第2484話・最後の宴

Side:熊野の神職


 花火も終わり熊野の地に戻ることになり別れの宴を開いてくれた。


「よき国じゃの」


 笑みを見せた年配の僧に皆が頷く。


 いかになっておるのか分からぬところも多い。されど、なるべく争わず皆で生きておる。本来、我ら寺社がかような国をつくらねばならぬはずであろう。


 それを為したのは僧侶でも神人でもない、武士だ。


 武士のせいで世が荒れると言うておる者は熊野にも多いが、では武士が世を鎮めるといかに言うのか。驕れる武士が増長しておる。我らを厚遇せねばすぐに荒れるぞと騒ぎ出した。


 無論、左様なことを尾張に言える者はおらぬ。内輪で騒ぐだけ。されど、漏れ伝わるのであろう。斯波も織田も我らと関わるのを避けた。


 ここ十年ほどで三河本證寺と伊勢無量寿院が兵を挙げたこと、神宮の愚か者が潰してはならぬ者の面目を潰したこともあり、織田は寺社というだけでは会うことすら好まぬようになった。


 尾張では、武士を惑わし世を乱していたのは寺社ではないのかという噂が民の間で囁かれるほどになったのだとか。


 先に音を上げたのは領域の水軍衆だった。とても勝てぬ。織田に合わせることで利になるのだからと主立った者が話し合い、海での掟などを織田に合わせる形で改めた。


 陸も深刻だった。織田ばかりではない北畠までもが新しきことを始めたことで、所領が接するところは豊かな織田と北畠、変わらぬ熊野に分かれてしもうたのだ。


 不満を叫び苛立つ者も増えておったが、己の力で豊かになった者を表立って罵るわけにもいかぬ。


 いずれ躓くだろうと機を窺う者も多かったが、時が過ぎるに従い豊かになり領内が落ち着く尾張に多くの者が諦めた。


 その間も熊野三山検校職や織田に降った鵜殿家の伝手を使い、清洲と話を続けようやく招いていただけるまでになった。


 来てみて分かった。この国は寺社に頼る気はないのだ。寺社を使うてやることはあってもな。それをいかに見るかは各々の勝手であろうが、少なくとも争いのない国を築いたのは事実。


 異を唱えるならば、我らが寺社として争いがなく尾張よりも豊かな国をつくらねばならぬが……。


 出来ぬのだ。最早、そこは認めねばならぬこと。




 つらつらと今までのことを思い出しつつ宴を楽しんでおると、内匠頭殿がこちらに来られた。


 虎を仏と変えた男。人々に光明を見せるまことの神仏の使者。多くの力なき者を救ったとすら言われる。織田領内には内匠頭殿を信仰する者すらおるはず。かく言う熊野においても、僧や神人でさえ内匠頭殿こそ神仏の使者だと信じる者らがおるくらいだ。


 そんな内匠頭殿が珍しく自ら我らの席に来られたことで、皆の表情が引き締まる。挨拶程度はするが、我らにこびへつらうことなどないし、なにかを求めるでもない。


 正直、もう少し話がしたい御仁だ。


「いかがでございますか?」


「夢のような宴、楽しんでおりまする」


 年配の僧が笑みを浮かべ答えると内匠頭殿も笑みを見せられた。


「近衛殿下や鵜殿家の方々とも話をしておりますが、なるべく争わず共に生きる道を探しましょう。なにかあれば寺社奉行にお伝えください」


 ……許された。信濃の愚か者のために動いたことで絶縁されるのではとすら思われたことが許された。


「ご配慮かたじけのうございます」


 皆で揃って頭を下げる。最早、立場もなにもないわ。この御仁の上に立とうとしてはいけない。それは信濃の一件で明らかとなった。


 皆の光明なのだ。決して傷を付けてはならぬし、その面目を潰してもならぬのだ。


 周囲にいる織田の者や石山の者らが少し驚いておるのが分かるが、構わぬ。頭を下げたくらいで熊野の積み重ねた立場は揺るがぬ。


 むしろ……。




Side:久遠一馬


 最後だし、熊野の皆さんに一声かけたんだけど……。


 揃って頭を下げられて周囲が静まり返った。


 寺社の立場は難しいからね。裏で頭を下げても、トップが出席している公の席で熊野の主立った皆さんに頭を下げられるとは思わなかった。


 別に床に頭を付けるほど深々というわけではないけどね。まあ、それにしたって周囲が静まり返るくらいの驚きはある。


 ほんと挨拶程度の会話しかしていないんだけど。まあ、神宮を突き放している現状だと許されたと思ったのかもしれないな。


 正直、許すとか許さないとかはどうでもいい。今も公の場で許すとは言えないし、言う気もないが。ただ、役目として付き合うのは仕事だからする。この辺りの価値観は多分、理解していないだろうけどね。


 まあ、いい。熊野は今後も近衛さんと弟の道増さんが上手く導くだろう。鵜殿家も随分と苦労をして仲介していた。そういう意味では、関係者への配慮はオレも必要だ。


 正直、この時代では新興勢力である本願寺はともかく、熊野三山は潰すわけにいかない。


 落としどころだろう。誰がどう見ても。




 オレはそのまま石山本願寺の皆さんにも声を掛ける。


 鎮永尼さんは相変わらずかな。ただ、こちらはそれなりに付き合いがある人もいるので割と話が通じる。


「いろいろとご迷惑をお掛けして申し訳ない。今後とも良しなにお願い申し上げまする」


「ええ、商いのほうは今まで通り、願証寺を通して致しましょう」


 いろいろか、鎮永尼さんの動きや越中勝興寺のことだろうな。現状では自分たちの始末は自分たちでするというのが本願寺の方針だ。


 織田領の末寺は、もう願証寺に任せるしかないというのが本願寺の現状になる。統治体制が違い過ぎて、下手に口を出すと反発するのを察している人は本願寺にもいるんだ。


 特に今回の尾張訪問で三河の末寺の多くは住持、寺のトップが挨拶に来るのを見送ったところも多い。そういう意味では、畿内との違いを改めて理解したことだろう。


 越中勝興寺に関しては織田と関係なく、本願寺と勝興寺の間で対立していてひとつの動きがある。門跡となったことで院家に願証寺や勝興寺がなることが内定しているのだが、勝興寺を院家にするのを見送る案が急浮上しているらしい。


 勝興寺は本願寺に織田と同じような支援をしろと求めたりして揉めているからな。勝手に一揆を起こして支援しろという形に本願寺内部は怒っている。


 願証寺など他の内定している院家は独自で運営しているからな。勝興寺だけ支援というのは筋が通らない。自分たちだけで運営出来ないなら院家にしないというカードが使えるそうだ。


 まあ、これ織田と親しい高僧が言っているだけだからどうなるか分からないが。



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