第2461話・本願寺の憂鬱
Side:久遠一馬
鎮永尼さんとの会談について、義統さん、信秀さん、義信君、信長さん、それと清洲に来ていた晴具さんで相談をする。ウチはオレとエルとナザニンだ。
正直、そこまで難しい情勢ではない。この会談をやるやらないに関わらず、本願寺との友好関係は当面続くだろう。双方にとって今の関係を壊すメリットがほぼないからだ。
ただし、勝興寺については、本願寺が自分のことと受け止めて動いてくださいとしか言いようがない。そもそも本願寺と勝興寺の間でも意思疎通がどこまで出来ているのか怪しいからな。
仲介するのはいいが、この時代だと、基本的に仲介した後のことに責任を持たないんだよね。なので、ほとぼりがさめたらまた暴れ出す。
まあ、勝興寺自体は一度目なので和解することに異論はない。ただ、必要以上に彼らを助けるとなると、今後にまでこちらが関与することになる。それを求めるだけの覚悟と、万が一、勝興寺が敵対行為をしたらどうするのか、はっきりさせないと駄目だろう。
というか勝興寺。現時点では織田主導の飢饉対策に消極的だ。石山本願寺が勝手に言っているだけだったりする。こちらで面倒を見てほしいってのは。
勝興寺は石山本願寺に対して、織田のように助けろと言っているらしいし。
「本願寺の行く先を案じておるのであろうな」
つらつらと考えていると、晴具さんが口を開いた。鎮永尼さんのことだろう。
はっきり言うと、オレにとっては迷惑だ。本願寺の行く末は本願寺で考えてほしい。甘い言葉で民を惑わし、血縁で寺を支配して武装した上で安易に一揆を始める本願寺をオレは根本的に好きじゃない。
願証寺を庇ったことで本願寺も同じように助けるのだと勘違いしているとしたら、担当の信虎さんから伝えてもらったほうがいいかもしれないなぁ。オレたちは現状の本願寺とは商い以上に深入りする気がないと。
「かず、本願寺をいかがする気だ?」
「いかがもなにもありませんよ。そもそも私は一揆を認めませんし、武装して人を殺める寺社も認めません。織田家の決定には従いますが、私が本願寺を助けることは今のところ考えていません」
信長さんに問われたけど、言わなくても知っているでしょ? 再確認かな。
余所の勢力、とりわけ身分のある人たちは勘違いしている人が多い。寺社に寛大なのは信秀さんだ。義統さんは神仏への信仰心があるから堕落した寺社に厳しいし、オレは無害化出来るならと黙認しているだけだ。地域の人が残したいというなら残せるように手を貸すし、要らないというなら廃寺廃社でいい。
葬式仏教と言われた時代に生まれたオレとしては、寺社、本願寺のようなところはなくなってもいいとすら思っている。
実際、尾張あたりでは寺社による任意の統廃合が進んでいる。前にも言ったが、織田領内だと寺社に人が集まらないんだ。武士や土豪なんかも余った子供を出家させることは激減した。
領地があれば、食い扶持に困る子供を寺社に出すことで、寺社を通して領地を支配することに役立つから積極的に寺社と繋がっていたが。もう領地はない。
なにかあると寄進を求めるし、偉そうにして武士に頭を下げさせる寺社は、利害関係がなくなると見切りを付けられている。神仏への信仰心がある人ほど、現状の寺社への信頼はなくなる。
それに戒律だなんだと不自由な生活を進んで求める人は多くない。織田領だと田畑がなくても賦役や職人や商人になることで生きていけるからね。
少し話が逸れたが、対外勢力には基本同じスタンスだ。相応に信頼があるなら商いはする。それだけ。信仰しているわけじゃないから厚遇することもないし、手助けもしない。
本願寺も理解していたと思っていたんだけど。門跡になったことで無理押しをするというのか?
Side:慶寿院鎮永尼
織田方の様子は芳しくないようですね。内匠頭殿は会おうとして会える者ではないと聞き呼んでおりましたが。ここまでだとは……。
神宮然り、伊勢無量寿院然り、三河本證寺然り。織田は寺社が力を持つことを喜んではいない。
畿内への不介入も、もとは内匠頭殿の献策だと聞いたことがあります。あの御仁にとって畿内と寺社は助けるに値しないということでしょうか?
「勝興寺は未だ納得せず……」
そんな中、届いた知らせに主立った者が苛立ちを隠せなくなりつつあります。織田に頭を下げて詫びを入れ賠償をすること。さらに飢饉の対処で織田に助けを請えと命じたことが気に入らぬと今も騒いでいる。
詫びを入れるのは納得しましたが、賠償はいかほどにするかで揉めています。助けを請う件は口を出されることに繋がる故に拒絶です。
「勝興寺では御寺に対し、織田のように助けを出せと騒いでおる者も多いようで……」
従うのだから織田と同じように手厚く助けろ。かの者らの言い分も一理ある。とはいえ、こちらの事情を察してはくれないのですね。勝興寺は織田と私たちを秤にでも掛けて利を引き出すつもりでしょうか。
「織田方、長尾方の末寺は勝興寺に従わぬと言うておるところもございます。さらに勝興寺から離反する者は今後も増えるかと……」
勝興寺は、願証寺が苦難の上に築いた織田領における一向宗の地位すら潰す気でしょうか?
「本山相手に一揆をちらつかせて利を得ようとするとは。我らの先人は厄介なものを残してくれたものだ」
「織田には通じぬぞ。近江以東で一揆を起こしたら潰される」
「関東管領を抱える長尾が織田と通じた。これで関東がまとまって尾張の敵に回ることはない。怒らせると北陸の一向衆が根切りにされるぞ」
私たちも加賀も動かない。故に勝興寺は苛立っている。勝興寺からすると私たちの事情より自分たちの体裁と心情が大事ということなのでしょう。
「武士は南北の因縁を終わらせたというのに、私たちはなにひとつ古き因縁を終わらせることが出来ていない。果たして、この先に私たちの生きる場はあるのでしょうか」
苛立つ皆に問い掛けるように言葉を紡ぐと、無言になりました。
足利と北畠の婚礼こそ、東国が進みつつある新たな世の象徴なのでしょう。古き因縁を終わらせることで新たな世を迎える。
なんと見事なことだと、ただただ驚きました。
朝廷も叡山も私たちも、すでに出遅れているというのに。朝廷は近衛公が自ら内匠頭殿と誼を築き乗り切ろうとしている。
私たちは……。
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