第2466話・花火見物
Side:森可成
奥羽の地に赴き幾年になろうか。
遥か地の果て。鄙の地としか思うておらなんだこの地と向き合うと、世の広さと鄙の地の難しさや面白さを知った。
古くから日ノ本の先を行く大陸が近い西国や九州と違い、奥羽の先にあるのは蝦夷だ。珍しき品は得られるが、所詮は未開の地。……のはずであった。
蝦夷を久遠が平定したことで奥羽、ひいては東国が変わりつつある。
外から新しき知恵も技も入らぬ奥羽故に、我らがこの地に来るまでは古き世のまま朝廷や畿内に従う者たちが治めていた。
ところが久遠がこの地を治めることで、大陸と通じて豊かになっていった西国九州のように畿内に頼らず変わりつつある。
最後まで抵抗していたのは武士ではなく寺社であったな。
日ノ本の根幹を担うのは武士ではない、寺社なのだ。その寺社が我らと対峙しようとした時、朝廷も畿内の本山も奥羽の寺社を見捨てた。
結果、皆、新しい治世を受け入れつつある。斯波も織田も形としては朝廷の臣として振る舞っておることもあるがな。
我らが朝廷を信じておらず朝廷に頼らぬ国を造ろうとしておると知った者も、畿内の荒れた様子を知ると仕方ないと悟る。
「父上!」
まだかろうじて明るい西の空を見ておると、倅が酒と膳を持ってきていた。お方様が家中の子らを働かせておるのだ。
「おお、これは美味そうだな」
「はい! 皆で作りました!!」
我が子の姿に、思わず目を細めてしまう。お方様がたは子らのことを、なにより考えておられる。尾張や久遠の本領から師となる者らを呼びよせて、尾張と変わらぬ学問や武芸を子らが学べるように整えられた。
武士としての教えは各々の家でやればよいが、人としての教えは久遠に勝る者などない。名門である浪岡殿が驚いておったほどだ。
「こうして畿内では見られぬ花火を己が目で見ることが出来るとは、なんと贅沢なことだ」
「関東の者らも羨んでおろう!」
ああ、花火を待つ者は皆、上機嫌だな。名のある者の多くは西からこの地に移り住んだ者の末裔となる。故に西と通じ従ってもいた。
本音を言えば、そこまで大きな不満はなかったはずだ。とはいえ、鄙の地だと見下されることが面白うなかったのも事実であろう。
身分が高い者らより先に新しきことを始められる。かつて若殿もそれを楽しんでおられたが、奥羽の者らも同じだな。
花火にて、奥羽の者らは新しき世を知り己が力で歩き出す。
おそらく、世の変わり目となるべき時なのだろう。
花火と同じ。続けていくのは難儀するのだがな。
まあ、なんとかなろう。なんとかな。
Side:織田信長
夕暮れとなり熱田神社の奥には、花火見物の場に皆が揃うた。待ちきれぬ様子の者もいれば、なにやら考え込む者もおる。
熊野と石山もまたそれぞれで様子が違う。熊野はもう悟ったような諦めたような者が多い。いくら待ったところで、かの者らが満足するような待遇で遇することなどないと理解したと聞いた。
石山の者らはまだ諦めておらぬらしいな。悲願だった門跡となったことで立場が変わると思うておった者の中には、尾張の様子から不満を抱える者もおろう。
されど間が悪い。門跡などオレたちからすると厄介になったとしか思えぬ。ちょうど越中のこともあり、家中には石山本願寺が我らと敵対するのではとの疑念が深まっておるほどだ。
神宮の一件以降、家中には寺社を疑うことなく信じる者は多くない。いかに遇してやったとしても不満を抱き、更なる利と面目を立てるべく配慮を寄越せと騒ぐからな。
叡山などは我らと誼を築いた石山を羨んでおるとも聞こえてくるが、実は商い以外でそこまで信を置いておるわけではない。ただ、かずがいつでも止められる商いは構わぬと利を与えておるだけ。
左様なことを察してか、石山には焦りも見られる。鎮永尼がかずと会おうとしておるのは焦り以外の何物でもあるまい。
奴らは理解しておるまいな。そもそも花火見物に招けと言い出した時点で、かずの心証はあまり良くないことを。妻子と花火を楽しむ時を奪った石山に頭を下げて厚遇するなどあり得ぬというのに。
信を得たければ己が政で示せばいいものを、縁を結ぶことや誼を深めることで己が地位を確固たるものとしようとする。
ここ数年、石山は斯波家と縁を結ぼうとあれこれと動いていたが、それらはすべて守護様が拒まれた。あいにくとかずが血縁を用いた政を好まぬからな。守護様が拒むと異を唱える者がおらぬのだ。
「内匠頭様! 花火楽しみでございます!」
「そうだね。私も楽しみですよ」
そんなかずのところには、若い家中の者らが絶え間なく挨拶に出向いていた。今宵は久遠の流儀での花火見物だからな。席次もなにもないのだ。
若い者の多くは学校で学んだ者だ。今日もかずと共に花火を見ることを楽しみにしておったからな。かずもまた若い者たちが声を掛けてくることを喜ぶ。その様子は見ているだけでいいものだ。
織田家中では数年前から官職を私称する者すら減り始めていて、今も熊野や石山のことを畏れ多いと関わりを避けるように、かずやオレや若武衛様のところに若い者らが集まっておる。
上様や熊野や石山など招いた者たちのところは近寄る者も少なく、静かに花火を待っておる。身分が足りぬ者らは近寄らぬことは当然だ。端から見ると寂しげにも見えるがな。
かつて守護様がもう官位は不要だというて以来、織田家中においても官位を得る動きがほぼ止まった。それもあって織田家は所領の広さのわりに身分が低い者が多いのだ。当然、石山や熊野の者には近寄れぬ。
漏れ伝わる話だと、門主が来たというのに拝謁を望む者があまりに少ないと石山の者が驚いておるとも聞かれるが……。
「皆、楽しげじゃの~」
「これは殿下。なんと畏れ多い」
周囲の様子を見ていると、近衛殿下がオレのところに自ら歩み寄られた。その姿に周囲にいる若い者らが驚き頭を下げた。
「吾は久遠の流儀で花火を楽しむだけ。当然のことであろう。さあ、皆も遠慮せずともよい。共に久遠の流儀で花火を楽しもうぞ」
相も変わらず恐ろしいお方だ。心から楽しんでおるように、周囲の若い者にも御自ら声を掛けておるほどだ。
この場を共に楽しむ。それが殿下の名をさらに上げ、尾張の皆が信じる理由となる。
よく見ると、山科卿もじいのところに出向いておるな。やはり公卿もこのお二方となると違うということか。
熊野と石山の者も少しは見習ってほしいものだが……。
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