第2731話・熱田祭り・その四

Side:織田信長


 此度は皆で集まる花火見物の宴はない。守護様と親父は皆がそれぞれの妻子や一族と見物するようにと命じたのだ。


 特に守護様は家中の皆が争わず共に生きることを望まれている。


 親父もそうだが、唯一無二の主君になろうなどとはせぬ。主君ですら互いに欠けているところを補いつつ国を治める。守護様と親父の形こそ、本来の武家の政なのかもしれんと思う。


 かずが斯波と織田に見せてくれたものだな。いかに優れた者とてひとりでは治められぬ。いや、治めてはならぬのだ。


 次が続かぬからな。ひとりでやってしまうと。


 オレは今日、久遠屋敷にいる。周囲では吉法師たちがかずの子や孤児院の子らと遊んでいる。


「帰蝶、花火がなくなったらいかがなると思う?」


 花火を待つ子たちを見つつ、ふと考えてしまう。


 毎年見られると誰もが疑わなくなりつつある。だが、朝廷や畿内は花火でさえも見られぬことに不満を抱えておる。


「なくなったら……でございますか?」


「花火もまた恨みを買うておるのだ」


 所詮は上下でしか物事を見られぬ者らだ。結局のところ、一度は上下をはっきりさせる日が来る。かずは戦以外でそれをやりたいようだがな。


「難しゅうございますね」


 帰蝶はそれ以上、なにも言わなんだ。誰もが傷つかず解決する策などありはしない。それ故に、皆で考えねばならぬことだ。それを分かっておるのであろう。


 ため息が出そうになった時、かずの姿が見えた。


「ほら、危ないことしちゃだめだよ」


「はーい!」


 帝や天台座主に並び立つとさえ囁かれ、疑いを持つ者がおらぬとも言われるほどになったが、あやつはなにも変わらぬ。


 近頃ではろくに縁のない関東諸将ですら、かずを東国の光明になりうる者と見ているという話もある。


 多くの者が忘れかけていた頼朝公や将門公と朝廷の因縁を皆が思い出すくらいには、かずの権勢は高まり続けている。


 無論、良きこともある。心ある者は我らと共に生きようとしてくれる。あれだけ宗派同士で争い憎んでいた寺社ですら、領内では争いを用いず力を合わせようとしておるのだ。


 そんな寺社の動きに人々はさらにかずを信じる。


 もっとも、それが朝廷や叡山など畿内の寺社への信を失わせている理由にもなるが。寺社を争わせぬという帝も天台座主も出来なんだことをかずは成してしもうたからな。


 成す者と成せぬ者、その違いを人は知ってしもうた。


 少なくとも東国では、二度と朝廷や叡山がかつてのような権勢を振るい属国として扱うことは出来なくなろう。久遠がおる限りな。




Side:久遠一馬


 子供たちは元気いっぱいだなぁ。小さい子は眠くならないようにとお昼寝を多めにしたそうで、当分落ち着きそうもない。


「殿様、お公家さまから褒美にと多めに銭を頂きました!」


「そうか、よく働いたからなぁ。ありがとう」


「はい!!」


 子供たちの報告を聞くのもオレの役目だ。この子が言っているお公家様とは、越前の公家衆だな。


 ウチの子たちは見て分かるようにしてほしいとの要望からおそろいの半纏を着ているから、みんなで見守ってくれる。さらに身分ある人だと多めに代金を払ってくれるのもよくある。


 儲けがないどころか赤字で振る舞っているのはみんな知っているからだろう。越前の公家衆も気付いたのかもしれない。


 実際のところ今では那古野の孤児院の運営は赤字ではなくなり、余ったお金は貯めて他の孤児院が赤字になった時の補填に使っている。


 当初の予想よりはずっと健全な運営が出来ているけどね。


 仕事がなければ困るだろうと仕事を回してくれるのは尾張以外の領国でも多い。孤児院は牧場や農園を併設して運営をウチでやっているが、地域で支える形が自然と出来た。


 これは本当に寺社のおかげだ。


 無論、支援してくれる人たちはウチと縁を持ちたいという打算もあるだろう。ただ、それでいいんだ。持ちつ持たれつだからな。


「越前か、いかになっておるのやら」


 ちょうど近くに宗滴さんは子供たちの話に少し懐かしそうな顔をした。その表情は悪くない。


 もう政には完全に関与していないはずだ。義景さんとかと文のやり取りはあるが、どちらかというとオレたち伝いに越前の様子を知るくらいだからな。


「越前との件は加賀に助けられたのかもしれませんね」


「かもしれぬ。あれだけ悩まされたことを思うと素直に喜べぬがな」


 加賀一向衆という敵がいなければ朝倉とは争っていたかもしれない。義景さんたちは争う気はないだろうが、全体としてそんな雰囲気はまだある。


 結局、越前は斯波と織田より加賀一向衆を敵として認識しているだけだ。


 正直、ここまで来るには越前の公家衆の協力が大きかった。宗滴さんが尾張に来たあとも越前の者たちをなだめて落ち着かせてくれたし、双方を取り持つ形で尾張に何度も来ている。


 まあ、自分たちが堂々と尾張に来たいという本音もあるだろうが、その価値に見合うだけの働きをする。


 京の都の公家衆には悩まされることもあるが、越前と織田領にいる公家には助けられているんだよね。


「そうてきさま!」


「うむ、いかがした?」


 ふたりで話していたのは僅かな合間だった。すぐにオレと宗滴さんは子供たちに囲まれて、宗滴さんは小さい子たちの世話に戻ってしまった。


 下の子たちは宗滴さんが武士の中の武士だと言われていることを知らない。優しくて頼もしいおじいちゃんとしか見ていないんだ。


 今も斯波家と朝倉家を繋ぎ、東国最後になるかもしれない因縁を解消するべく生き続けていることも知るはずがない。


 ここ数年で両家の因縁はだいぶ落ち着いて、あとはなにかきっかけさえあれば義輝さんとオレが仲介して収められる目途も立ちつつある。


 朝倉宗滴は政と戦から離れて家を残す決断をした。きっと後世ではそう言われるだろう。


 オレはまだまだ宗滴さんには及ばないところがある。いつか追い付けるのだろうか。足下にでも……。


 そろそろ花火が上がるな。


 花火だけはどれほど時を重ねても残ってくれるだろう。願わくは、花火を見たいと懸命に生きる人々の思いも残ってほしい。


 日ノ本はきっとひとつになれる。同じ花火を見て喜べるんだから。


 ただ、そのためにはまだまだやるべきことが多いけど。あとは時間との戦いになるのかもしれない。


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