第2469話・過去を見る者と未来を見る者

Side:三河一向宗の寺


 お勤めや畑仕事が終わると皆で集まって一息つく。


「今年も花火は見事だったらしいなぁ」


 寺を空に出来ぬ故、交代で花火見物に行く。そのため留守番となった我らは一夜の宿を求める旅人の相手をしつつ日々を過ごしている。


 花火の話で盛り上がる旅人の様子は見ていてよいものじゃ。されど……。


「石山の本山か。何用であろうな?」


 聞きたくもない名も聞かれる。我らにとって憎き相手。


「門跡となったことでもっと厚遇しろと言いたいのであろう。石山は我らのことを人としてみておらぬ」


「我らを見捨てたことを忘れたらしいな」


 我らは石山に幻滅して宗派を変えるつもりだった。織田と本證寺が争うたあと、石山は一切の助けも寄越さず、助けたのは玄海と畿内から来ていた者らだけだったからな。


 面目を立てることも許されず、民は逃げ武士からは愚かな一揆を起こした一党としか見られず屈辱の日々であった。


 願証寺の者らは戦前から一揆を止めるようにと説いており、戦後も助けてくれたので願証寺の末寺になるならばと一向宗として残ったが、石山には未だに恨みしかない。


「織田様は慈悲深いお方だが、いささか甘いからな。堕落し民を騙して世を乱すのが石山じゃ。あやつらに心許してはならぬと何度も献策をしたためて上申したのだが……」


 一揆を起こした本證寺の者ばかり助けおって。わしは決して許さぬぞ。高い上納金ばかり求めておいて、いざとなったら本願寺は我らを見捨てたのだからな。


「致し方あるまい。穢れた畿内など関わりとうないのだ。織田様とて気を許してはおるまい。越中勝興寺を助けるという話がないのがなによりの証」


「そうじゃの。織田様は相応の配慮はしても信じてはおるまい。石山を厚遇してやるなどあり得ぬ。神宮を見てもそうであろう?」


 我らが欲するのは神仏の教えのみ。世俗に穢れた石山などではないわ。


「まあ、よいではないか。我らは、我らの国のため、祈り皆と共に国を盛り立てればよい」


 石山からは清洲まで挨拶に来いという文も届いたが、適当な言い訳を記して断わると願証寺に言うと、あとはなんとかすると言うていた。三河の寺の多くは石山を恨んでおるからの。住持が出向いたところは多くない。


「懸念は奴ら、一揆を起こすことではないか? 越中とて石山が糸を引いていたのかもしれぬ」


「やれるものならばやればよかろう。織田様の許しがあらば、わしはいつでも石山を討つために戦場に行くぞ」


 越中にて神保とやらが一向衆と共に兵を挙げたのは、石山がやらせたのではないかという噂が三河で広がっておる。中には織田様が越中に兵を送ると聞き、自ら共に加えてほしいと願い出た寺もあったとか。


 我らも同じく願い出たが、それは不要だと拒まれたのだ。


 越中は大きな戦とならなかったからよかったが、守らねばならぬのだ。我らの国を。斯波様と織田様と共にな。




Side:久遠一馬


 今日は義輝さんと足利政権の皆さんとの茶会をしている。義輝さんの意向で熊野と石山は今回、同席していない。武士は武士、寺社は寺社。別だというのが表立った理由だが……。


 なんか、義輝さん。石山の動きをあんまりよく思っていないらしいんだよね。


 門跡自体は今に始まった話じゃない。二十数年前から計画して根回しなどしていたものだ。畿内の騒乱の結果の門跡なので、足利家にも責任の一端があることは承知しているみたいだけど。


 織田領だと、ほんと力と権威ある寺社への警戒心が高い。義輝さんも菊丸としてこっちの様子を知っているからなぁ。視点が織田領の領民としての一面があるんだ。


「おお、岩竜丸。大きゅうなったな。遠慮はいらぬ。さっ、近う寄れ」


 義輝さんは挨拶に出向いた岩竜丸君を抱きかかえている。数えで三歳、二歳半を超えた頃だ。最近はいろんな言葉を覚えたり歩き回ったりしている。


 この人、誰だろうと言いたげな顔で見ているものの、義輝さん子供の抱き方が上手いのと、岩竜丸君もウチとか牧場で遊ぶから人に慣れていることもあり騒ぐことはない。


 まあ、史上もっとも子守りに慣れた将軍様であることは間違いないね。


「父や母を大事としておるか? 喧嘩をしてもよいが、仲直り出来るような子になれよ」


「はい!」


 楽しそうな義輝さんの様子に周囲にいる皆さんの表情も緩む。この場には菊丸として動いていることを知らない織田家家臣とかもいるんだけど、将軍様が斯波家の子を抱きかかえて喜んでいる様子は見ていて微笑ましく感じるのだろう。


 今年は奥さん、御台所を迎えたので菊丸として動く日を減らしているんだよね。その影響がどの程度あるのか、気になっていたんだけど。今のところはストレスを溜めたり孤独感に苦しんではいないらしい。


 ホッとしたよ。


「いずれは御所の近くにも身分を問わず学べる学校を設けたいものだ。子の間くらいは身分に捉われず、人として生きる場を与えてやりたい」


 義輝さん……。


 実は奉行衆からも同じような話が上がっている。自分たちの子が学べるような学校を作れないかという話が雑談交じりで出ることが多いんだそうだ。秘匿するような知識や技は無理でも、皆で学べる学校の良さを那古野の学校で見ているからだろう。


 義統さんと信秀さんを見ると構わないという顔をしている。


「それは良いことだと思います。まだ町の造営で大変ですが、少し考えてみましょうか。管領代殿も喜ばれると思いますよ」


 もともと学校と病院は近江御所の町割り計画にはあるんだよね。まだ調整が出来ておらず手を付けていなかったけど。


 教える人材や学校の形式をどうするのか。そこらの調整が必要だった。那古野の学校は外の身分を持ち込まないという前提を作ったが、それをそのまま足利家に持ち込むかは議論が分かれていたんだ。


「うむ、それはよいな。皆も喜ぼう。尾張流でよい。寺社の者を入れてもいいが、争いを持ち込ませず持ち出さぬ。外と中は別にしよう」


 どうやら学校を求める声が近江で高まっていたらしいね。耳に入っていた様子だ。


 見渡すと奉行衆の皆さんは驚いているが、総じて喜んでいるらしい。現状だと尾張だけどんどんと新しい教育を受けた子供たちが社会に出ていて、危機感があるだろうしね。


 ここまで一緒に頑張っている近江と足利政権にも同じ環境が必要なのは事実だ。家や一族の教育はそれぞれでやりつつ、集団での教育をする。現状ではそれがベターなはずだ。


 うん、アーシャに相談して準備に取り掛かろうか。



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