第2478話・行列

Side:津島近隣の領民


 田仕事をしていると、津島に向かう坊様たちが見える。


 いつからだろう。坊主や神人が大人しゅうなったのは……、考えるまでもないか。久遠様が尾張に来てからだ。


 津島神社も近隣の寺社もそうだ。常に威張っていて、己ほどの者はいないと言いたげに振る舞っていた。おらたちみたいな弱い者を見向きもしなかった。


「熊野様も石山様も、おらたちのことなんか虫けらとしか見てないんだろうなぁ」


「見るんじゃねえ、無礼だと首を刎ねられるぞ」


 見ていると年寄りに叱られた。確かにそうだ。おらたちとは身分が違うんだ。関わっちゃならねえ。


 織田様のご家来衆でも関わりたくないと避けているって話だ。石山様は気に入らないと一揆を起こすんだろ? 怖い怖い。


 今年は去年に続き暑くならねえからか、あちこちで不作だと騒がれている。ただ、尾張はそこまで悪くねえんだよなぁ。久遠様が与えてくださった南蛮米のおかげだと思うが。


 誰かが言っていたなぁ。祈る前に働けと。仏様が祈りを叶えてくださらねえのは坊主が働かねえからだと。




 坊主の行列が終わって安堵していると、今度はお武家様の行列が来た。どこのお武家様だろうか。斯波様と織田様じゃないことは確かだが……。


「ここらの田んぼは稲が見事に育っておるのう」


 行列にいた爺様が田んぼを見て微笑ましげに声を掛けてきた。結構な身分に見えるが……。


「はい、ありがとうございます」


 余計なことは言うてはならぬ。わしらの首が刎ねられるくらいなら仕方ないが、織田様にご迷惑が掛かってはならねえ。


「近衛公、参りましょう」


「そうじゃの。尾張は民もよう働く。羨ましき限りじゃ。おっと、手を止めさせて済まなんだな」


 物腰の柔らかい爺様は若い武士に促されて去っていく。近衛? 近衛って、京の都のお公家様じゃねえのか!?


「将軍様だ」


 共に田仕事をしている年寄りが気付いた。ああ、将軍様の行列だったのか。こちらは随分と和やかで落ち着いた様子だなぁ。


 おらたちにだってそのくらい、織田様の兵の様子とかで分かるんだ。


「将軍様より坊主のほうが怖いんだな」


「そりゃそうだろ。将軍様は花火見物に来るのも初めてじゃねえし、武芸大会もお好きだとか。尾張贔屓の将軍様だ」


 あれ? お公家様って直にお答えしていい身分じゃなかったような? まあ、いいか。ご機嫌を損ねた様子には見えなかったしな。




Side:慶寿院(義輝の母)


 熊野と石山とは別の時刻に出立する。それは大樹が決めたこと。同じだと見られると今後に障るというので、表向きは支度が整った順に出立するということで織田に別々にしてほしいと頼んだのですが……。


 大樹は正しかったようですね。さすがは尾張で武芸者として暮らしているだけのことはある。


 熊野の者は気付いているようですが、尾張の民は熊野や石山の者を恐れて近寄らぬのです。敬うのではない。ただ、恐れる。これがこの国でいかに困ることになるか。大樹は知っている。


 兄上も困っておいででした。熊野は縁もあり見捨てられぬと。それもあって嫌がられるのを承知であれこれと口を出したとのことです。


「そなたら、左様な顔をするでない。どこで誰が見ておるか分からぬのだぞ。ここは畿内ではないのじゃ」


 先ほどは街道沿いの田んぼにいた者に話しかけていた兄上が、今度は奉行衆に声を掛けています。


 さほど懸念する顔をしているわけではありませんが、兄上は常に笑みを見せて上機嫌なように振る舞っている。それと比べたら険しき顔に見えなくもない。


「はっ!」


「遠慮はいらぬ。花火を楽しみとしておると素直に喜ぶだけでよいのじゃ。それだけでこの国の者も共に喜んでくれようぞ」


 恐ろしい兄上でございます。近衛の家に生まれて当主にまでなったというのに、民が私たちをいかに見るかを考えて理解している。内匠頭殿との友誼が兄上に与えたものは果てしなく大きい。


「近衛公は見事でございますなぁ」


 おや、気付いたのは私だけではないということですか。そういえば、五山から来ている者も楽しげに振る舞っていましたね。さすがは場を読むことに長けている者たちです。


「虚勢など張らずともよいからの。この国は。民を遠ざけてよいのは畿内だけよ」


 兄上が上機嫌に見えることで織田の兵も幾分、表情が和らいでおります。それほど難しきことではない。少しばかり広く物事を見ているだけ。


 とはいえ、真似は出来ないでしょうね。


 まことに兄上は、この国と共に歩みたいのだと確信致しました。兄上ならば畿内と尾張を繋ぐことが出来るかもしれない。故に、内匠頭殿は兄上を頼りとしている。


 私ももう少し助けとなって差し上げねばなりませんね。この国を潰すのも朝廷を潰すのも望みませんから。




Side:とある織田の武士


 民は正直だな。よう知らぬ坊主の行列が来ると逃げるが、公方様の行列だと知ると頭を下げる。


 なんでも公方様は花火と武芸大会がお好きだとか。京の都より尾張に来るほうが多いことは周知の事実だ。


 そんな公方様の行列の中で驚くべきは近衛太閤殿下か。周囲に人がおるというのに奉行衆を叱責していた。


 言葉を選んでおられたが、笑えと叱責されたことには驚いてしもうたわ。


 もともと我らは公方様の配下の者たちと蟠りなどがあるわけではない。近頃は近江と尾張を行き来してあれこれと話すことが増えたことで、顔なじみのとなった者はいるが。


 とはいえ、近衛公だぞ? 雲の上のお人が周囲にいる民に見られることを考えろと諭すとは思わなんだ。


 我らも他人事ではない。役目柄、笑うわけにはいかぬがあまり険しい顔をしてしまえば見ておる者が勘違いするかもしれぬ。それとなく顔つきに気を付けるように皆に声を掛けておくか。


 同じ畿内の高貴なお方でも、これほど違うのだな。先日には石山の者らの警護を務めたが、とても笑みを見せるような様子ではなかった。


 民も畏れ多いと逃げてしまい、逃げ遅れたものが顔を青くして頭を下げる。あの様子は見ていて思うところがあった。


 石山の者の一行が見えると大人は子供を守るために家に連れて戻してしまい、自分の子でなくても近くにいた子は皆で家に連れ込んでいた。昔、土岐家のご家来衆との揉め事で子供を斬ると騒ぎになったことは今でも紙芝居やら人形劇で皆が知っているからな。


 あの様子を見たあとだと近衛公の凄さが分かる。


 やはり公卿ともなると違うのだな。




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