到底看過出来ることではない。

 

 そこで京都は新安土城に対抗すべく、従来の市役所に設置した漆塗りの茶室に加えて、今度は新たに黄金の茶室を京都府庁に建設する計画を立てた。

 この計画によって今再び世間の注目を京都に集め、「さすがは京都!」「金閣寺に見立てて黄金の茶室を作られるとは。さすが雅ですなぁ」「それに比べて安土城を作るなんて、滋賀は何か勘違いしているのでは?」「やはり滋賀に省庁はありえませんな。むしろ京都に二つ置くのが正解でしょう」となるのを目論んでの行動である。

 

 が、これには問題がひとつあった。

 そう、京都には金がない。

 ただでさえ長年財政難に苦しめられている上に、近年はコロナの影響で重要な財源である観光収入が激減。ここで黄金の茶室などを作っては本気で破綻しかねない。

 

 そこで京都府知事・八つ橋旨麻呂やつはし・うままろが目を付けたのが、国からの援助金であった。

 さすがに「滋賀の安土城に対抗して黄金の茶室を作りたいから」では通るわけもない。なのでそこは貴重な文化財の保護費用とした。

 加えて普通に申請しただけでは、今や国も貧乏なので出し渋りされるのは必定。そこで府知事自らが京都銘菓おたべを配りながら東京に向けて高速道路をパレードし、世間の注目を集めてゴリ押しするという方法を取ることにした。


 これが上手くいけば国のお偉いさんも了承せざるを得まい。実に妙案と言える。

 

 もっともこれにもまた京都には懸念がひとつあった。

 言うまでもなく、京都が上京するにはまずお隣の県・滋賀県を通る必要があるのだ。

 

 滋賀県民とて馬鹿ではない、京都の目的が滋賀への対抗策であることは薄々気が付いている。

 故に滋賀県がこのパレードをみすみす見逃すはずがなく必ずや大きな衝突があると睨んだ報道関係者たちが、朝から滋賀と京都の県境の上空にヘリコプターを飛ばして待機していた。

 

 しかし、兄川は動かない。

 その姿は琵琶湖の向こうに鎮座する比良山脈のように不動であった。

 

 

 

「なにが『高鳴メイクスレボリューション』だ、あの腰抜けがッ!」


 同日正午、新安土城・中層、第一委員会室。

 いつもは皆、滋賀県の明日の為に熱い議論を繰り広げるこの部屋で、今は。

 

「所詮は口だけだったのだっ!」

「少しでも期待したワシらが馬鹿だった!」

「くそう、あんなのが知事なせいで滋賀が全国の笑いものになってしまったぞ!」


 県議員たちは皆、滋賀県知事・兄川高鳴に罵倒の限りを尽くしていた。


 彼らは今日こそ京都に一泡吹かせてやると朝から躍起になっていた。

 しかしいくら進言しても兄川は動かず、そうこうしているうちに京都府知事八つ橋一行は大津トンネルを抜けてしまったのである。

 

 大津トンネルは滋賀への侵入を防ぐと同時に、パレードを襲撃して撃退するには絶好の場所であった。

 それを何もせずに突破を許すということは、即ち滋賀県がパレードをただ黙って見送るということに他ならない。


 彼らがかくも憤るのも至極当然であった。

 

「くぅ! 八つ橋たちは今、草津パーキングエリアでどんちゃん騒ぎをしているそうだ!」

「ええい、忌々しい奴らめ! おい、草津殿、己の領土で好き勝手されて何故黙っておる!? 今からでも兵を挙げ、奴らを追い払おうとは思わぬのかッ!?」

「も、勿論、拙者とてそうしたいのはやまやまだが、しかし、知事の下知が……」

「ええい、情けない! それでもうみの子かっ! だったら大津殿、あんたはどうだ? 我が滋賀県でも最も力のあるあんたが先頭に立ってくれれば、あの知事の下知があろうとなかろうと我々は付き従うッ!」

「……知事は県民に選ばれたお方。その知事を差し置いて我が指揮を執るなど貴公らが認めても果たして民たちが認めるかどうか……」

「この腰抜けどもが!」

「さすがに言葉が過ぎますぞ、長浜殿!」

「ならば京都に立ち向かう気概を見せてみせい! どうせ出来やしまい。なんせ貴様らは京都の企業に就職したり、京都の私立大学を誘致したりする連中、京都に歯向かう勇気なんてあるはずもなかろう!」

