第2462話・熱田まつり前日のこと
Side:久遠一馬
熱田祭り前日、招待客の皆さんは熱田に移った。本願寺との交渉も一旦棚上げとして皆さんで花火を楽しんでいただく。
石山本願寺に限らず、懸案はあるし継続交渉していることはある。それはそれ、これはこれだ。
ウチも熱田の屋敷は、孤児院のみんなや家臣の家族で大賑わいになっている。
「そういえば、子供たちの評判がいいね」
ちょうどリリーと宗滴さんと顔を会わせたので話をしているが、孤児院の子たちについて熊野の高僧に驚かれたのでそのことを話題にしている。
子供たちが町で困っている人を見かけると助けようとすることや、町の大人はそんな子供たちを見守ってくれていることなど。尾張だと割と当たり前になった光景に感動したと喜んでくれていた。
旅の僧侶などに厳しいという噂を聞いていたらしく驚いてもいた。ただ、尾張の人たちが厳しいのは傲慢でお金をたかるような破戒僧であり、まともなお坊さんを追い返したりすることはあまりない。
まあ、忙しく働いているところで説法を始めようとしたり、お金がありそうだからと托鉢を求めたりすると嫌がられるが。
根本的な問題として尾張の人をちゃんと見て、寄りそうように接してくれる人は普通に歓迎される。具体的に寺社やら神仏の名前を出して偉そうにすると嫌厭されるけどね。
あとは困っていそうだからと泊めたら酒を出せとか女はいないかなど、明らかに戒律を破るような者たちが多いんだ。
「皆、内匠頭殿や慈母殿に恩返しをするのだと言うておるからの」
穏やかな様子で語る宗滴さんの言葉に嬉しくなると同時に、親としてはもう少し自分のために生きてほしいなとも思ってしまう。
「みんな、花火を楽しみにしているのよ~」
そうだよなぁ。リリーの言う通り。花火は年に二度、この季節だけだ。思う存分、楽しんでほしい。
身分がある人だけが楽しむとか、正直、あんまり好きじゃない。花火はみんなで楽しめるのがいいね。
今頃子供たちは、ウチの屋台で頑張ってくれているだろう。あとで様子を見に行こうかな。少し一緒に働ける時間を作れないか、エルと相談しよう。
Side:優子
尾張に合わせて、奥羽でも明日は花火をするわ! みんな張り切っているわねぇ。未だ畿内では見られない花火が毎年見られるという事実に、奥羽領の人々は喜んでいる。
先進地、京の都へのあこがれもあるけど、同時に不満もまたあるのが奥羽の地となる。西の者たちの都合でもない。自分たちのために自分たちで国を豊かにする。そういう意識が芽生え始めているわ。
きっかけは花火の他にもうひとつ。寺社の強訴もどき。寺社を厚遇しない私たちに不満を抱いた坊主や神職たちが事実上の一揆を起こした件、その時に西の大寺院が足並みをそろえて見捨てたことが大きかった。
本山はいざとなったら助けてくれない。その事実は寺社のみならず武士から領民まで広く伝わった。
勝ち目がない。落ち目の者を見捨てる。これ時代を問わずあることだと思う。ただ、日本海航路をウチが主導権を握った上でのこの事実は、朝廷や畿内にとって奥羽の支配権を失うことに等しい。
今年は飢饉もあり花火の開催が危ぶまれた。
地域によっては食糧不足が深刻で、食べさせるために本来優先度が低い賦役までやらせて食事を与えている。
人々は変わりつつある。奥羽織田家の家臣たちや寺社が花火の費用に役立ててほしいとお金を出してくれたことには驚いた。ひとりひとりの額は決して多くはない。私たちに取り入るためという思惑もあるだろう。
それでも、花火を見たい。続けたいという意思があるのもまた事実。
「お方様、いかがでございましょう?」
今日、私は八戸の町外れで炊き出しをしている者たちを視察している。各地から集まった花火見物の人たちに食事を振る舞うため、地元の寺社と武士たちがお金を出し合ってやっている取り組みだ。
「うん、いいわね。なにか困ったら城にすぐに知らせを出して」
食料は現状では織田家で統制しているので、織田家で用意したものだけど、費用はみんなが出してくれた。
尾張と違い最低限の旅費だけで花火見物に来ている者たちが多いから、あれこれと屋台を出しても食べられない人が多いのよね。
自分たちで花火を見に来た者たちに食事を振る舞うことで、私たちや織田家ばかりじゃない。この地に根付いている寺社や武士もいるんだと世に示せる。決して悪いことじゃないわ。
「楽しみでございますなぁ」
待ちきれないと言わんばかりの僧侶に私も笑みがこぼれる。
誰もが楽しめる花火を打ち上げたい。司令が花火を始めた思いは、奥羽の地にも伝わっているわ。
仏の弾正忠の威光は、この地でも信じられつつある。
ほんと、私からすると少し信じられないくらい、みんな変わった。
先が楽しみね。
Side:近衛稙家
熱田の町は明日の花火を待ちきれんとする者らで溢れておる。
本願寺の者らは、この光景に顔を青くしておろう。門跡となりて己が地位を確かなものとしたのは悪うない。されど、今後の動き次第では悪手となり得る。
少しばかり遅かったの。門跡となるのが。今の朝廷に連なる地位を手に入れたとて、面倒事でしかなかろうに。
熊野の者らはすでに諦めたというべきか。尾張の民の様子から意地を張っても得るものがないと悟った。やはり神宮を突き放したことが大きい。内匠頭の考えではなかろうが、そこらの加減は相も変わらず上手いの。
降るなら早いほうがよい。内匠頭と奥方衆は意地を張ることもないし配慮を欠かさぬ故にな。時を逸して内匠頭が政から離れた後に同じことをしようとすると、いかになるか分からぬからな。
内匠頭の意思を継ぐ者らが、内匠頭ほど政が上手いとは限らぬ。
山科卿と身分を偽り町を歩いておると、先日訪れた牧場の子らが吾らを見つけて挨拶にと駆け寄ってきた。
「たい……えっ? だめなの?」
「御隠居様! 申し訳ございません!」
幼子が吾のことを太閤と呼ぼうとして年上の子が慌てて止めた。さすがに往来で太閤などと呼ばれると吾も周りも困ると察したようじゃな。
「よいよい、気にするな。そうじゃ、なにか美味い物売りがおらぬか? 少し小腹が空いての」
子は皆で育てるものか。こうしてみると、それが正しいように思える。
それに……、この子らがいずれ立身出世して、吾のおらぬ近衛家と対峙する時がくるかもしれぬ。せめて、吾くらいはよき年寄りとして覚えておいてもらいたいものじゃ。
いくばくかの情けをかけてくれるようにの。
「はい! 昨日から騒がれている屋台がございます!」
「では、案内を頼むぞ」
近江に出仕して大樹を助けて花火を見る。なんとよき日々じゃ。
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