第2453話・飢饉と花火

Side:季代子


 奥羽の飢饉は地域にもよるけど、一部地域では深刻なレベルになっているわ。領内では領外への穀物の売買を禁止して流出を避けている。米などを主に溜め込んでいるのは寺社と武士であり、彼らには米を売るなら織田家に売るようにと命じた。


 無論、きちんと織田の法に従うところは飢えないように必要な穀物や塩などをきちんと配分している。


「季代子、糠部北部。下北半島の報告が届いたわよ」


 優子が持って来たのは、シャーロットと愛美からの報告書ね。


 糠部郡とは、下北半島から岩手県北部までにまたがる広い地域なんだけど、さすがに広すぎることもあって、私たちで史実に倣って下北半島を下北郡という地名に名付けて行政的に分けた。


 現在、下北半島の一部では、馬鈴薯ことジャガイモ、寒冷地用の米、ライ麦の作付けテストを極秘裏にしている。それの現状と、シャーロットたちの本職である普請関係の報告が届いたみたい。


「今年は試すにはちょうどよく寒いわねぇ」


 夏場に差し掛かっていると言うのに暑さが足りない。それもあって試験栽培は順調みたいね。


 栽培地は奥羽領の主立った者たちの意見を踏まえて決めた。地の利というなら津軽郡のほうが奥羽に来た初期に私たちがいたからいいのだけど、あちらはどうしても日本海航路で人が来ることがネックとなった。


 下北半島は史実の陸奥湾沿岸以外は余所者が来ることはまずない。それもあって下北半島で信用出来る人の元領地に決めた。


「普及させるのは苦労しそうだけどねぇ」


 そうね。優子の懸念はその通りだと思うわ。年寄りなんかは、今も元の独立した生活に戻りたいという人が相応にいると聞いている。自分の領地を持つ安心感や優越感、過去から続く慣例、自分で生きていたという誇り。ひとそれぞれこだわりがあるのは当然でしょうね。


 ただ、それでも近隣と争い、不作になると飢えるような暮らしは嫌だと言う人もまた多い。


 まあ、今の統治を続けている限りは消極的ながら逆らうまではしないでしょうね。


 普請に関しては、ほんと計画を立てるだけしか出来ていない。シャーロットと愛美で普請の難易度と優先度、費用の概算を考えて報告を出してくれている。


 現状だと港湾施設と主要街道の整備が優先で、とても大規模賦役をやるだけの余力がないのよ。多くの計画は私たちが奥羽を離れた遥か未来に、ふたりの報告を基に動くことになると思うわ。


 私たちが計画を残せば、現地の理解が得られて変わっていけるようになると信じたい。


「そう言えば知子の様子は?」


由萌ゆめと散歩に行くとか言っていたわね」


 昨年の末に由衣子が産んだ由萌は、私たちの希望となっている。そんな中、知子が妊娠したことで少し前に産休に入った。


 私と知子が同時に産休に入るのは避けたいので、ふたりで子作りの時期を調整していたのよね。そろそろ由衣子の産休が明けるから入れ違いになる。


 私たちももう若くないから、そろそろ子どもを産んでおかないとね。優子も早めに妊娠するといいんだけど。




Side:久遠一馬


 越中や越後、関東もか。飢饉が続いているが、織田領はなんとか飢えない範囲に抑えることが出来ている。


 ただ、来年、再来年と同じように不作になると困るということもあり、領民に分からないところから食糧の節約に励んでいる。特に寒冷地ということから二毛作が出来ない奥羽は深刻だ。


 米を減らして粟や稗などを多く生産してなんとか乗り越えようとしているが、出来れば食べて美味しく価値が高い米が作りたいというのが多くの人の本音だからなぁ。


 おっと、今日の仕事はそれじゃない。楽しい仕事。花火に関してだ。六月に入り、今年も熱田と津島、奥羽領十三湊と八戸で花火を上げるべく準備をしている。


 すでに尾張には諸国から花火見物に来た人たちが集まっている。お金に余裕があって気の早い人は一月ほど前から来た人もいるくらいだ。


 蟹江と三田洞、それと昔からある下呂温泉なんかを巡って尾張に来る人もいるとか。


 所領を廃したことで地元にお金を落としてもらうために旅人を集めようという動きは、寺社を中心に広まり織田領では定番となりつつある。


 無論、余所者が来ることを拒むところも未だに多いが、寺社は昔から参拝者が来ることで潤っていた歴史があるからね。こういうことには積極的だ。


 それと今年の花火大会には新しい動きがある。


「熊野の寄進がこれほどとは……」


 資清さんが唸っている通り、今年は熊野から花火大会に寄進があった。実は花火大会に招待してほしいという打診があったんだよね。熊野三山の身分ある人たち、招待されないから見に来られなかった人が結構いるらしい。


 まあ、神宮が呼ばれない場に自分たちが招かれることで、今のうちに斯波家と織田家と関係を構築したいという思惑はあるんだろう。あとは仁科三社の時に揉めたことへのお詫びもあるのかもしれない。


 いろいろ含むものもあると思うが、奉納花火への寄進という形で結構な額を出してくれることになった。


 詫びとか滞在費として払うと面目とか気になるんだろうが、他では上げられない奉納花火の費用の足しにと寄進するなら彼らとしても気持ちよくお金を出せるんだろう。


 尾張だと学校も病院も武芸大会も文化祭も、寄進という形で寄付金が集まるからな。珍しいことじゃないし、事実、そこまで注目されていない。


「花火見物くらいはね。見てもらっても悪くはならないからな」


 無論、織田家中には今も寺社に対する不信や警戒感が根強くあり、熊野の動きもそこまで歓迎されているわけじゃない。


 とはいえ、どこかで折り合いを付けて付き合っていかないといけないというのは、多くの人が理解している。織田家は関わりたくないからと放置出来るほど軽い勢力じゃないんだ。熊野はね。


「一向衆ほど厄介ではございませぬからな」


 一時期、仏門にいた太田さんの言葉だけに重いなぁ。こちらを侵略する意思とかないからなぁ。神宮とか熊野三山は。


 あと、今年も義輝さんを花火見物に招いている。将軍様を迎える。名誉なことだし、斯波家と織田家の勢力が拡大しすぎていることで、義輝さんと三国同盟の関係を明確に世の中に示すのは必要なことだ。


 尾張には義輝さんを疑う声もないわけじゃないからな。形式として毎年招くことになるだろう。


 今年は昨年に婚礼を挙げた北畠御前と呼ばれている御台様、そねさんもいるしね。みんなで見物にくるそうだ。




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