第2455話・一馬、また厄介なことを相談される。
Side:神保長職
居並ぶ家臣の顔ぶれもだいぶ変わったな。戦に敗れたのだと思い知らされる。もうなにもかも嫌になるが、そう言うてもおられぬ。
そんな折、織田の使者がやって来た。
「蕎麦か?」
「はっ、早急に植えて頂きたい」
畠山家が頼んだ食糧はすでに届き始めており何事かと思うたら、蕎麦を植えてほしいと言われるとは思わなんだ。わしはよう知らぬのだが。もう夏だぞ。
「今からでも間に合うのか?」
「はっ、雪が降る前に刈り入れ出来るはずでございまする。湿田は向きませぬが、畑などで植えると上手く育ちまする故」
「相分かった。すぐに植えさせよう」
まさか織田に作物を植えることまで口を出されるとはな。助けを受ける以上、少しでも己で食えるようにしろということか。もっともなことだな。
「ひとつ問いたい。長尾方と一向衆にもやらせておるのか?」
「はっ、長尾方は蕎麦を植えておるはず。されど、一向衆は存じませぬ。かの者らにはまだ嫌疑が晴れておりませぬ故」
その言葉に家臣らが驚きの声を上げた。一向衆とはまだ揉めておるのか!? 畠山家まで出てきたのだ。とっくに和睦したのかと思うたのだが……。我が所領は一向衆の所領が入り混じる地なのだぞ?
「待たれよ。我らは一向衆と誼が深き者もおる。いかがすればよいのだ!?」
「某は神保家のことに口を出す立場ではございませぬ」
使者殿の言葉で察しろということか。もともと織田からは、一向衆に与える食糧まで持ち合わせておらぬと言われておる。それ故、皆にも己の領内で食わせろと命じてあるが。
「一向衆に寄進するほどの蕎麦は用意出来ておらぬか」
「はっ、左様でございます」
わしに対して怒っておるのかと思うたのだが。斯波武衛様か織田殿か知らぬが、織田領に手を出したのは一向衆だからな。わしよりも強く一向衆に対して怒っておるらしい。
「ならば致し方ないな。まずは己が領内をなんとかせねばならぬ。皆も分かるな?」
「はっ……」
これ以上、恥を晒しとうない。さっさとやらせねばならぬ。
「先頃から届いておる食糧と、この蕎麦で来年の春まで持たせろということと受け取ってよいのだな?」
「は、左様でございます。このあとも飛騨から飢えぬ程度になりますが、運び入れましょう。さらに、もうしばらくすると船で運びまする。それにて多くは助かるはずでございます」
まだ寄越すというのか? ……まさか本気で我が所領の民も助ける気か!?
「それは……領内の民に行き渡る分があるということか? まて、船と言うたな。いずこから運ぶのだ? 奥羽か?」
北の海で織田の船が来るなど聞いたこともないが……。西は織田が関わるところなどあると聞いておらぬが?
「はっ、神保家の所領の民ならば……。いずこから運ぶかはご容赦を。ただ、久遠家の船で運ぶとなら申し上げることが出来まする」
まさか、海からも攻めることが出来るのか!? そういうことか!!
「相分かった。要らぬことを聞いてすまぬな」
畠山家への義理で幾ばくかの食糧を寄越すのかと思うたが、本気で他国の敵であった者を助けるとは……。仏の弾正忠の噂はまことであったか。
「そうだ。我らは所領が減ったことでいろいろと困っておってな。今後も助言をしてくれるように頼みたい。蕎麦のようにな」
「はっ、一旦戻り後日返答致しまする」
ここまでくれば、素直に助けを請うほうがよかろう。織田は一向衆に懸念を持っておるのだろう。一向衆とわしが飢えておかしなことをせぬようにしたいのだ。
余計なことをして怒らせたくない。なにを望むのか、素直に聞いたほうがよいわ。畠山家からも織田を頼ってよいとの許しはあるのだ。
おそらく一向衆を信じておらぬのだ。いずれの者らもな。
Side:久遠一馬
尾張の寺社はどこも人で賑わっていると知らせが届いた。旅行の楽しみのひとつとして寺社巡りがあるからなぁ。
人をどう集めるか。これも競争だ。寺社では、宿泊費を安くしたり料理を良くしたり、祈祷をしてくれたりと、あの手この手で人を集めようとしている。
面白いところでは尾張流の茶の湯として、抹茶や紅茶の飲む席を設けるなどしているところもあった。
そんな頃、義輝さん一行が到着した。
慶寿院さんや御台所のそねさん、あとシンディとリンメイ、妊娠中の春たちとかも連れてきてくれた。それと近衛稙家さんと山科さんもいる。
近江の留守役は残しているものの、かなり大人数での尾張入りだ。このあたりはケチってもいいことがないので、なるべくみんなで花火見物ということになった。
足利政権に仕えている人たちも、それだけ花火見物を楽しみにしているんだ。少人数での移動という話もあったが、あとで連れて行ってくれなかったと恨み言が聞かれても面白くないからな。
「ご無事の到着、祝着至極に存じます」
清洲城に入った義輝さんを義統さん以下、みんなで迎える。例によって出迎えや歓迎は控えめにせよという義輝さんの命令が届いている。
なるべく双方ともに負担を少なくして花火見物を楽しみたいということで、いろいろと知恵を絞っている。
「うむ、世話になる」
今年は御台所を迎えたこともあって、近江にいる時間を増やしているからなぁ。滞在中には菊丸に戻って少し尾張でゆっくりしたいそうだ。
義輝さんたちの出迎えが終わると、近衛さんと山科さんと会う。京の都のことと朝廷のことは二条さんとやり取りをしていているが、割とデリケートな問題もある。
この機会に意見交換をする。
「まったく倅にも困ったものだ」
ため息を漏らした近衛さんだが、同席するエルもメルティもなんとも言えない顔をしている。
近衛親子の関係は相変わらず良くない。感情論の対立から意見の対立まで根深くなりつつある。今、対立しているのは改元だ。
来年には辛酉革命のタイミングが来る。これも大陸から伝わった慣例で、ざっくり言うと、その年には改元をして革命を防ぐということらしい。
関白である近衛晴嗣さんはこれをやるべきだと主張しているが、上皇陛下と帝はあまり乗り気ではない。近衛さんたちもすでに乱れた現状で改元だけしてよくなるとは思っておらず、朝廷の立て直しを優先したいというのがある。
「改元が悪いわけではないがの。すでに乱れしまったものを先に正さねば意味はあるまい。吾と二条公、山科卿はそなたとよく話すからの。なにを先にやるべきか考えてしまう」
「院と帝も近江にて大樹が励んでおる時に、都で朝廷が改元などして諸国に朝廷と大樹の対立かと思われるのを懸念しておられる」
ほんと、返答に困ることを相談するよね。本音を言わせてもらえば、ご自由にどうぞとしか言えないんだが。
晴嗣さんはどうしても自分で政治をしたいらしいね。帝が望むなら改元してもいいと思うが、今やるべきなのかと慎重なのに、関白がやるべきだと声高に主張しているとは。
まあ、朝廷の権威が埋没しかけているから理解はするが。
はてさて、どうするか。
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