第2446話・戦後の越中・その二
※勝興寺。当時の場所が違うことが分かったので内容を修正しております。
放生津の近くにはないです。
Side:神保長職
従うていた国人衆や土豪が離れていく。所領が大きく削られることで長尾に従わねばならぬ者らが多いのだ。当主自ら挨拶をしにきた者もいれば、名代で済ませたところもある。
戦で敗れた以上、当然のことだ。最後まで付き従ってくれた者らには感状を出す。所領は荒らされており与えるものがなにもないのだ。
増山城から退去したものの、長尾との話し合いは続いておるので近くの寺に入ったが、僅かに残った家臣が驚きの顔でやって来た。
「殿、一向衆が織田方を荒らしたのは事実のようでございます。勝興寺は織田より荷留とされたそうで慌てておりまする」
「そうか。漁夫の利を狙うたわけではなかったのだな」
籠城しておるところに横やりを入れてきたことに腹を立てていたが、織田は一向衆も信じておらなんだということか。それならば理解はする。
兵を欲して一向衆などに加勢を頼んだわしの失策か。
織田はかつて三河の一向宗の寺を攻め滅ぼし、廃寺にしたのだったな。仔細は分からぬが、それに比べれば恩情を与えたのかもしれぬ。
「領内の様子はいかがだ?」
言いにくそうに家臣は顔を伏せた。
「残ったところで飢えるだけだからと織田領に逃げた者が多数おりまする。中には村から人が消えたところもあり……」
常ならば幾人か逃亡しようとも村が困るほど人が逃げることはあまりない。生まれた地を離れると生きていける場所などないのだ。ところが、織田は流民でも食わせてくれると評判だからな。
致し方あるまい。
「無念でございます」
「無念だろうと生き恥を晒そうと助命された以上、生きねばならぬ。一族郎党を死地に追いやりたいか?」
我らが腹を切ったところで長尾は困るまいな。されど一向衆が多い所領で一族郎党が困ることになる。
さて、これからのことだ。いかにするか。城に籠りひたすら耐えるか。いずこかに頭を下げて少しでも銭や米を借りるか。
領内は少なくとも一年は落ち着くまい。逃げた民が戻らねば、もっと時が掛かる。
増山城を取られてしもうては、わしの再起の道はあり得まい。織田は鉄砲や金色砲を使い瞬く間に落としたが、我らが真似出来るはずもない。
いっそのこと織田に降ることが出来ればよいのだが、畠山が許すまい。わしのような者でも守護代に変わりはないのだ。織田に降れば西越中を織田に取られることになる。
畠山は織田の主家である斯波と同じ三管領。すでに失いつつあるとはいえ、斯波に所領を取られることは望むまい。
みじめに生き恥を晒す以外に道はないか。
Side:久遠一馬
すずとの赤ちゃんは鈴音、チェリーとの赤ちゃんはさくらと名付けた。ふたりはオレに決めて欲しいと言ったので一生懸命考えて、いくつかの候補からそれをふたりで選んだ。
お祝いに駆け付けてくれる人たちは身分も地域も関係ない。広域警備兵を差配しているふたりだけに、付き合いの範囲が相当広いらしい。
今日は先ほどから孤児院の子たちが赤ちゃんに会いに来ている。
オレも一緒にいたいが……、越中のことを決めておかないと困るからなぁ。
「慶事の賑わいはようございますな。内匠頭殿、越中の賦役に関してだが……」
土務総奉行の氏家さんが、越中における賦役の案を持ってきてくれた。神保や椎名から逃げてきた流民に対しては領境近辺で賦役をさせて飯を食わせていることもあって、戦が終わっても故郷に帰る者はほとんどいない。
もうこちらの領民として食わせて行くしかないだろう。時代的なこともあるが、いくら飢えていてもただで施すのはあまり良くない。きちんと働く場所を用意しないといけないんだ。
氏家さんは旧斎藤領における賦役、最重要項目として飛騨との街道整備に大動員する案を持って来た。
今回の一件で改めて理解したが、陸路の輸送量を増やすことは織田家にとって大きなメリットとなる。特に北陸はまだまだ先行きが不透明だからな。
「放生津と庄川はどうですか?」
旧斎藤領は氏家さんの案でいい。問題なのは長尾から譲渡された放生津と庄川の利権だ。庄川より西は神保と一向衆の所領で東は長尾になる。最前線もいいところなので、どこまで手を加えるか、オレたちも悩むところだ。
ちなみに放生津の湊町、長尾に荒らされて見る影もないほど一切合切奪われたらしい。それなりの湊だったらしく略奪のターゲットにされたのだろう。
「念のためいかに再建して賦役をするか考えておりまするが……、あそこに銭を投じてよいので?」
氏家さんはオレと同席するエルとメルティ、資清さんたちを見てなんとも言えない顔をした。再建して儲かるようになったら争いになるんじゃないかと考えているんだろう。
実際、放生津に長尾や一向衆への備えとして兵まで置くとなると負担が増える。何より問題なのは飛び地になるので下手すると逃げ場がなくなってしまうんだよね。
「あまり好ましくないのですが、こちらでやらねばならないでしょう。北陸で一向衆と戦になると三河の時より遥かに厄介な戦となります」
「あの時も私たちと大殿で本證寺の力を削いでいたのよ。今回も力を削いでいかないと駄目なのよね」
エルとメルティが説明しても氏家さんは渋い表情のままだ。
「曲がりなりにも信じるに値するのは越後守殿だけでは?」
さすがは歴戦の武将であり、織田家総奉行を務める氏家さんだ。痛いところを突く。
「銭は失ってもいいです。危うそうなら守りは長尾に頼むこととします。長尾を味方に引き込むしかないかなと思いますよ」
放生津だけを織田領としても、いいことはあまりないだろう。もう東越中と長尾を巻き込むしかない。戦の時は終始配慮をしていた。戦後こちらが配慮をしても、そこまで舐められないだろう。
庄川の治水を賦役としてやることで、長尾方の領民を借りる形にして食わせたほうがいいかもしれない。
「加賀の一揆の再来だけは避けねばなりませぬか」
氏家さんがため息を漏らした。しばらくは綱渡り状態になるだろうね。ただ、能登畠山は敵に回らないだろう。越前も一向衆の味方はしないはずだ。
じわじわと加賀と越中の一向衆の力を削いでいかないと。
寺社には自壊してもらわないといけない。力で従えてしまうと、自分たちは力に屈しただけだと後の世で正当化するだろう。
世を乱し、乱世の原因は寺社にもある。責任は取ってもらう。必ずね。
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