第2730話・熱田祭り・その三
Side:伊勢神宮の神職
北畠の御所様と内匠頭殿が共におるところに出くわすとは……。
親しげな様子であったな。
「いかがした?」
共に尾張に来ている神職の者と落ち合うと、わしの顔色が悪いことを案じてくれた故、先ほど見たことを話すといかんとも言えぬ顔をしている。
数年前までは堂々と尾張にきて花火見物を出来たというのに、今では身分を隠さねばなにがあるか分からぬ。
武士はまだいい。己を律するからな。むしろ民のほうが恐ろしい。
「悪いのはあの愚か者だ。何故、我らが……」
確かにな、代官殿の面目を傷付けたのはあの愚か者だ。とはいえ、あやつを使者としたのは神宮。拒まれても致し方ないとも思える。
「仮にだ、神宮がある限り争いが続くとするならば、いかにすればよいのであろうな?」
「なっ!? そなたなにを言う!!」
驚くほどのことか? 尾張や伊勢を鎮定しておるのは織田と北畠だ。神宮ではない。少なくとも織田は、神宮なき国となっても困ることはあるまい。
譲るべきは神宮か? 織田か? 神宮には争いを鎮める力などないというのに意地を張っていかになるというのだ?
「すまぬ。この国が少し羨ましゅうなってな」
寺社が力を持たぬこの国のほうが穏やかだ。民であっても安易に争うことも騙すことがない。己らのことしか考えぬ神宮の内情を思うと、いずれが穢れておるのか一目瞭然なのだ。
わしは……、共に争いの起こらぬ世のためにこの国と励みたい。
Side:熊野三山の神職
麺をすすると口の中に広がる味が消えぬうちに酒を飲む。蕎麦と汁のダシに酒の味が合わさると、この世のものとは思えぬ心地よさじゃ。
「ああ……、美味い」
僅かな銭でかように美味いものを食えるとは羨ましき限りよ。誰がいずこの者でいかな身分かも問わぬ。皆で楽しむ尾張の祭りに心奪われたわ。
よく見ると高僧や神職と思わしき者もおる。されど、誰も騒がず民と触れ合うことも厭わず祭りを楽しんでおる。
「上手くいってよかったの」
「まことに……」
尾張に来ると、この国に合わせてよかったとしみじみと思う。我らは民草とは身分が違うと思うのは今も変わらぬが、意地を張ったとてこの国には通じぬ。
それに、あまり意地を張ると古くから続く争いや因縁を掘り起こされるからの。
世を乱しているのは武士も寺社も朝廷も同じではないか? この国では左様に言われることもあるとか。こればかりは言い返すことが出来ぬわ。
朝廷や畿内とていずこまで信じてよいのやら。かの者らは己のことしか考えぬ。古き書を紐解けば分かることだ。
義理を欠いたとは言われとうないが、朝廷を信じたとて助けはない。我らは深入りせず大人しゅうしておるに限る。
「主、この串焼きをもう三つほどくれ」
「はい! すぐにお持ち致します!!」
ただ、串に刺して焼いただけのものも味が違う気がする。いかになっておるのであろうな? まさに極楽のような国だからか?
おっと、そろそろ山車が見られる頃じゃの。今日は楽しみに事欠かんわ。
Side:久遠一馬
まだお昼を過ぎた頃なんだけど、海沿いではすでに花火を待っている人で溢れている。
夏場とはいえ元の世界のように暑い日は多くないので熱中症の心配はあまりないが、それでも水分を取るなどして体調を崩さないようにしてほしい。
オレは今も具教さんと一緒だ。一通り案内したらあちこち様子を見に行くつもりだったが、具教さんが一緒に同行したいというのでそのままいつものように動いている。
そんな中、六角義弼君と偶然出会った。
「四郎殿、楽しんでおられますか?」
「はっ、楽しませていただいております」
相変わらず表情が硬いなぁ。
時々会うことがある具教さんの嫡男である具房君のほうが、割とリラックスしているんだよね。彼は割と要領がいいタイプだ。武芸には向かないけどね。
「いずこに参られるのでございますか?」
「特に決めていませんよ。祭りの日は町を見て歩き、困っている者などがいないか声を掛けているだけです。亜相様がその様子をご覧になりたいというのでお連れしています」
オレにとっては普通のことだし、尾張に来た頃からやっているから誰も驚かないが、義弼君は少し驚いた顔でオレと具教さんを見ている。
「面白いぞ。良ければ四郎殿も来ぬか?」
「はっ! お供致します!」
義弼君の様子を見た具教さんがこちらをチラ見してから誘うと、義弼君は喜んで返事をした。前に慶次と騒ぎを起こして以降、彼は勉強熱心だからなぁ。
「北畠様! いかがでございますか!? 秘伝のタレの串焼きでございます!」
「ほう、ひとつもらおうか」
熱田だと具教さんは本領のようなものなんだよね。昔から住んでいる人は顔を知っているし、普通に声を掛けられる。
義弼君はそんな様子を興味深そうに見ていた。
「うむ、美味いな。なかなかよいぞ」
「ありがとうございます!!」
ちょっと香辛料が入っているな。確かに美味しい。義弼君も串焼きが好きだから黙々と食べている。
その後も屋台とか露店ばかりでなく、花火を待っている人たちとかいろいろと声を掛けていく。
「……皆、楽しそうでございますな」
子供たちが集まって遊んでいたので少し話をして離れると、義弼君がなんとも言い難い表情で子供たちを見ていた。
「身分があると民のように皆で集まって遊ぶということは、あまりやらぬからな」
表情の理由がいまいち分からなかったが、具教さんが教えてくれた。
そういや、そうだったんだよね。尾張だと子供たち同士で宴もするし、ウチとか牧場に遊びに来て子供たち同士で遊んでいるから珍しくないんだけど。
「傅役と近習がいると憂いなく育つことが出来ますからね。それもまたいいところはありますよ。私はどちらかというと民と共に生きるほうが性に合っていますけど」
現在でも相応の家には傅役と近習がいる。ただし、織田家中の子供たち同士で遊ぶこともあるし、近所の領民の子と遊ぶこともある。
これに関してはお市ちゃんの功績と言えるだろう。彼女がオレたちとの日々で学んだことを織田家に取り入れるように動いた結果だ。
「古き知恵と新しき知恵、共に生かしていくべきだ。四郎殿もそう思わぬか?」
「はい、ごもっともでございます」
義弼君の目に力が戻った。理想ややりたいこと、そういうことがまたひとつ見つかったかな? そこからが大変なんだけどね。
頑張ってほしい。近江は今後の日ノ本の行く末を左右する地だ。
大いに期待している。
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