第2460話・寺社のあれこれ

Side:久遠一馬


 本願寺にとって、尾張訪問は先を見越した一手だったのだろう。


 本願寺が門跡となった上で顕如上人が招かれる形で尾張を訪問することは門跡としての外交の始まりであり、比叡山延暦寺などの他の寺社勢力を睨みつつ新しい流れに平和的に対抗して共存しようという意思の表れでもある。


 何度も言っていることだが、この時代、格下の相手に出向くことは基本的にない。なにかしらの形で相手を認めた上で出向くことはあるが。そういう意味では、本願寺としてはこちらを認めているんだ。


 現実問題として、近江以東の流通と経済がほぼこちらの手中にあることは事実で、それを黙認した上で新しい関係を築こうとしている。斯波家と織田家が今後、畿内と対峙することになるだろうと見越して動いているんだと思う。


 当然、招待するまでにはいろいろと交渉があり、招いてほしいと言い出したのは本願寺なので、商いを通じて相応の利益をこちらに提供している。


 越中勝興寺は、そんな本願寺の努力と外交をぶち壊したと言ってもいい。正直、この件に限ると本願寺に同情するほどだ。


 その勝興寺のことだが、こちらの所領を荒らしたことに関しては実はそれほど揉めているわけではない。勝興寺が全面的に非を認めて正式な謝罪、賠償をすることでほぼ合意している。


 謝罪と賠償が済み次第、元の関係に戻す。友好関係なんてない、余所の寺社という扱いに戻して相応の商いを再開するだけだ。


 一揆を起こして関係ないところに迷惑をかけたと認める。これだけでも勝興寺の面目は潰れる。


 本願寺としては、そこはもうどうしようもない。長尾が同じように織田を荒らしていたらまた違ったのだろうが、同じ戦場にいた勝興寺の敵方が荒らしていないところを一方的に荒らしたという事実は失点以外のなにものでもない。


 この件に関しては本当に、景虎さんの戦略の勝利だ。こちらが一向衆に懸念を持っていることを理解して動いた。まあ、史実の軍神だからなぁ。


 話し合いが難航しているのは飢饉の対処だ。一向衆以外の勢力を飢饉対策でまとめたことを知ったことで、一向衆も同じようにしてほしいというのが本願寺の立場だ。


 費用は別の名目を用いるなりして出すつもりらしいが、それだけでは無理だというのが織田の立場になる。


 そもそも織田家は本願寺と願証寺は信じるが、北陸の一向衆に対しては以前から懸念を持っていると示唆していた。


 同じ宗派の願証寺ですら同門で理解するところもあるが、同じと思われたら困るというスタンスなんだ。


 そんな中、信虎さんと堀田さんが清洲城内にあるオレの部屋を訪ねてきた。


「……困りましたね。私がいちいち出しゃばると困ることになりますよ」


 用件は本願寺側が、オレと慶寿院鎮永尼さんの会談の場を設けてほしいと言い出しているとのことだ。


 事あるごとに出しゃばるのは良くない。近衛さんと会っているからオレを引っ張り出すと話が進むと思っているんだろうか?


 この手の会談は失敗すると悪影響が大きくなるので、基本、ある程度合意の目途を立ててから行っている。近衛さんだけは目途がなくても会うけど。それはもう、あの人とオレの信頼関係があってこそだ。


 義統さんや信秀さんでないならば、会談が物別れに終わってもいいと思ったのか?


「願証寺が勝興寺との仲介をすることを内匠頭殿が止めた件を知ったようだ」


 堀田さんの言葉に少しため息が出そうになった。まあ、その件は漏れるよね。あくまでも内々の打診の段階だったが、結構扱いが難しいのでオレが止めた。


 今の願証寺は織田の治世を本気で守ろうとしている。勝興寺に使者を出せば同門での争いになりかねなかった。評定まで上げて議論してもよかったが、願証寺にも責任はあるのだから同門として動けという声が織田家中ですらあったのが事実なんだ。


 そもそもオレは寺社が政治に関与することをあまり好まないので、もうそういう話が上がること自体、なくしていきたい。


「軽んじたわけではないようだ。ただ、鎮永尼殿はもう高齢だ。会わねば次の機が訪れることはないと考えておるようでな」


 信虎さんは本願寺側との交渉で、相手側の意図を聞き出していたらしい。ほんと有能なんだよね。戦は正直、見たわけではないので知らないが、外交とか内政は普通に評価が高い。


 ただ、どうするんだと若干面白そうに笑みを浮かべるのは止めてほしい。少し酔狂な人だ。


「大殿と守護様にお伺いを立てておきます」


 同席するエルとナザニンと顔を見合わせたが、義統さんと信秀さんと話して意思統一してからでないとなんとも言えない。


「話す内容と落としどころは、こちらで探っておきましょう」


「ええ、お願いします」


 とりあえず信虎さんが担当であることに変わりはない。今は下交渉を頼むしかない。ついでに越中一向衆の処遇についても話を聞くが……。


「勝興寺の焦点は守護使不入かしらねぇ」


「本願寺としても勝興寺の扱いには迷いが見受けられる。いっそ、長尾が勝興寺を叩いてくれたほうがやりやすかったのだと思う」


 ナザニンも信虎さんも本願寺の難しい立場を見抜いている。


 武士のように血縁で各地の寺を治めてしまった影響で、武士の統治の欠点まで取り込んでいる感じだなぁ。史実ではそれが本願寺の強みだったのだろうが、この世界では悩みに変わりつつある。


「それはそうと、熊野のほうはいかがなので?」


 少し考え込んでいると、信虎さんはもうひとつのデリケートな問題について問うてきた。こっちは実はそこまで突っ込んだ話し合いをする予定はない。ただ、裏ではいろいろと話が出ているが。


 裏で動いている分、信虎さんも全容を掴んでいないらしい。


「争いたくはないとの意思は確かかと。ただ、積み重ねたものが大きすぎて自ら変えるほどのお方もいないようですね。とはいえ、このままでは……ってところでしょうか」


 熊野の一番の望みは、織田に熊野を今の地位のまま残れるように変えてほしいのだろう。


 従えと命じられ、渋々従うという体裁で変えてほしいってのが理想なんだろうね。新しいことをするストレスも身内から出る不満も、みんな武士が悪いと言えるから。


 信虎さんみたいな人がいないんだろうなと感じる。追放されたことがあまりに有名だから評価が悪くなることもあるが、あの難しい甲斐を統一した人なんだ。信虎さんクラスの実力がある人がいれば、熊野も自力で変われたはずだ。


 ただ、熊野はもう勢力的にも争うのが無理だと察しているからなぁ。あとは誼を深めて自然に変わっていきたいのだろう。


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