第2447話・飢饉と寺社と……

※越中勝興寺について、作中で書いていた放生津の近くではありませんでした。

 話の大筋としては変わりませんが、場所が変わったことで2445話まで遡って少し表現を変えてあります。ご了承ください。



Side:南部晴政


 今年も去年と同じく寒い日が続くな。稲の育ちが悪いとの知らせが多い。常ならば領内が乱れ、領主の徳がないと言われるが……織田領ではその限りではない。


 賦役をやらせて飯を食わせる。それでこの地でも仏の弾正忠の慈悲だと言われるほど。ただし、なんとか飢えずに食えておるのは織田領だけだ。


「殿、一揆勢が寺を焼いてございます」


 またかと、ため息が出そうになる。織田に従いつつも寺領を残すことを選んだところは荒れておるところが多い。


 己の所領は己で治める。当然のことだ。されど、明らかに暮らしや待遇に差があると身分を問わず不満を抱えて飢えるならばと一揆を起こす者も少なくない。


 織田家においても一揆は認めておらぬが、寺社というだけで助けることもない。寺社とはいえその地を治める武士が助けねば一揆勢に負けることも多い。


「寺の者らはいかがした?」


「幾人かは逃げ延びて助かったようでございます」


 一揆は起こした者も起こされた者も等しく先はない。一揆勢が勝ったとて、その地をすぐに織田が治め、かの者らが食えるようになるわけではない。敗れた寺とて、寺を再建する費えは己の力で集めねばならず再建を諦める者も多い。


「考えもしなかったな。寺社が世を乱すことになるとは……」


 弱き者、愚かな者が名を落とし時には滅ぶこともある。されど、寺社が世の流れから置いて行かれることになろうとは。


 無論、すべての寺社ではない。多くの寺社は織田の治世に従い寺領を手放したことで一揆に晒されることもなく、中には賦役にて働く者すらおる。


 武士からも同じ寺社からも見捨てられた者が滅んでおるのだ。


「先人と同じことをしておるだけでは世は変わりませぬ。我らが踏ん張らねば奥羽の夜明けが訪れませぬ」


 尾張から来ている文官が、我らの心情を慮りつつ理解してほしいと言いたげに口を開いた。


「であろうな」


 哀れに思うところもあるが、わしは置いて行かれる立場にはなりとうない。織田は……いや、久遠とは何者なのだと今でも思うことはあるが、少なくとも我らの生きる場を残しつつ世を落ち着かせようとしておることに偽りはない。


「一揆勢を捕えろ」


 気が重いな。一揆など起こさずに織田領に逃げてくれば助けてやれたというのに。故郷を村を守ろうという思いが強い者らなのだろう。


 願わくは、これ以上、愚かな真似をする者が出ねばよいのだが……。




Side:諏訪満隣


 信濃と甲斐が落ち着いたと思うたら飢饉か。この世は生きておる限り試練が続くのであろうか?


 もっとも、信濃も甲斐も飢えておるというわけではない。確かに苦しいことに変わりはないが、織田では幾年も前から飢饉に備えていたことで食わせることは出来ておる。


 されど、それが他国との違いとなり厄介となるとはな。信濃の近隣では上野が酷いことになっておる。あの地は長らく上杉と北条の間で揺れておるからな。戦が多い分だけ荒れており面倒なことになっておる。


 さすがに信濃に攻め入ることはあるまいが……。


 そんな折、領内の厄介事の知らせが入った。


「また仁科三社か。俸禄も得ており祈りの日々を送れるというのに、まだ不満だというのか」


 神宮と熊野まで巻き込んで大騒動にしたというのに、まだ不満だとあちこちに嘆願を続けるかの者らには、家中ばかりか同じ寺社から呆れや苛立ちの声が聞かれる。


 神宮は今も独立を勧められるばかりで困りておるというのに、己らの始末をするでもなく許しを請うばかり。そもそも仁科三社は厳密には罰を受けておらぬ故、許す必要などないというのに。


 まあ、奴らが信濃で孤立しておるのは事実だが。


 夜殿と明け殿の面目を潰したことで助ける者がおらず、立場がないことが気に入らぬらしい。


 はっきり言えば手遅れだ。神宮が動いた時、己らで主立った者を処分すればまだ違ったのだろうが。神宮と熊野との争いから信濃を守ったのは自ら矢面に立たれた代官殿だ。


 神宮と熊野が引き下がった故、今のところ懸念となっておらぬが。万が一、神宮と熊野が代官殿や久遠を潰さんとすれば我ら信濃衆が立ち上がらねばならぬのだ。


 仁科三社は違うが、北信濃の善光寺を含めて我ら信濃の寺社はその点においては一致結束しておる。


 宗派もなにもない。すべては信濃のため。信濃を庇い自ら矢面に立った夜殿のため。




Side:久遠一馬


 石山本願寺の使者が来た。越中一向衆についての話をするためだ。


「誠に申し訳なく、伏してお詫び申し上げまする」


 形式通りの挨拶を済ませたあと、開口一番で謝罪を口にした。思うところはあるのだろうが、争いたいなら織田を巻き込むなというのが石山本願寺の意思だった。


 正直、石山本願寺の勢力は絶大だが、一方で加賀と越中の一揆で彼らが失ったものもまた大きいのだろうなと思う。理由もあるし成り行きもある。彼らだけを批判出来ないが、国を乗っ取った形になったのはまずかった。


 史実で織田信長と争うことになったのも、勢力が大きすぎたことも理由にあるだろうし。国を乗っ取り、一揆を起こすような勢力をそのまま残してはおけない。


 この世界においては、史実と違い足利政権が復権したことで各地の守護職の権威が増していて、加賀の一件が石山本願寺の悩みの種になりつつある。


 斯波と織田が東国を呑み込もうとしている時、奪ってしまった百姓の持ちたる国をどうするのか。はっきり言うと石山本願寺でさえも、明確なビジョンはなく意見がまとまっていない。


 足利政権は今のところ加賀の問題に触れることはないが、一向衆の国として認める気もない。


 まあ、今回はとりあえず越中一向衆の問題なのだが……。


「御屋形様が勝興寺の使者に申し渡したが、信じるに足る証がなければ越中一向衆との関わりは遠慮する。あとは石山本願寺で面倒をみてはいかがだ? 近頃はいずこの寺社も我らに面倒を見ろと言うて困っておってな。他ならぬ本願寺ならば左様なことは言うまい」


 まずは信秀さんが使者と会っているが、三河本證寺の時とは状況も立場も違う。あの地に一向宗を残したければ、石山本願寺が動く必要がある。


 彼らの力と知識と財力があれば出来ないことではない。苦労を重ねて織田と比べられる覚悟があるならばね。


 無論、謝罪して利権を放棄して他の寺社と同じようになるなら受け入れるが。現状では無理だろうね。




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