第2477話・若き門主に課せられた負債

Side:久遠一馬


 津島天王祭を目前に招待客の皆さんは勝幡城に移動した。


 ウチも孤児院のお年寄りとか幼子は早めに移動している。どこも人で溢れるしね。津島の屋敷なんてみんなで雑魚寝だ。


 手間のかかる人たちがいなくなった清洲には東国における米の生育状況も届き始め、関東は去年に続き深刻な不作がほぼ確定した。こちらとしても対策をしているが、それは主に領内と北条領くらいだ。


 オレたちが尾張に来た頃に持ち込んだ南蛮米は、病害虫や冷害にも強いので他に比べて影響は少ないんだけどね。甲斐、信濃、駿河など、他所に漏れそうな領国での栽培は未だ見送っていることがあって冷害の影響が今もある。


 食糧の輸出規制は当面継続だなぁ。


 今年の後半の商いについてエルたちと湊屋さんと話し合っていると、寺社奉行の堀田さんと千秋さんが姿を見せた。


「顕如殿は年相応なようでございますな」


 本願寺顕如、史実の織田信長の最大の敵とも言われた人物だ。ただ、現状ではまだ十代の子供であり、鎮永尼さんや高僧たちがほぼ実権を握っている。


 とはいえ彼がこの先の本願寺一門の鍵を握る人物であることに変わりはなく、寺社奉行を中心に調査と人物評価をしていたんだ。今回はその中間報告と言ったところか。


「甘やかされておるのは、武士と同じように思えるがな。己が地位を当然のものと思うておる童だ。畿内の高貴な者は、皆、あのような育ち方をするのであろうか?」


 千秋さんはあんなものだろうと言いたげだが、堀田さんは少し評価が微妙らしい。


 顕如君に関しては政治的なことはなにもしていない。ただ、門主として指定席に座っているだけ。独自色を出せるような状況じゃないのは見ていて分かる。


 一応、僧侶としての修行はしているはずだけどなぁ。まあ、高貴な身分の人らしい修行であり、庶民とか人々を助けようとする修行じゃないからな。


 あの人たちは国家として物事を見るが、代わりに一般の庶民は家畜とかその程度の認識でしかないし。


 ざっくり言うと、今ある旧態依然とした権威と自分たちを守ろうと修行をするだけだ。本願寺と尾張の話し合いが合わなくなりつつあるのはそれが原因でもある。国としての根本が違い過ぎるんだ。


 近衛稙家さんも基本的にはそんな感じの価値観が根底にある。最近はオレに合わせてくれているのか、そういうのを表に出さないが。


「一向宗の僧侶たちも思うた以上に本願寺を見限りつつあり、一向宗を信仰する三河衆は落胆しておる」


 千秋さんは少し困った顔をしている。


 本願寺、どうも尾張に出向いたことで織田領の一向宗僧侶や信徒と友好を深めたかったらしいんだよねぇ。


 ただ、領内で本願寺とのしこりがあるのは三河だ。本證寺一揆の時に本願寺が後手に回り続けた結果、大きな犠牲を出した。にもかかわらず、彼らが助けたのは玄海上人と学僧たちだけになる。あれで土着の者の本願寺への信頼が大きく損なわれた。


 西三河がおかしなことにならなかったのは、同じく犠牲を出した願証寺が上手くまとめたからだ。


「今更なことですが、玄海上人は本願寺で罰するべきだったのでしょうね」


 確か、まだ生きているはず。軟禁状態だと数年前に聞いた。


 今回同行して謝罪をすればよかったんだが、来ていないんだよね。本願寺としては門跡となった晴れ舞台だ。苦い過去は忘れたいのかもしれない。


 結果、思った以上に織田領の一向宗関係者は本願寺に怒っている。非礼になるようなことはしていないが、若き門主様を盛り立てようなんて雰囲気は欠片もない。


「かように言うと内匠頭殿とて困るのは承知であるが、誰もが守護様や大殿、内匠頭殿と比べてしまう。しかも、ちょうど織田家が越中の騒動から願証寺を守った話が広まった頃に本願寺は尾張に来た。そこで求めたのが越中勝興寺をこちらで助けてほしいという話と内匠頭殿に会わせろという件だ。盛り立てろと言われても納得出来ぬのも無理はない」


 堀田さんとも付き合いは長い。オレが好まない流れなのを承知で隠さず言ってくれる。正直、タイミングが悪いよね。それはオレも思った。


「勝興寺はどこまで本願寺の足を引っ張るのやら」


 三河の人たちは勝興寺をかつての本證寺と重ね合わせている。本願寺はどうするのか、助けるなり正すなりするのか。期待していた人も相応にいたはずだ。


 結果が織田家にお金で丸投げしようとしていたからなぁ。その話、特に隠すように命じていないから織田家中のそれなりの人が知っている。


 ここ数年は本願寺との関係も良好だったし、織田領内の一向衆も本願寺に悪い感情をそこまで溜め込んでいたわけじゃないけど。勝興寺の動きが忘れかけていた三河の不満を呼び起こしてしまった。


「他所のことを嘆いても解決致しませんよ。願証寺と力を合わせて落ち着かせましょう」


 ため息をもらすと、オレの代わりにエルが口を開いた。


 本願寺と勝興寺の今後や、本願寺と織田領一向衆の和解はオレたちが気にすることじゃないか。織田家で本願寺と誼を深めろと言えるほど本願寺が信頼出来る状況でもないし。


 もともと石山本願寺が尾張から遠く離れていて、利権やなにやらで揉めなかったから友好関係が続いていただけだ。


 顕如君の門主としての船出は厳しいものになるのだろうね。本願寺一門は彼が変えていかないといけない立場となってしまった。下手をすると史実のように生き残ることすら危うくなるのかもしれない。


 武士を相手に信仰を掲げて戦うならば、彼もまた恐ろしい相手だろう。ただ、オレたちは彼らの土俵に乗る気はない。


「本願寺には尾張を見て、穏やかな道を選んで欲しいね」


 個人的に、鎮永尼さんは顕如君に織田領の領民や厳しい外交の場を見せるべきだと思う。都合のいいことや、一門を守ることばかり教えないでさ。


 悪い人じゃないが、鎮永尼さんは本願寺が強大なのを知っていていささか傲慢になっているとも思える。


 縁もある信虎さんと外交としてやり合うと、顕如君のためにもなると思うんだけどなぁ。まあ、取り巻きの高僧たちが許さないか。


 畿内の諸勢力に共通することだが、誰かが尾張と戦ってほしい。畿内を制しても自分たちは相応に遇されるだろうという甘えがある。


 自分たちの権威権力を誰よりも評価しているのは自分たちなんだ。尾張からすると不良債権くらいの認識しかない人が増えているのに。


 ほんと近衛さんがいなくなったらどうするんだろ。



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