第2483話・花火を終えて
Side:久遠一馬
花火は大好評だったなぁ。熊野と石山の人たちも喜んでくれたと聞いている。
いろいろと懸案もあるが、概ね関係は良好だ。石山本願寺の場合はむしろ意思疎通が上手くいっておらず意見統一があまりされていない内部の問題はあるが。
規模が大きいし内部には過激派も穏健派も抱えている。そんなものだろう。
そんなこの日、オレとエルとシンディは、義統さん、信秀さん、義輝さん、慶寿院さん、近衛さん、山科さんとお茶を共にしている。
仕事をしていたらお茶でもと誘われたんだ。
「内匠頭、熊野の件。世話を掛けてすまぬな」
近衛さんはひとつ肩の荷が下りたという感じか。
「下賤な話を致しますが、いかほど銭を掛けて、いかほど得るものがあるのか。熊野においても考えていただきたいところがございます。立派な寺院や社殿を数多建てて、世が落ち着くならそれでもいいのですよ。ただ、古くから今までの事実を思うと……」
ついでだから近衛さんに少し話しておこう。本当はこういうお金の話をしていい人じゃないんだけど。近衛さんの圧力というか働きかけがかなり有効なんだ。
「そうじゃの。寺社はあのままにしておけぬ。いずれ、誰もが神仏は信じるが寺社は信じぬと言い出してもおかしゅうない。今しかないのじゃ」
近衛さんも実感として理解はしている。立派な着物を来た坊さんや神職をそれだけで信じる時代じゃないということを。
「末寺や末社は理解しておることじゃがの、民を軽んじる寺社の行く末は危うい。一向宗がこれほど世に広まったのも、もとはと言えば古き寺社の不始末じゃ。己らだけは害されぬという高みから争い堕落する。内匠頭殿がおらずとも、いずれ民は寺社を見限るのではと思える」
山科さんにしては言葉が厳しいな。
ただ、朝廷のために諸国を歩いていた人だ。当然、武士と同様に問題だらけの寺社を見てきたんだろう。今まではそれを言えなかったんだろうな。山科さんでさえも。
まあ、叡山を筆頭に寺社も尾張の治世を見て変わろうとしている人はいる。こちらとしては成り行きを見守るくらいでいい。
「一馬、そういえば仁科三社のひとつ、若一王子神社の使者はいかがしておる?」
忘れていたことを思い出したような義輝さんに苦笑いが出そうになる。
「なにも聞いていませんね。特に変わらずといったところかと」
そういや熊野の団体さんが来たことに合わせて、尾張に使者を出していたはずだけど。どうなったんだろう? もともと熊野の末社だった彼らを助けたことで熊野は騒動に巻き込まれた。
同席する信秀さんもエルとシンディも知らないらしい。
「使者の挨拶は受けておるぞ。それだけじゃがの」
ああ、近衛さんが知っていたらしい。相変わらず情報が早いなぁ。
そもそも仁科三社、三社というとおり別々の寺社なんだよね。若一王子神社は熊野の末社であることから、この機会に織田に許してもらおうと他の二社と別に動いている。
寺社奉行にもなにか話があったらしいが、挨拶以外は受けていないはず。公式には問題がないことになっているし。実際、すでに仁科家との騒動は解決済みだ。
ただ、斯波家と織田家とウチが相手をしていないだけで。
織田家だともう彼らのことで動いている人がいない。地方の寺社でしかないんだ。維持するだけの俸禄は与えている以上、関わろうとする人もいない。
元守護家である小笠原家は国人寺社に対してドライだし、仁科家は怒って絶縁状態だし。助ける人がいないんだ。
「ここしばらくは三社同士の不仲は噂されております。互いに責の押し付け合いをしているとか……」
エルの言葉に同席する皆さんが疲れたような表情をした。
特に害がないから放置していることだ。代官は尾張から派遣している人で、三社に対して縁がないしね。
まあ、正直、この件は問題のレベルが低い。割とあるんだよ。寺社同士の争い。兵を上げないものの近隣の寺社と因縁があったりすると、細かいことで揉めるんだ。
中には織田家の行事に呼ばれた席次で文句を付けて、行事から追い出されたところもあったはず。ごく一部だけどね。
多くの寺社は上手くやっている。
Side:山科言継
幾度来ても良き国じゃの。無論、尾張には尾張の懸念はあるが、飢えず争わせず、出来る限り皆で助け合い生きる。これこそ、人の国なのだと思い知らされる。
変えぬことで今も続く朝廷とはまるで違う。尾張は日々変わることで明日を生きる。これほど違う国が生まれるとは。これも世の習いというものなのであろうか。
叡山、石山、熊野と寺社が騒ぎになることがあるが、他でもない尾張の国を知ったことで人々が朝廷や武士や寺社に疑念を抱いておるのが理由であろうな。
深刻なのは寺社か。誰のための寺社なのか。日ノ本のため朝廷のため主上のための寺社であったはずが、いつの間にか堕落して世が荒れる一因となっておる。
誰もが察しつつも声を上げられなんだこのことに、尾張はまったく違う国を造ることで寺社の間違いを世に知らしめた。
無論、すべてが悪いとは言わぬ。されど、いささか堕落しすぎではあるまいか?
本願寺の鎮永尼に至ってはそれを知り、内匠頭殿に助けを求めようとしたと思われる。間違いではないが、己らで動く前に助けを求められたとて困るだけだと思わぬのが石山が増長しておる証であろうな。
「寺社に信が置けぬようになりつつある。また、誰ぞが新たな宗派でも始めそうじゃの」
「それも困るんですよね」
思わず出た言葉に内匠頭殿が困った顔をした。寺社が増えてもあまりよくはならぬと思うておるようじゃな。
事実かもしれぬ。古くから様々な理由で新たな宗派を興す者がおる。皆、伝え聞くところは立派なれど、残念ながらあとが続かぬ。
政が悪いのもあろうが、それとてその時々の者らが懸命に治めたものでもある。
「名立たる寺社の高徳な方々が、世のことをいかほど考えておられるのか。お教え願いたい」
しばし間が空くと弾正が問うた言葉に、吾と近衛公は顔を見合わせた。
「あまり考えておらぬと思うてよい。受け継ぎし学問や信仰は学び伝えておるが、言い換えるとそれだけじゃ。世の安寧を祈ることくらいはしておろうが、世が荒れるのは武士のせいと思うておろう」
近衛公は、もうこの者らに体裁を取り繕うことを止めてしまわれたな。まことのことを伝え、共に生きる。尾張の流儀に自ら飛び込んだ。
朝廷や寺社を残すには、もうそれしかないと悟られたのかもしれぬな。
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