第2456話・会談を支える者

Side:久遠一馬


 お出しした紅茶を飲んで一息ついた近衛さんは、オレたちを見た。


「今も倅には主上の信がない。苦労も知らず己を過信するからの。もともと信がなかった。そのうえ真継が綸旨を偽造した時、あやつは柳原卿を守ったからの。あの一件で院と主上のお心がさらに離れた」


 それはなんとも言えないなぁ。常日頃から朝廷のために動いている人なら良かったのだろうが、若い彼が帝や院のために働いていたと思えることがないのかもしれない。


「あの件は立場上、致し方ないことでは?」


「主上もそれは理解しておられる。されど、綸旨の偽造を大樹の耳に入るまで誰一人明かさなんだことで、吾ら公卿も信を失うたからの」


 晴嗣さんって空気は読めないよね。帝の意向を察するのも、出来ないのかしていないのか。上手くいっていない。典型的なお坊ちゃまというほうがいいのかもしれない。


 近衛さんが近江に出仕しているので、京の都で足利政権と調整しているのは二条さんだ。二条公は和を尊ぶ人で晴嗣さんを立ててはいるが、それもまた彼の思う通りに行かないことになり面白くないらしい。


 関白であり、近衛家の家督を継いでいる。ただし、稙家さんの影響力と権威が強すぎて、彼が自由に出来るものは多くはない。お金も人脈も近衛の権威も。


 政治的にも近衛さんと二条さんが許可しないと動かないため、彼の周りには反三国同盟やおふたりを疎む小物が集まるくらいだ。


 そのうえ上皇陛下と帝の信頼もないとなると、自分の実績を残そうと躍起になる気持ちも分からんではない。若干、迷惑だけど。


 実は、この辺りの情報は織田家にも入っている。京の都に関しては、政所の伊勢さんや地下家や寺社からも情報が入るんだ。言い方が悪いが、晴嗣さんの周囲にいる人だって彼を信じている人はあまり多くない。


 晴嗣さんが周囲に集まる者たちに稙家さんや二条さん、三国同盟の悪口を延々と言っている話が、こちらにまで筒抜けになっている。誰が漏らしているかまで特定していないが、反三国同盟の者たちもこちらとの縁が欲しくて晴嗣さんの内情を洩らして裏切っている人が相応にいる。


「ご存じでしょうが、関白殿下の様子はこちらに筒抜けでございますよ。殿下」


 ここまで打ち明けてくれたんだ。こちらも隠す必要はないだろう。それに近衛さんなら察しているはずだ。


「分かっておる。わしや二条公の耳にも入っておるからの。皆が聞かぬふりをしてくれておることには感謝しておる」


 なにかをやろうとするのも結構なことだ。自身の理想と目的があるならばね。ただ、仲間は選んだほうがいいし、軽々しく悪口大会をやって憂さ晴らしするのは止めたほうがいい。


 筒抜けの情報を聞いて北畠晴具さんが呆れて放っておけというくらいに、こちらは彼に対して危機感がない。史実の近衛前久ではないんだ、彼は。よく言えば父親に反発する子供でしかない。


「愚かな倅じゃ。もっと愚かなのはあのような倅を育てたわしじゃがな」


 近衛さん……。困ったな。晴嗣さんはどうでもいいが、朝廷の権威がこれ以上落ちると寺社に対する抑止力が低下する恐れがある。日ノ本の寺社に武装解除させて既得権を放棄させるには朝廷の存在は必要だ。




Side:滝川資清


 関白殿下か。わし如きが評していいお方ではないが、深入りしたいと思えるお方ではない。殿のお供としてお会いした時、わしを見て本来の地位のまま下賤な者として見る目を隠さなんだからな。


 事実なれど、他の公卿公家の皆様方は、それでもご配慮をなさりあからさまに見下すことはない。当然のことを当然のようにされただけではあるが、崇め奉りたいとは思わぬ。


 おっと、そろそろ話を変えたほうがよいな。殿はお優しい故、深入りしてしまうやもしれぬ。だが親子の争いは他者が入ると拗れる。


「殿、改元にはいかほどの銭が掛かるものなのでございましょう?」


「改元か、いくらだろう。オレも知らないんだよね」


 殿はおおよそ察していると思われるが、あえて口にせなんだ。近衛殿下がいかほど求めるのか。それを聞き出したいのであろう。


「そうじゃの。改元のみならば、五百貫もあればというところかの。そなたらのおかげで朝廷としても多少の蓄えはある」


 その程度か。安いとは言えぬが、日ノ本の大事となる改元としては高くもないな。とはいえ公方様から諸勢力に費えを求めると、いい顔はするまいな。


 三国同盟で出すか? それはそれで関白殿下を勘違いさせるか不快にさせるか。なかなか厄介なことになりそうだ。


 しかし、五百貫程度のことも出来ず騒ぐ朝廷は、なんとか致さねばならぬのであろうな。貧しきままでは心まで悪うなる。それはわしがよう知っておる。


「院と帝が改元をお求めならば、皆で助けるべきでしょう。さもなくば殿下のお心次第かと。殿下が改元をなさりたいと仰せになるならば、上様以下、私たちがお支え致します」


 改元に至っては、朝廷が決めるべきことであり口を挟んでもよいことなどない。殿も関わりを避けられたか。


 ふと山科卿と目が合う。ご苦労をされておるような顔じゃな。朝廷を盛り立て、立て直してゆきたいが、いかにしてよいか分からぬのであろう。


 今一度、話を変えるか。


「そういえば、地下家の方々の様子はいかがでございますか?」


「皆、喜んでおる。思うところがある者もおるがな、やはり役目があるというのは喜ばしいことでの」


「それは喜ばしいことでございますな」


 山科卿はわしの真意を察したようで話を合わせてくだされた。懸案を話すのも大切なれど、上手くいったことを共に喜ぶこともよかろう。


 殿と近衛公の間にあまり懸案ばかり持ち出すと、朝廷と三国同盟の関わりが揺らぎかねぬ。


「近江に出仕する地下家は増やしてもよさそうなのよね。奉行衆の評判もいいわ。公方様の体制はもっと人を増やすことが必要でございますので……」


 メルティ様も同じようにお考えらしいな。関白殿下と改元の話よりこちらを勧められた。


「文治で治めると人が要るからの。頃合いを見て近江に送る者を増やすか?」


「ええ、お願い致します」


 近衛公と殿も、今日は地下家の件をよき話としてお決めになられた。改元をするべきなのか遠慮するべきなのか分からぬが、それは近衛公と三国同盟ではなく朝廷で決めて頂くべきだ。


 朝廷と揉めているなどと思われると厄介だからな。上手くいっておると織田家中にも示す土産がいる。これでいいはずじゃ。



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