第2482話・花火を見ながら

Side:季代子


 上がり始めた花火をみんなが見入っている。


 改めて考えると、花火って人類史でも有数の発明かもしれないわね。花火の前では誰であれ見上げる形となる。権威主義のこの時代にこれほど効果的なものはないかもしれないわ。


 長らく停滞していて大きな変化がなかった奥羽の地が、花火と寺社の自滅で変わりつつある。これを歴史はどう見るのかしらね。


「あ~う~」


 花火を楽しんでいると、由衣子の子、由萌ゆめがこちらを見て楽しげに笑っていた。


「あら、由萌ゆめ、どうしたの?」


 生後半年を過ぎたくらいだけど、花火に動じることなく先ほどから夜空を見上げていたのよね。


 お乳はさっきあげていたし、おしめでもないと思う。甘えたいのかしらね。抱っこしてあげると喜んでいる。


 仲間たちの子供にも個性がある。由萌は比較的おとなしい子かしらね。


「よしよし、綺麗な花火ね」


 子供たちを見ていると、日ノ本を変えなくてはならないと強く思う。


 司令は今でも元の世界の歴史を変える罪悪感を抱いているけど、私には罪悪感はない。私にとって司令の元の世界は行ったことがない世界でしかないから。


 ここが司令の過去世界なのかどうなのか。未だにはっきりしていないけど、少なくとも元の世界で言われていたタイムパラドックスのような影響はないわ。あれも所詮はフィクションの一端でしかなかった。


 将来的に日ノ本に住むのか、私たちで確保した領域に住むのか。今のところ分からないけど、少なくとも歴史なんてもののために私は犠牲になる気はない。


 歴史の資料によると、奥羽の人々にはこの後も長く困難な日々が続く。そうね。二十世紀後半までは苦しむ地域になる。私はそれを変えたい。


 無論、私たちだって、すべてを助けようなんて思わないし出来ない。でもね、高貴な身分や権威のために遠慮しようなどとはもっと思わない。


 飢えて苦しむなら、歴史の業を背負うべき高貴な人々から苦しめばいいとさえ思う。


 まあ、所詮、私はアンドロイドでしかないわ。高貴な人の気持ちを理解出来ないだけなのかもしれない。


 花火は打ち上げ続けるわ。私がこの地にいる限り絶対に。半ば見捨てられていた奥羽の人々の希望の欠片となることを期待して。


 責任も取らず己らの私利私欲と存続だけを考えて、世を乱す者たちに奥羽の人々の意地を見せるためにも。


 東国の夜明けはもうすぐ。


 花火のように一瞬で散らすなんてことには絶対にさせない。なにがあってもね。




Side:慶寿院鎮永尼


 見上げる花火に、ただただ魅入るばかりです。


 まことに、これが人の技なのでしょうか。


 公方様は織田の者や奉行衆などには幾度もお声掛けをされているものの、私たちや熊野の者にはお声掛けはないまま。


 その事にただただ驚き憂いを持たざるを得ません。


 同席を許されるだけ、まだいいということなのでしょう。斯波と織田に疎まれた神宮の者はこの場にいないのですから。


 尾張では堕落した寺社の内情が民にまで漏れ、信を失いつつある。知らせとして聞き及んでおりましたが、訪れてみるとより深刻なことが分かります。


 武士はより深刻なようです。斯波と織田ばかりではない。上様ですら私たちを疎んでいる。私たちが叡山を疑い疎むように。


 当然なのかもしれません。私たちでさえも信じられぬものを武士には盲信しろと言うほうがおかしい。


 人が人として国を治めることで、むしろ寺社は太平の世の妨げになるとは……。


 法華宗も天台宗も他の多くの宗派も堕落して本来の教義から外れつつある。中には末世なのだから仕方ないと諦めたように堕落した寺もまた多い。


 本来の教義、仏教を広め世の安寧のためにと祈った者たちの真の思いは途絶えようとしている。


 見切られたのかもしれません。寺社が。


 今の世に残る、仏の教えと多くの先人が残した異なる解釈。最早、仏の本当の教えはなんなのか。誰にも分からないものになってしまいました。


 さらに権威や富を求め腐敗した寺社を見切り、新たな道を切り開かんと分かれてしまった寺社が権威や富を得ると腐敗する。


 私たちもまた……。


 ただ、私に出来ることは多くはない。俗世の権威、武威、富などを取り入れることで大きくなった御寺が、聖人様の教えに戻りすべてを投げ捨てるなど出来ることではありません。


 分からなくなってしまいました。本当に、世を乱してまで御寺は守らねばならないのでしょうか?


 朝廷の権威を得たことは間違いだったのかもしれません。世を乱す根源は朝廷ではないのでしょうか? かようなこと誰にも言えませんが。




Side:久遠一馬


「うわ~」


「ばーん!」


「ばーん! ばーん!」


 花火が上がるたびに興奮したように騒ぐ幼い子たちの笑顔がなによりだ。


 それなりの年齢になるともう少し落ち着くんだけどね。それでもみんな嬉しそうに花火を見上げている。


 お年寄りなんかは花火に手を合わせている人もいる。あんまり神聖なものにしてほしくないから、人の技なんだよと教えているんだけどね。


 まあ、楽しみ方は人それぞれでいいかな。


 義信君と信長さんも日頃は大変な責任ある立場になって苦労が多いはずだが、花火見物はそういうことを忘れて楽しめるものだと思う。


 当然、オレもゆっくりと花火を楽しんでいるが、花火と花火の合間には子供たちがあれこれと話しかけてくる。


「父上、お酒、もっと飲む?」


 今日は長女の希美がエルを真似てか、最近はオレの世話を焼いてくれている。そんな希美も数えで九歳だ。


 まだ子供だし、割と甘えたがりなんだよね。ただ、そろそろ久遠諸島での暮らしを経験させようかなと思っている。初めは短期間から。再来年くらい、満十歳くらいにはあちらでの暮らしに移ることを前提に。


 子供たちは日ノ本には残さない。その方針は今も変わっていない。いや、オレの立場が上がり過ぎたために、むしろ残せなくなったと言うべきか。


 封建体制の日ノ本に残すと、ろくなことにならないだろう。伝統と歴史があることは結構だが、それがオレの子供や子孫を縛ろうとするからな。権威や政治に利用されるのが目に見えている。


 もう日ノ本に溶け込むことは諦めた。エルたちと相談して自分たちの生存圏で独自に生きる方向で準備を進めてもらっている。実は義統さんと信秀さんもその方向がいいと言ってくれているんだ。


 オーバーテクノロジーとか隠しているが、日ノ本の外にあるウチの領地をどうしようかということは相談している。


 朝廷に従う形は残してもいいが、海外領は独立領としておいたほうがいいというのがふたりの意見だ。


 成人後、実の子たちには男の子も女の子も等しく家を創設したほうがいいと助言ももらった。将来的にひとつの国にする可能性は残してもいいが、オレが久遠一馬として生きる時代では無理だというのがほぼ結論だ。


 ただ、まだまだ子供にしか見えない子たちを見ていると、不安にもなるんだけどね。


 今から準備だけはしておかないと。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る