第2479話・津島天王祭
Side:浪岡具統
十三湊での花火を見ようと奥羽の各地から人が集まる。尾張か、十三湊か八戸か。花火を見られるところは限られておるからの。
十三湊など奥羽の端。隣は蝦夷だからな。昔から鄙の地だと蔑み蛮族の地だとすら陰口がある。己が所領では見られず、左様な鄙の地まで来ねばならぬ不満もまた多いとか。
もっとも尾張も似たようなもの、名のある寺社や武家が己の所領で花火を上げろと騒ぐことも多いと聞く。
織田は左様な身勝手な者らを捨て置き、己で花火を上げる地を決めている。畿内や関東の者らはさぞ面白うなかろう。
わしもまたそれなりの名門故、畿内や関東の諸勢力の心情は察するところもあるが、一方で織田の心情も察する。
朝廷も寺社も東国など見向きもせぬ。朝廷のために戦い敗れた者すら見捨てる。それが何故、朝廷の下で生きるか。他に生きる形を知らなんだからだ。
己らを見向きもせず見捨てた者らだが、その権威は絶大であり代わるものがなかった。それ故、縋るしかなかったのだ。
我らの祖先はさぞ苦々しい思いをしておったであろう。
ところがじゃ、久遠は左様な東国に新しく生きる形を示しておる。
今こそ畿内は東国に目を向ける時であったはずが、寺社の本山ですら己らの保身を考えてあっさりと見捨てた。
奴らは知っておるのであろうか? 今、奥羽の湊に荷を運んでおる黒き大船のことを。飢饉で飢える民を助けるために、久遠は蝦夷から多くの食糧を運んでおることを。
誰もが驚いたはずだ。領内の食糧を皆で分けることはあっても、日ノ本の外、久遠の国から食糧を運び、民に分け与えるなど誰がやると思うたか。
このまま奥羽が日ノ本から離反してもわしは驚かぬぞ。皆、己の家と一族を守りたいのだ。誰が守る? 朝廷や畿内の寺社が守ってくれぬというのなら……。
わしの一族もだいぶ変わった。わしと倅はお方様の下で奥羽領の政をすることで忙しい。浪岡の代官職も今は残しておるが返上も考えておるほどだ。
北朝方だった斯波家中において南朝方だった我が家が仕えてまとめる。この形は今後も生かさねばならぬ。
「料理でございます!」
「おお、よう運んだの」
少し考え込んでおると、家中の子らが酒や料理を運んできた。身分や立場の前に、子には人として生きるための知恵と技を積ませる。そのために花火見物の場にて働かせておるのだとか。
そもそもお方様がこの場で料理を作り振る舞っておるからの。誰も異を唱える者などおらぬ。
わしの孫も楽しげに働いておるわ。まだ幼い故、遊んでおるようにしか見えぬがな。
武士も僧も神職も超えるか。
まさに天が乱れた世を嘆いてお怒りなのかもしれぬな。
Side:久遠一馬
津島天王祭当日、今日は花火の日だ。津島は朝からお祭り騒ぎで人とぶつからずに歩けないほど賑わっている。
花火の打ち上げを年二回にしたんだけど。混雑はあんまり緩和されてないなぁ。他国からの見物人も領内からの見物人も増えているみたいだ。
理由はいくつかある。街道や宿場町の整備、治安の向上で領民でも旅をしやすくなったことや、御師と呼ばれる寺社参拝の案内人が花火見物を日程に入れた寺社参拝を庶民に勧誘して広めつつあることなどもある。
現代風にいえば旅行代理店のようなものか。手間賃を取るが宿泊先や移動日程を管理してくれるので旅に慣れていない人でも安心して旅行が出来るんだ。
なんか、伊勢神宮の御師が津島神社の御師に鞍替えしているとか少し困った情報もあるが。お伊勢参り、織田領だと一気に行く人が減ったからなぁ。暮らしていけないと困っていたんだ。
まあ、尾張だとすでに宗派を問わず寺社に参拝してという形が普通になりつつあるので、大きな問題にはなっていないけどね。
困ったことといえば、ウチの屋敷を見物に来る人がいることか。もちろん中に入って見物するものなんてないから入れていないんだけど、屋敷の門の前に来て喜んでいるし、中には手を合わせる人がいるんだ。
門番が困るんだよね。どうしていいか分からないと。
「やはり熊野のほうが一枚上手だね」
町を歩いていると、熊野の高僧が普通にいる。案内人を付けているが、楽しそうに庶民に混じって屋台に並んでいる人すらいる。
面白いもので他国から来た偉い人は、割とすぐに慣れて並ぶ人と、家臣やお付きの人を並ばせる人で分かれるんだよね。
「熊野はもう領内の者も慣れております故、それもございましょう」
今日のお供である一益さんが言う通りか。熊野に関して言えば水軍衆が受け入れられている。普通に織田領の水軍や商人の荷を運ぶとかしているからな。お坊様たちも少数だと受け入れられるんだよね。
地域の印象って、そこから来ている人の様子で割と変わるんだなと改めて教えられた。
ほんと賢いよね。熊野は。偉そうなお坊様たちが大人数になると領民は怖いんだ。ただ、少人数なら花火や町を見物したいんだなとみんな察する。
実際、お忍びで来ている他国の高僧とか結構いるしね。清洲城に挨拶だけ出向いて、あとは自前で予約した寺や旅籠に泊まって花火見物を楽しむんだ。
津島や熱田の参拝に来たと言えば名目も立つしね。誰も非難なんかしない。
「去年までは石山からもお忍びで来ていた人たちもいるんだけどね。もっと楽にしていいと思うんだけどなぁ」
本願寺との関係は良好だったこともあり、石山からもお忍びで花火見物に来ていた人たちはそれなりにいる。彼らは尾張の様子とか知っているはずなんだけど、あんまり上に伝わっていないのかもしれない。
畿内だと散々いじめられたからなぁ。本願寺は。警戒するのも分かるんだけどさ。
「おお、美味いの!」
「なんと美味しものじゃ!!」
あの人たち、熊野でも上の身分だったはず……。公式行事では見せない顔をして料理を頬張っている。
しかも、ちゃんと自分自身で銭を払って買い食いしているし。もしかして初めての経験じゃなかろうか?
「お坊様、この銭……」
ただ、店主の人が明らかに困った顔をしている。どうしよう。助けるべきか迷う。
「足りぬか? ならば……」
「いえ、滅相もございません。多すぎます」
「なんと!? 左様に安いのか!? よいのか?」
「ええ、皆様から同じお代を頂いておりますので……」
ああ、金銭感覚がズレている。領内と他国だと物価が違うからなぁ。さすがにそこまで知らなかったか。
「ならば、もうひとつ頼む! それでいくらじゃ!?」
「うむ、わしももうひとつ頼む!」
結局、お代わりしても代金が貰い過ぎだったようでお釣りをもらっていた。見た感じ、ちゃんと良銭持って来たみたいだし、ほんと気を使っているなぁ。
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