第2472話・悪夢の最中に

Side:久遠一馬


 義統さんを上座に、義信君、信秀さん、信長さん、オレとエルがいる中、ナザニン、ルフィーナ、信虎さんが南蛮の間に入ってきた。


 信虎さんは堂々とした様子だ。むしろ楽しそうにして笑みを浮かべているかもしれない。


 オレが言うのもなんなんだが、このメンバーを前にそういう顔をする人は珍しい。経験、度胸などないとまず無理だ。


「本願寺、越中勝興寺の件を取り下げてございます」


「そうか。大儀であったな」


 ようやく越中のことに関して本願寺が決断した。織田に勝興寺支援をさせることを断念したんだ。誇るように報告する信虎さんを義統さんは満足げな顔で見ている。


 本願寺も食い下がったらしいんだけどね。支援が難しいなら食糧の売却を求めたらしい。ただ、対価として守護使不入の停止を求めると返答出来ないと棚上げになり、本願寺と勝興寺の間での話し合いの末に断念した。


 現在、織田家では米や雑穀や大豆などの領外との商いは許可制にしてある。毎年織田領から購入しているところは同じ量を継続販売することにしているが、新規は許可がない販売を禁止している。


 東国を中心にした飢饉対策だ。無論、相談があれば売却の検討をする。また各種支払いが最終的に米の売却により費用を捻出しているところなんかは、割符を発行するなど間に入っている寺社とも調整して取り立てを延期するなど対応は柔軟にしている。


 ただし、織田家の方針として力のあるところ、余力のあるところは自分でやってくださいというのが基本スタンスだ。本願寺を筆頭に各地の有力寺社への支援はそのため行っていない。例外は鹿島神宮くらいか。あそこは卜伝さん繋がりで長い付き合いがあるから、飢饉の支援を頼まれたので少ししている。


 出来ない人には助けを出すが、出来る人は自分でやってもらう。割とシンプルな方針なんだが、まあ、自分たちを特権階級だと魂から思い込んでいる人たちは納得しない。


 勝興寺への守護使不入停止、これ信虎さんの提案なんだけどね。譲歩の条件として出したらしい。なかなかいいところを突いたなと感心したよ。


 最終的に勝興寺が守護使不入停止を飲まなかった。まあそれだけだ。


 ちなみに勝興寺も割と織田家と近い方針だったりする。本願寺に出来ることは本願寺で助けろというだけだ。


 足利将軍家もそうだが、身分が高い統治者は権威や許可は与えても、実際にお金やら物資を提供して従属勢力の領民支援は基本しない。信秀さんが仏の弾正忠と呼ばれる理由はそこにある。誰もやらないことをしているからだ。


 本願寺としては越中の勝興寺領を助けるのが、前例となることを嫌った。お金も物資もあるはずなんだけどね。従属する地域や外に出すことは嫌う。まして領民を助けるなんてやらないんだ。


「ただ、懸念がございます。本願寺と勝興寺の不仲は尋常ならざるものとなりつつあるように見えまする。一騒動起きるかもしれませぬ」


 信虎さんの報告に信秀さんが考え込む仕草をした。


 勝興寺としては、従わせたいなら相応の対応をしろと言いたいのだろう。結局、三国同盟の地域ではすでに統治法が変わりつつあり、寺社というだけで厚遇はされない。


 願証寺のように織田に従いながら本願寺に上納金を取られるのは納得がいかないのかもしれない。地方を軽視するような本願寺に不満もあったんだろうね。


 他にも本願寺が織田と争いを避けていることから、自分たちを助けないと困ることになるぞと脅迫しているようでもあるけど……。


「致し方あるまい、一揆を起こす寺社などいらぬ」


 義統さんの言葉がオレたちの総意でありすべてかもしれない。懐柔するという選択もなくはないが、それをやってきた今までの寺社が割と増長しているからなぁ。織田家中だと寺社の懐柔を嫌う傾向にある。


 主に神宮のせいで。




Side:上杉憲政


 越中から戻りし越後守を迎えると、余人を交えず話すことにした。


 越中で武名を轟かせた今、こやつがいかに動こうとするのか興味が尽きぬ。


 里見などいかようでもいいが、越後守から語られたことに、わしはただただ驚かされる。


「この件、難しく考えるべきではございませぬ。家を残すか、意地を貫いてすべてを失うか。ふたつにひとつ」


 わしにここまで言うてくれる男はこやつだけじゃ。上杉家中の者など、時世も読めず所領を取り戻して当然、あとは和睦なりすれば済むと思うておるからの。


「越中はいかがであった?」


 ふと、越後守の顔つきが以前と違うことに気付いた。そのわけはなんじゃ?


「滝川三将のうち儀太夫と会い、東国の夜明けを見ました」


 なんと……。こやつ、まるで悟りを開いた神仏の如き顔をしておる。長尾の家に悩み、家中に悩み、国人衆に悩み、上杉に悩まされる。苦しみつつも皆のためにと今の地位に留まる男が、かような顔をするとは。


「そなたは誰よりも強き男、されど仏には勝てぬか。これも世の習いじゃの」


 共に地獄に落ちてくれとは言えぬ。関東の誰もがわしを見捨てた中、受け入れてくれたのはこやつだけ。その恩は決して軽うない。


「申し訳ございませぬ」


「謝るな。尾張は尋常ではない。あれと対峙するにはわしでも古河公方でも無理じゃ。前古河公方がすでに動いたのがその証。そなただから言うがな。尾張で宴の料理を食うた時、わしは悟った。あの国はもう手に負えぬと。それでも、上杉の家は残さねばならぬ。それだけでよい」


 口惜しいが、わしは乱世を生きる器にあらず。越後守の力で関東を一時まとめたとて、すぐに古き争いや因縁が騒ぎ出す。越後守とて関東から見たら余所者じゃからの。


 北条がおらねば、次の争いが起こるだけ。


「はっ、畏まりましてございます」


「夜明けか、随分と長き年月がかかったものよ……」


 頼朝公以来、関東は畿内にも負けぬという自負で生きてきた。それが間違うておったとは思わぬ。されど、大陸に西に劣るのは不承不承ながら事実。


 まさか、戦ではなく国を富ませることで西を超えようとするとはの。


「越後守、すべてが終わったら、ふたりで酒を酌み交わそうぞ」


 古河公方でも北条でも関東諸将でもない。斯波と織田。まあ、ならば致し方あるまいなというところじゃの。


 愚か者どもが悪夢から覚める時がきたのじゃ。



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