「おのれ、大津殿たちを愚弄するとは許せませんぞ!」

「だったらお前が兵を出すか、守山? 無理だよなぁ? なんせお前んとこも京都の大学の付属高校があったもんなぁ!」

「よさないか、同じ滋賀県民同士で言い争いを始めたところで状況は何も」

「うるせぇ! 高島は引っ込んでろい!」


 大会議室に議員たちの大声が響き渡る。

 実を言えば滋賀県、普段からあまり県民同士の仲が良いとは言い難い。

 というのも同じ滋賀県でありながら、中央に母なる湖・琵琶湖があるので地域間での交流が取りにくいのだ。

 また京都・大阪のベッドタウンである湖南地区と呼ばれる大津市南部・草津市・守山市と、他の地域との格差が大きいのもまた不仲の原因にもなっている。


「ええい、誰かなんとかしてくれー!」


 が、石橋を叩いて渡る慎重な県民性が仇となって、なかなか「だったら俺がやってやる!」と言い出せないのが滋賀県民なのであった。




「ってことで下は相当に荒れているぜ?」


 いまだテラスからの景色を眺めている兄川の背に、天守閣へと上がってきた偉丈夫が自嘲めいた笑みを浮かべて報告する。

 男の名は比古幻十郎ひこ・げんじゅうろう。湖東地区の彦根市出身の議員である。

 まだ議員一期目で、都市を統べるような有力者ではない。が、昔から兄川とは縁が深く、三つほど年上の彼のことを兄川は実の兄のように慕い「比古兄やんひこにゃん」と呼んでいる。


「あ、比古さん、お疲れ様ポコ。みなさん、自棄になってお酒なんか飲んでないですかポコ?」


 もっともこの報告にも兄川は依然として無言を貫き、代わりに秘書の紫香楽タヌ子しがらき・たぬこが応えた。

 信楽焼のたぬきのように誰からも愛される子へ育ちますようにと親から付けてもらった名前の通り、立派なたぬき娘に育った二十二歳である。

 

「ああ。まだ大丈夫だ。が、俺はもう一杯やりたい気分だがね」

「ダメですポコ! 比古さんにはこれから大事な仕事をしてもらわなきゃいけないポコですから!」

「ったく、相変わらず若いくせして頭の硬いタヌキだなぁ」

「タヌキじゃないポコ! タヌ子ポコ!」


 比古の軽口に本気で怒ってみせるタヌ子。

 それは普段と変わらない何気ないやりとりのようだが、実際のところはふたりとも緊張のあまりいつもより固くなっていた。

 

「……はぁ、どうにも落ち着かねぇな」

「私もポコ」

「下の連中が高鳴をなんて言ってるか知ってるか? 口だけの腰抜け野郎だとよ!」

「知事が腰抜けだったら、どれだけ楽だったかポコ」

「まったくだ。そもそも腰抜けならGYAKTギャクトと組んで『知事格付けチェック』なんて番組に出れねぇっつーの!」

「……そう言えばGYAKT様も滋賀県は守山高校の出身……一緒にこの場にいてくれたらどれだけ勇気付けられたかポコ」

「ああ。だが今や奴は埼玉県知事。今もそこらへんの雑草を食べながら頑張っているだろうさ」


 はははと空笑いして、兄川の様子を見るふたり。

 が、兄川は笑うことなく、相変わらず不動であった。

 

「……なぁたぬき、本当に高鳴の言う通りになると思うか?」

「ここまで来たら知事を信じるしかないポコ」

「京都が高速道路で上京するにあたり、八つ橋には大きな懸念がひとつあった。大津トンネルで俺たちが襲う可能性だ」

「でも知事は敢えてそこを通らせたポコ」

「その結果、八つ橋はこちらの思惑通り、琵琶湖を北上する名神高速道路を選んだ。甲賀から三重へと抜ける新名神高速道路を選ばずに、な」

「でもこの季節、名神高速道路で滋賀県を抜けるには気を付けなくちゃいけない問題があるポコ。ただ、それも必ず起きるわけではないポコが……」


 その時だった。

 

「……ふたりとも、いい風が吹いてきたぞ」


 それまで無言で不動だった兄川がふたりに振り返る。

 そして力強く宣言した。

 

「準備しろ。京都を獲りにいく!」



 ☆ 作者より ☆


 お読みいただきありがとうございます。

 こんなノリの頭の悪い話ですが、面白かったら是非作品フォローお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る