第2470話・景虎動く
Side:久遠一馬
義輝さんの一言で近江に学校を設けることになった。
まあ、これはそこまで揉めることじゃないからな。細かいことをどうするのかということと、誰が管理するかって話だ。義輝さんが決めると話は進む。
余談になるが、近江に足利政権が移って以降、三国同盟と連携する過程で足利政権の形は徐々に変わりつつある。主にやっていることは、人を増やしてきちんと管理するということだ。
現状は権利を認めて任せるということが多い。織田家もかつてはそうだったが、足利家も諸勢力の寄り合い所帯なんだ。任せた権利は、いつの間にか足利家から任せた相手に主導権が移り、利権化、私物化する。
これに関しては掘り下げると、足利家が将軍となる以前から権利を持つ者がいるので一言で言えないほど難しいことになるが。
さらに織田家もそういった利権を経済力で買い叩いているから悪く言えないんだけど、国政という視点で見ると足利政権の大きな問題点であることに変わりはない。
統治の基本である税の徴収と管理ですらオレたちから見たらいい加減で、末端は町人がやっていたりする。何事も一長一短あるので一概に否定は出来ないが、足利政権に限って言うととにかく人が足りない。
京の都を任せている伊勢さんもそうだが、家と個人の力量に頼り過ぎなんだ。さらに言えば、足利政権と管領細川は切っても切れないくらいに一体化していた。おかげで細川京兆家は強大な力があるのに足利家は神輿のように権威しかない状態に近かった。
もっとも、いきなりあれもこれもと変えることは難しい。特に畿内の利権は畿内諸共捨てていいと義輝さんが言っていたくらいだったので、オレたちも手を付けていないので本当に旧来のままだ。
ただ、近江にある足利政権の体制ややり方はそれなりに手を加えた。報告・連絡・相談。いわゆる報連相をきちんとすることから始まり、贈り物や献金でおかしな優遇をしないことなど。
中には今も徹底出来ておらず問題となることもある。近江御所の町で税を取ろうとした公家の真継を黙認したことなどは、その典型だ。
もともと春たち四人、今はシンディ、リンメイ、夏、冬の四人がやっているのはそんな足利政権への助言と外部監査に近い。
足利政権の改革、これは義輝さんと奉行衆、もっといえば共に朽木から観音寺城へと流浪して移った者たちが望んだことでもある。
旧来の体制のままでは結局、上手くいかずに細川や三好に悩まされるだけだからな。
現在の足利政権は地盤を近江に移し伊賀を直轄領とした。政権基盤も三国同盟の支配地域がメインとなりつつある。それもあって学校、病院、警備兵の創設は御所造営の頃からあった話なんだ。
「管理は織田でするしかないか」
今日はさっそくアーシャと沢彦和尚と近江の学校について話をしている。
「そうね。誰かやる気のある人をトップに据えてもいいけど、教育は利権になるから」
アーシャの言葉に沢彦さんも同意するように頷いた。教える内容も那古野の学校と比べるとだいぶ制限が必要だが、やはり学校の主導権はこちらで握るしかないか。
五山の僧とかに任せると利権にしそうだからなぁ。仕方ないか。
義輝さんは、奉行衆など近江御所に仕える者たちと六角家や地元の領民が通える学校が欲しいらしい。当然、諸国から血筋のいい人を集める気もないし、寺社や各地の諸勢力に無料で学校の知識を与える気もあまりない。
そういう意味で学校の分校としてこちらで管理するべきだろうね。
那古野の学校もね。学びたいという話は割とある。ただ、学んだ知識を自勢力や自家のために使うような人ばかりだから、家伝秘伝の類いは教えないとあらかじめ釘を刺して断っている。
基本は織田家中と領内の人向けの学校であり、領外では北畠と六角から留学生を受け入れているくらいだ。
「北畠領にも必要でございましょうな」
「そうだね。そっちも大御所様と話してみるよ」
沢彦さんのいうようにやるなら北畠領と一緒がいいね。これが整えば、六角領と北畠領での教育改革が始まる。理想は織田領のように寺社が末端の寺子屋になることだが、はたしてどうなるかな。
Side:滝川益氏
長尾越後守殿を訪ねたが、こちらもごたごたしておるようだな。戦に勝ったとはいえ、広がった所領は飢えたまま。なんとか食わせておるが、東越中の椎名もいずこまで長尾に従うことを良しとするのか分からぬからな。
長尾方の重臣らを交えて細々とした話をしつつ酒を飲むが、ふと越後守殿がこちらを見た。
「わしは一旦、越後に戻る。関東管領様と話さねばならぬことがあるのだ」
話す時は話すが黙るとなにも言わぬ越後殿が口を開くと、居並ぶ長尾の重臣らが静まり返る。しかも関東管領の名が出たのだ。何事かと息を呑んでおる者もおる。
そのまま越後守殿の近習がわしに一枚の書状を持って来た。これは……。
「里見か」
安房の里見が関東管領殿に出陣を請う書状だ。関東諸将を動員して北条征伐をするように促しておる。そういう話があるとは聞き及んでおるが、さすがに書状を直に見たのは初めてだ。
「また上野で戦をなさる気か?」
止める気はないし止めるべき立場でもない。ただ、これをわしに見せた真意が別にあるはずだ。ただ、上野に行くだけならば見せぬはず。
「関東もそろそろ落ち着かせねばならぬ。関東管領様もすべてが元に戻らぬことはご理解しておられる。されど、いろいろと面倒でな。一旦戻り話さねばならぬ」
そうか。そういうことか。越中で武勇を示し、織田とも確かな誼を築いた。これで越後守殿がようやく関東のことで動けるようになったのだな。
「承知致した。越中のことは残る者たちと共に織田が睨みを利かせておこう。ないとは思うがお困りの時は清洲を頼るとよい。わしから話を通しておきましょう」
「かたじけない」
長らく我慢の戦をしておったはずだ。我が殿はそれをなにより認めておられた。戦そのものを好まぬお方だが、致し方ない戦があるのも承知だからな。
奥羽もだいぶ南まで織田の地となった。伊達が踏ん張っておるが、周囲には斯波一門もいて劣勢であることに変わりはない。
奥羽の伊達、それと関東に残る諸勢力をまとめればと里見は考えたか? 織田も北条も里見を潰す手間を惜しんだことで、いささか勘違いしておるのやもしれぬな。
肝心の関東管領殿は、思いの外、食えぬお方だと殿が言うておられた。少なくとも里見と謀って、北条討伐を本気ですることはあるまいな。
まあ、よい。越中の面倒はしばらく見てやろう。
越後守殿のお手並み拝見というところだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます