第2468話・予断許さず

Side:久遠一馬


 花火は良かったなぁ。


 熊野と本願寺とは挨拶程度で済ませて、若い子たちと一緒に花火を見たんだが、凄く喜んでくれたと思う。


 ウチだと文官武官問わず宴をすることが多いけど、やはりすべての人が来るわけじゃない。こういう普段あまり話さない人と話す機会はもっと増やしていきたい。


 熊野と本願寺を粗末にしたわけじゃないんだけどね。形式通りの歓迎の宴とかはもう何度かやったし、花火は久遠の流儀でいいと義統さんと信秀さんが決めた。


 いろいろと相談に乗ってもらっている晴具さんも言っていたが、丁重に扱いつつ突き放すくらいでいいというのが、こちらの現状だ。ありがたいと頭を下げると後が面倒になるからなぁ。


 花火の翌日、熱田は花火の余韻のままに賑わい商いも活発になる。


 商人組合で協力して、商品がありませんという事態はなるべく避けるように頑張ってくれている。無論、一部の高級品は別だし、今年は飢饉ということで新規の米や雑穀などは販売規制をしているが。


 それでも毎年織田領から食糧を買っているところとは変わらず取引している。販売価格は領内価格ではなく近隣と同じ流通価格になるけどね。食糧の安定流通、これだけでも感謝されていることだったりする。


「こっちはまずまずよ」


「わけのわからない書状やらなにやらを見せて、安く売れと押し買いしようとする商人もだいぶ減ったわね」


 熱田を任せているリースルとヘルミーナと打ち合わせをするが、商いのほうは順調らしいね。同じく熱田のシンディは春の代わりに近江に出向中であるものの、今は義輝さんたちと一緒に帰国したので熱田にいる。


 ただ、シンディは奉行衆と織田家の折衝と茶会なんかの支度で忙しいんだよね。


「越中の勝興寺はどうなりそうなの?」


「うーん、別に織田家と揉めているわけじゃないからなぁ」


 ふたりは越中のことを気に掛けているが、相変わらず勝興寺とはそれなりの関係だ。石山本願寺が前のめりで動いているが。


「本願寺とも交渉が難航しているってほどでもないよ。担当が無人斎殿だし」


 ちゃんと門跡として立ててあげているし、商い関係は特に揉める要素もなく合意している。話し合いが続いているのは越中の件だけなんだ。


 本願寺としてはもっと誼を深めて、あわよくば斯波家との縁をと期待しているらしいね。理想は信秀さんの娘を義統さんの養女として本願寺が迎えるのだとか。


 もっとも、この件は信秀さんも義統さんもまったく受ける気はない。ふたりは血縁外交を否定していないんだけどね。ただ、本願寺との縁は本当に要らないと思っているらしい。


 現状でも三条家が本願寺と縁があり、甲斐武田と本願寺は繋がっている。晴信さんの継室である三条の方と、顕如さんに嫁いだ娘さんが姉妹なので尾張で再会して喜んでいたという話は聞いている。


 ただまあ、畿内のそういった血縁の話を聞くたび、メリットよりデメリットが増えるだろうことは信秀さんたちも気付いているからなぁ。


 既存の権威や血筋を尊重した権威政治を畿内でやる気ならメリットもあるだけど……。誰もその気がないんだよね。




Side:滝川益氏


 熱田祭りの頃だからか、兵たちの中には尾張の話をしておる者が多いらしい。


 長尾は多くの越後の兵を帰した。こちらも兵を帰してやりたいところなのだが……。今は難しいな。


 流民は今も増えておる。長尾方や神保方でも民が逃げるのを押し留めようとしておるが、この手のことは上手くいった試しがない。逃げようとする者は押し留めようとする者の目をかいくぐり逃げる。


 余所は違うのであろうが、織田は流民も食わせておると越中者も知っておるからな。止められぬのだ。


 ただ、織田は流民を拒まぬが信を置いておるわけではない。特に増えておるのは勝興寺に従う所領からの流民だ。あの者らは一揆を企てる恐れありと進言もあり、兵を減らすわけにいかなくなった。


 長尾と神保にはこちらから食糧を与えておるので落ち着いたが、一向衆には与えておらぬ故、あそこだけ飢えておるのだ。


「申し上げます。神保方、勝興寺と通じる者は僅かでございます」


 思案しておると忍び衆が報告に参った。差し出された報告の書状を読む。


 もともと一向衆と上手く付き合わねばならぬ土地故、神保方には義理から通じる者はおるが、こちらが与えた食糧を横流しする者は多くないか。横流ししたとしても、それこそ義理程度で勝興寺が喜ぶほどではない。


 このくらいならば騒ぐほどではないな。


「一向衆の様子はいかがだ?」


「はっ、神保と共に一揆勢が長尾に敗れたことで勝興寺への疑念が出ておるようでございます。さらに領内にある一向宗の寺が勝興寺からの離反を明らかとしたこと、大義なき一揆を起こした勝興寺を非難するところもあり、それが端の一向衆にまで伝わっておるようでございます」


 越中織田領の一向衆には、あまり騒ぐなと代官殿より命が下ったはずなのだがな。寺社の者らは時に短慮となり余計なことをする。


 殿からの書状では、勝興寺はこちらに頭を下げて助けを請うことは拒んでおるとか。石山本願寺はこのままでは立ち行かぬと察し、勝興寺の面倒を我らに見させようとしておるようだが……。


「ご苦労であったな。休め」


「ははっ!」


 織田と越中では、国の治め方が違うのだ。上手くいくはずがない。それを理解しておるだけ石山本願寺は侮れぬな。


 とはいえ、勝興寺とするとそうはいかぬ。越中では新参の織田に頭を下げて助けを請えば己らの面目に関わる。今後、事あるごとに織田に配慮をせねばならなくなる故、嫌がる。


 寺領が多少減ろうが荒れようが、己らの下知で信徒が動く形だけは変えたくあるまい。


 そもそも勝興寺は我らと敵対する意思も今のところない。一向衆が領内を荒らしたことも謝罪の使者はすでに来ておる。その点は三河本證寺より賢いと言えよう。


 気になるのは、奴らは加賀と石山本願寺が己らを見捨てられぬと高を括っておることか。甘いと思うのはわしだけか?


 確かに表立って見捨てることはあるまい。されど……、端の寺に噛みつかれて大人しゅう言うことを聞くような寺などではあるまいし。


「厄介なことだ」


 わしもそろそろ尾張に戻りたいが、まだ無理だな。勝興寺と石山本願寺の揉め事が落ち着くまでは目が離せぬ。幸い、越後守殿もまだ越中にいる。もう少し勝興寺のことで話を詰めておいたほうがいいかもしれぬ。


 さすがにこちらに一揆など起こさぬとは思うが……。高徳な寺社の考えることはわし如きには分からぬからな。


 おっと、殿に書状を書かねば。越中は未だ予断を許さずと。






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