第2449話・復興に向けて

Side:久遠一馬


 前古河公方である足利晴氏さんが尾張に到着された。本来ならば歓迎の宴とかいろいろやるべき人だが、病ということで病院に直行している。


 近江にいる冬の診察結果から即入院したほうがいいという助言があったためだ。本来の歴史とあまり変わらない人の寿命は史実と似たようなものになるらしい。


 晴氏さんの病室は貴人用の特別室だ。以前は太原雪斎さんも入院していた部屋になる。


 医師は呼ぶのが当然な時代だけに前古河公方であった晴氏さんの入院は尾張でも驚かれたが、騒がれるほどではない。尾張だと重病の人が入院するのは珍しくないからだ。


 ちなみに妻たちを派遣することに慎重な理由として、里見がケティを拉致しようとしたことや、堺の町が粗暴な南蛮人に南蛮の女が尾張にいると教えて押し掛けてきた一件があるため、里見と堺の町は今でも各地の勢力から恨まれていたりするが。


 なんでもありな時代だけど、やり過ぎると目を付けられて恨まれる。まあ、当然のことだろうね。


 そんなこの日、畠山家の使者が清洲に来た。越中に関する今後のことを話すためだ。


「これで武士は落ち着くかな」


 近くに能登畠山がいて多少なら助けも出せるが、荒れ果てた神保領を食わせるほどの食糧をすぐに用意するのは難しい。


 能登に関していえば、日本海航路があることでこの時代だと割と裕福な地だ。ただし、食糧生産がそこまで多いわけではないので食べ物は多くない。


 畠山家は斯波家に神保支援を頼み対価として礼金を払うことで合意した。無論、価格は友好価格に抑えてある。三好ほどでないにしろ三国同盟の動きに敵対もしていないからね。特に問題はない。


 加賀と越中の一向衆をこれ以上広げたくないというのは、関係する皆さんの総意だ。このあたりは長尾が動いた時から調整していた。


「現地はまだまだ大変ですね……」


 無論、楽観出来るほどではなくエルの表情も渋い。領地の区分けは長尾と織田で決めてしまった。当然、国人土豪、寺社はそれに反発するところもある。まあ、景虎さんに勝てる人なんていないし、直に収まるだろうが。


 さらにやりたい放題暴れた者たちが、食い物がないからと織田領にやって来るんだ。一々素性を確認することは難しいし、織田の法を守ることを条件に入れるしかないんだけど。


「儀太夫殿はしばらく戻せないね」


 落ち着き次第、越中斎藤に任せて軍は戻したいんだけど。一向衆の動きが分からないことで撤兵出来ないでいる。


 願証寺からの情報では石山本願寺も本当に困っているらしいね。前々から織田に手を出すなと散々言っていたにもかかわらず、一揆勢を近くに行かせたのは落ち度以外の何物でもない。


 もっとも勝興寺は本願寺一族である顕栄佐計がトップを務めている。一向宗でもそれなりの地位なため、切り捨てることも難しい。妻は三条西家の娘が細川晴元の養女となり嫁いでいる。


 ほんと厄介なところは厄介な人に繋がるなとしみじみと思う。




Side:神保長職


 畠山家の使者が来て正式に和睦をした。


 愚か者のまま何一ついいことがなく戦が終わったな。


 所領が減ったことで頼りとしていた者らも長尾に仕えることになった。時世が変われば寝返らせることも出来なくはなかろうが、その時は神保の当主はわしではあるまい。


「今なんと申された?」


 使者殿が今後のことを話し始めたが、その話に我が耳を疑った。


「御屋形様から斯波家に助けを求めた。食糧は織田から直に届く故、それで領内を落ち着かせるのだ。一向衆にこれ以上の借りを作ることは罷りならぬ」


 戯言ではあるまいな? 今まで能登畠山に越中を任せたと捨て置いたというのに、何故、そこまで動くのだ?


「世はそなたが思う以上に変わっておる。近江にて静養されておられる上様の治世を畠山家が穢すわけにはいかぬのだ。尾張には頼んでおいた故、細々とした困りごとは能登か織田を頼れ」


「はっ、畏まりましてございます」


 異を唱えることではない故、素直に従うが訳が分からぬ。


「越中を一向衆の国にされてはたまらん。それに……、一向宗より優れた尾張のほうが先はある。信じるなら坊主より仏の弾正忠にしろ。分かるな?」


「ははっ!」


 そうか。戦の勝敗に問わず、畠山家や織田は動いていたということか。長尾もそれを承知で動いたと。時世も読めず兵を挙げたわしが愚かだったのだな。




Side:直江実綱(景綱)


 見事だ。我らが戦をしている間に、織田は一向衆を追い込むべく動いておったのだ。


 殿が神保との戦に固執しておれば……。恐ろしきことになったのやもしれぬ。


「……以上となるが、いかがだ? 直江殿」


「こちらに異論はない。放生津と庄川の守りはこちらが責を持つ」


 織田の文官衆と仔細を話しておるが、相手はもう我らと同じ領国を持つ武士でないと教えられる。


 虚勢を張る意味などない。真摯に教えを受け止めておると、文官衆のひとりが周囲を見渡し近寄るようにと手招きしてきた。


「余計なことかもしれぬが、関わる者、端の者には気を付けられよ。食糧の横流しなどするからな。愚か者の懐が潤い、越後守殿の世評が下がるだけ。我らも長尾家も越中では余所者。互いに気を付けねばなりませぬ」


 小声で教えてくれたことに頭が痛くなりそうだ。かようなことまで心配りせねばならぬか。


「ご忠言、確かに承った」


「越中の者が我らを信じられると思うと楽になりまする。難しいことなれど、飢える者にはなるべく等しく飯を与えるだけ。あと、放生津と庄川の守りとして人を集め、そのまま賦役で食わせてしまえばいい。細かい差配はこちらで助言出来るように人を出しましょう」


 織田は我らを味方に引き込むつもりなのだな。少し安堵したかもしれぬ。


「重ね重ねかたじけない」


「いや、我らも己が国のため動いているに過ぎませぬ。北陸がこれ以上荒れると困る故」


 それはそうだろう。だが、同盟も結んでおらぬ相手に手の内を明かして助けを出すなど信じられぬ。


 仏の弾正忠を裏切る愚か者などおらぬのかもしれぬがな。


「我が殿の見立て通りか」


「と申されますと?」


「斯波と織田は争いばかりの世を変えておるのだと言うておってな」


 戦をせずに世を変える。考えもせなんだわ。


「心中お察し致す。我らとて同じ。ただ、今しかないのだ」


 であろうな。ひとまず東越中を落ち着かせねば誰のためにもならぬ。愚か者は愚か者らしく励むとするか。




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