第2463話・寺社の戦い

Side:久遠一馬


 花火大会を前に熱田と近隣を見て回るのもオレの仕事だ。


 相変わらず、この手の祭りで問題は起こる。主に領外から来た者たちが問題を起こすんだ。畿内者は今も嫌厭されがちで、畿内者お断りと書かれたのれんや看板を掲げている旅籠や遊女屋も珍しくない。


 正直、今の尾張では同じ日本という意識はあまりないからね。花火も領外の奴には見せるなという主張すらあるほどだ。


 実際に騒ぎを起こしたり嫌われたりする行動をしているのは一部なんだけどね。その一部が目立つのが現状だ。さらに言うと、過去の所業が掘り起こされて嫌われていたりする。


 畿内に関しては、足利政権の奉行衆ですら信じていないからな。義理はあるし厄介な相手だからと配慮はするが。その空気感というか状況は織田家にも伝わっているし、領民にまで浸透しているんだ。


 無論、いい面での変化もある。織田領内や北畠領、六角領からの旅人は温かく迎えることが多い。かわら版や紙芝居である程度事実を広めていることもあって、敵味方がはっきりしている。


 領内でいえば新参の領地の者たちも迎えてやろうという動きは結構ある。今回は来ていないと思うが、一番新しい越中領からも花火見物に来るなら歓迎してくれるだろう。


「とのさま!」


 あちこち視察をしつつ、ウチの屋台に顔を出すと子供たちが笑顔で迎えてくれた。今年もウチの屋台が一番人気なんだろうなぁ。長い行列が出来ている。


「みんな、どうだい?」


「はんじょうしています!」


 周囲には警備兵もいるが、ここで問題を起こす人はさすがにいない。ウチの屋台と知っているからね。義統さんも並ぶんだと言われると、誰も逆らえない。


 ふと、並んでいる人を見たら熊野の高僧の皆さんがいた。目が合うと軽く会釈してくれたのでこちらも会釈をする。


 自分で並ぶのか。なかなか凄いな。身分があるとお付きの人や若い人を並ばせてまとめて買うとかするんだが……。


 尾張のお祭りだからと細かいことを気にしないで一緒に楽しむ人、結構な身分がある人には割と多い。騒ぐのは中途半端な人なんだよねぇ。


「お坊様! 品書きになります!」


「これとこれは、ここでしかたべられないよ?」


 ウチの子たちも無礼がないようにしつつも大騒ぎしない程度の礼儀で働いている。身分がある人に結構慣れているからなぁ。普通に自然な感じで接して上手くいっている。


 石山本願寺とはあれこれと交渉もしているが、熊野は挨拶程度の交渉で終わっちゃったんだよね。織田領と熊野領の境における賊の問題が解決して以降は、とんとん拍子に協力する話が進んでいるし、正直、わざわざ話すまでもないほどだ。


 漏れ伝わる話だと、うまく行き過ぎて熊野が驚いているらしい。ただ、こっちとしては領境の問題が一番困っていたんだよね。ほんと。


 屋台のほうでは……、信長さんがたこ焼きを焼いている。忙しいはずなんだけど、抜け出してきたんだろうか? 久々にうつけ殿スタイルでイキイキとしている。近くでは帰蝶さんと吉法師君、峰法師君の兄弟も手伝っているね。


 菊丸さんや近衛さんもどっかで祭り見物をしていそうだなぁ。今日は特に予定ないはずだし。


「おお、なんと美味しものじゃ!」


「このタレはよいの~」


 ああ、熊野の皆さんが焼きそばやたこ焼きを食べて喜んでいる。焼きそばやたこ焼きに使うウスターソースは、今もウチが関係するところにしか卸していないからなぁ。熊野の皆さんだと食べたことないだろう。


 楽しんでほしいね。




Side:千秋季光


 日も暮れる頃、熱田の奥にて宴を開いておる。領内の主立った寺社から集まった者たちと共に、熊野、石山を歓迎する宴だ。これほど名のある寺社の僧侶や神人が揃う機会は、畿内においても石山本願寺においてもあるまい。


「明日の花火は楽しみでございますなぁ」


「左様、なかなか見られるものではないからな」


 宗派を超えて和やかに宴を楽しむ者らに思わず笑みをこぼした。熊野が来るとは思わなんだが、本願寺を迎えるために領内の寺社に相応の者を出してくれるようにと頼んだのだ。


 無論、ただ歓迎するためではない。織田領内の寺社は一致結束しておると本願寺に示すため。


 いずこの寺も思惑があり、中には不満もあろう。それでも無益な争いがなくなりつつある我らの国を乱世に戻したいと願う者は多くないのだ。いずこの寺も、今こそ寺社の力の見せ時だと喜んで来てくれた。


「本願寺と熊野が揃うとは……」


 意味ありげな顔で酒を注ぐために来てくれた諏訪竺渓斎殿に、わしは笑みを持って返す。諏訪神社の大宮司や善光寺の主立った者など、信濃の寺社の者らを連れてきてくれた男だ。


 一時は織田に兵を挙げるのではとすら言われたほど気骨のある男だが、夜殿と明け殿が召し出して以降は二心なき様子で励んでおる。


「竺渓斎殿のおかげで面目が立ち申した。感謝致す」


「我ら寺社の役目、分かっておるつもりでございます。我らもまた守らねばなりませぬ故に……」


 さすがは諏訪というところか。本願寺の恐ろしさも御家が直面しておる難題も理解しておると見える。


「良しなにお頼み申す」


 祀る神も違えば宗派も違う。我らとて争いがないわけではない。されど、そろそろこの地獄のような世は終わらせたい。


 無論、畿内が悪いと一概に言うつもりはないし、我らもまた畿内と繋がりが今もある。


 それでも、本願寺や熊野に勝手をさせるわけにはいかぬ。


「信じていただけるか分からぬが、我らも皆、千秋殿と同等の覚悟があってここに来た。これ以上、織田と久遠にばかり矢面に立たせるわけにいかぬ。寺社を残した先人にお叱りを受けてしまうわ」


 竺渓斎殿……。


「信じておるからこそ来ていただいたのだ」


 本願寺は鎮永尼殿と内匠頭殿の会談を求めておる。内匠頭殿の慈悲の縋る気か? 我らが相手では不足か? いずれにしても舐められたものよ。


 確かに内匠頭殿が承諾すれば尾張は動く。されど、夜殿と明け殿に泥を塗った神宮がいかになっておるか、理解しておらぬらしい。


 久遠を傷付ける者は何人たりとも許してはならぬ。争いなき世を築くためにもな。


 武士とも商人とも違う。これが我らの戦だ。舐めておる本願寺に我らの意志を示してくれるわ。


 奴らの甘い戯言も、ここでは通じぬ。




◆◆

 永禄六年、六月。熱田祭りに招いた石山本願寺と熊野三山の者たちを歓迎する宴が熱田神社で開かれた。


 その場には織田領内の主立った寺社のトップかそれに準ずる者たちが勢ぞろいし、石山本願寺と熊野三山を歓待している。


 宴は和やかなもので交流を深めたと記録に残るが、熱田神社の大宮司であった千秋季光にはこの機会に織田領内の寺社の結束を示し、石山本願寺を牽制する意図があったことが一部の資料から明らかになっている。


 織田家と石山本願寺は長らく友好関係を維持していたが、石山本願寺が門跡になったことや織田家が畿内と対峙する立場となりつつあることで、難しい関係に差し掛かっていたことを当時の織田領内の寺社も認識していたことが分かる。



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