第2464話・熱田祭り
Side:孤児院のお年寄り
今年こそ最後の花火じゃと思い幾年月。また花火が見られるとは思わんだ。
わしは働けぬ幼子と共に熱田のお屋敷にいる。ひとりまたひとりと大きゅうなり手伝いを始める子がおる中、捨てられた子がやって来る。
「じーじ、だっこ!」
「ほれ、お前は甘えん坊じゃな」
子らはひとりひとり違う。特にこの子はよう甘えてくるの。実の親に捨てられた子じゃ。恐らく甘えたことなどないのであろうが。
「むー、じーじ! だっこ!!」
「わたしも!!」
近頃の子は甘えることが多いの。皆を順番に抱きかかえてやらねば。母の代わりにはなるまいが、人のぬくもりくらいは与えてやりたい。
「こら、またじーじに無理を言って。労ってやらないと駄目なんだぞ」
「いたわる?」
「じーじに優しくしてやれってことだ」
一緒に世話をしてくれておる若い者が来ると幼子たちを叱ってくれる。じゃが、このくらいならば構わぬ。近頃は体の調子もよいのでな。
「じーじ、いいこ! いいこ!」
叱られた幼子は僅かに思案したあと、なにを思ったのか立ち上がるとわしの頭をなで始めた。
「フハハハハ……」
殿が幼子らにしてやっておることじゃ。よほど嬉しいことなのじゃろうな。喜んでくれると確信を持った幼子の顔を見ておると思わず笑うてしまった。
「いや、そうじゃ……」
「よいよい、これでよいのじゃ」
若い者は戸惑うが、これでよい。子は子なりに考えておるのじゃからな。
あの日、寒空の下で捨てられた子らが大人となり、それすら知らぬ子らが次の世を生きる。なんとありがたいことじゃと思う。
わしには難しいことは分からぬが……。このまま争いがなくなってほしいの。
Side:メルティ
花火当日、今日は招待客との折衝などはない。皆、熱田祭りと花火を楽しむ。
懸案はあるものの交渉の席について落ち着いて話し合いを継続するだけで、この時代では上手くいっていると言えるのよね。力や権威で一方的に決めたり譲歩を迫ったりする交渉がまかり通っているだけに。
私は熱田神社にて雪村殿の下を訪ねた。
「雪村殿、そちらはいかがかしら?」
「はっ、万事上手くいっておりまする」
「ごめんなさいね。貴方にこんな役目を頼んでしまって」
情勢は日々動いているわ。昨年完成した近江御所造営で縁を得たこともあって、今年は狩野派の絵師たちを花火見物に招いている。狩野派のほうから一度花火を見てみたいという話が関係者を通じてあったため招いたのよ。
雪村殿には狩野派の接待役を任せているわ。禅僧であり絵師であることもあって狩野派の接待役として相応しいのよね。
尾張に居を構えて以降、武芸大会には毎年絵を出してくれているし、行啓、御幸の際にも名を挙げた。史実でも評価された人だけど、尾張での活動の結果、雪村殿は史実を超える評価を受けている。名実ともに尾張を代表する絵師になったわ。
「いえ、幾年もお世話になっておる身。この程度のことは喜んでお引き受け致しましょう」
「なにかあれば言ってね。特に懸念はないけど」
「狩野派が花火を絵としていかに残すのか。楽しみでございます」
確かにそれはあるわね。狩野派ほどになるとどんな絵を描くのか。なんか史実で国宝となったような絵が変わりそうで怖くもあり楽しみでもある。
Side:久遠一馬
相変わらず花火当日は朝からお祭りの熱気が凄い。
孤児院の年長さんと学校の子供たちは今年も野営キャンプでの花火見物だ。どこもかしこも人がいて花火を見るのも大変だからね。事前に予定地を確保していて、みんなで野営をしながら花火を楽しんでもらう。
まあ、日が暮れるまでは熱田の町に遊びに行くのもいいと思うけど。さすがに人が多いから大人と一緒に行くようにと指導しているはずだ。
「久遠様!」
そんな野営キャンプの場所に足を運ぶと、ちょうどゲルを建てているところだった。みんな手際もよく慣れているのが分かる。こういう経験もちゃんと子供たち同士で引き継いでいるのだろう。
「アーシャ、なにか困っていない?」
「ここは大丈夫よ。みんなで事前に予定を立ててやっているから」
ここで一緒にいる妻たちはアーシャ、ギーゼラ、プリシア、かおりさん、琉璃の五人だ。
実は義信君が、この野営キャンプでの花火見物が好きで参加したいって言っていたんだけどね。さすがに義輝さんや石山本願寺、熊野三山が来ている中、斯波家の嫡男が花火見物を抜けることも出来ずに断念している。
「海も穏やかだし、今日は花火日和だなぁ」
いいなぁ。夕方までのんびりとキャンプをしながら、夜は花火見物なんて。オレもこっちに参加したい。今年は津島の花火見物は家族と一緒に過ごすことにしているが、熱田の花火見物はお偉いさんと一緒だ。
正直、宗教って今も好きじゃないし、お偉いさんと一緒にいても全然嬉しくない。そういうところって変わらないもんなんだよね。付き合いだし渋々でも出席するけど。
妻たちや子供たち、学校の子たちとしばし話して、次のところに行くことにする。困っている人とかいるかもしれないからな。自分の目で見て視察する意味はまだまだ大きいんだ。
ふと、初めて熱田のお祭りに来た頃を思い出した。あの頃は屋台を出しても、遠巻きに見ているだけで買ってくれる人が少なかった。
子供なんかはお金を持っていないし、大人も見知らぬ屋台の料理にお金を出すほど裕福じゃない人が多かったんだ。
「みんな楽しそうで嬉しいね」
「ええ、そうですね」
エルの顔を見ると、あの頃と比べて変わったなと思う。お清ちゃんと千代女さんを迎える時に不老化を止めたことで、オレたちも身体的な変化がある。
まあ、オレたちの歳の重ね方は元の世界に近いので、この時代からすると同年代どころか十歳くらいは若く見られるが。
なんというか、エルたちとこうして歳を重ねて、過去を懐かしいと振り返る日が来るとは思わなかったなぁ。
仮想空間でギャラクシー・オブ・プラネットのゲームを始めた頃が遠い昔のように感じる。
「こら止めろ!」
「なんだと!? やるかぁ!!」
あーあ、また喧嘩か。ちょっといい気分に浸っていると、すぐこういうことがあるんだから……。
護衛の家臣のみんなが止めに入ると、オレも続く。
どうせたいした喧嘩じゃないんだろうしね。怪我とかしていないなら双方に注意をして終わりだ。
こういう時の対処は慣れたなと我ながら思う。元の世界だと喧嘩の仲裁とか経験がなかったんだけどね。
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