第2445話・戦後の越中

※勝興寺。当時の場所が違うことが分かったので内容を修正しております。

 放生津の近くにはないです。



Side:織田家文官


 長尾と今後のことを話しているが、こちらに寄越す湊と河川が放生津と庄川とはな。


 庄川の西は神保と一向衆の所領だ。敵から得た地を与えるのは通例ならば致し方ないとはいえ、厄介なことになりそうだ。


「儀太夫殿、よいのでございましょうか?」


 かような条件でよいのか、わしには分からぬ。


「長尾を突き放せば北陸が地獄となるぞ。越前の朝倉は我が殿がかろうじて繋いでおるが、斯波家との因縁が消えておらぬ。能登畠山家が我らに従うとは思えぬ。他にないと思うが、いかがだ?」


 確かに、それを言われると返す言葉がない。少なくとも長尾は終始こちらに気を使い、功を挙げる城攻めを譲ったのも事実だ。


「いずれにしろ我らが北陸で兵を挙げることになるならば、長尾を一度くらい信じてみてもよいというところか。よほどの愚か者でなくば今の織田を裏切るまい」


 共におる武官のひとりの言葉に儀太夫殿は笑みを浮かべた。


 そうであったな。戦となるのは致し方ないとしても、今の御家を相手に筋の通らぬ裏切りでもしようものなら戦後に生きていけなくなる。


「銭と食糧ならば、ある程度融通してもよい。関東もある故、手間が掛からぬのが一番だ」


 飢えた長尾を助けつつ一向衆を封じる気か。確かに戦に敗れると従うことも致し方ないとする武士のほうが扱いやすい。


 まあ、儀太夫殿が左様に言うならば懸念はあまりなかろうな。確かに銭で済むのならば、それが一番だ。




Side:直江実綱(景綱)


 織田方との話し合いがこれほど難しいとはな。力の差は明らか故、今更、虚勢を張る気もないが。


 捨て置くと飢える越中をいかにするのか。そう問われた時には答えに窮した。ただ、織田方が気にしておるのは我らでも神保でもないことは理解した。


「そうか、一向衆か。確かに奴らの始末がまだであったな」


 増山城に入り軍議を開くが、織田が気にしておるのが一向衆であると告げると皆も納得の顔をする。


 織田は石山本願寺と誼があると聞き及ぶが、加賀と越中の一向衆は信じておらぬようなのだ。


 ただ、殿もまた織田や神保より一向衆を懸念しておられたのは明らかだ。


 椎名への配慮もあり東越中の湊と河川は渡せぬ。神保方だった放生津と庄川を渡すのは、城攻めの対価という表向きの理由とは別に、対一向衆として織田の力を使えぬかと考えておられたのは明らかだ。


「仏の弾正忠殿と一向宗の坊主。いずれに徳があるのか、越中の者もすぐに分かる」


 静かに皆の話を聞いておられた殿の言葉に静まり返った。確かにいずれを信じるかと問われたら、仏の弾正忠殿しかあるまい。


 争うても、筋を通した者は今川のように勝敗が明らかとなったら許される。許されておらぬのは、久遠家の女性にょしょうを狙うたとする里見と堺の町くらいだ。


「とすると、一向衆討伐は行わぬのでございまするか?」


 しばし皆が考えておったが、このあと神保を従えて一向衆討伐をすると思うておった者もおるらしい。


「今、攻めると越中と加賀の一向衆が結束する恐れがある」


 確かに……それも考えておかねばなるまい。今は不仲だと聞き及ぶが、同じ宗派であることに変わりないのだ。されど、奴らをこのまま野放しにしておけば、必ずや後顧の憂いとなるはず。


 とはいえ、我らにもそこまで余力がない。織田の出方を見つつ様子見か。




Side:久遠一馬


 清洲に越中一向衆の拠点である勝興寺から使者が来たというので、使者との謁見に同席することになった。会うのは義統さんだ。信秀さん以下、評定衆の半数ほどが同席している。


 長々と口上を述べて、自分たちはこちらと敵対する意思はないと語る使者の話を聞いている。まあ、概ね事実だろう。そもそも戦略もなにもない。


 飢饉で飢えていたところに神保が戦をするというので、頼まれて協力しただけだろう。


 ただ、態度は丁寧だが、同じ一向宗でも願証寺とは違う。どっちかというと三河本證寺に近い感じか。商いをして品物は欲しいが、あまり関わりたくないという意思が透けて見える。


「まことに端の者が勝手をしたのか、それとも神保が勝てば長尾共々我らを越中から叩き出すつもりだったのか、分からぬ。そなた証立て出来るのか?」


 表情を変えず使者の話を聞いていた義統さんが淡々と語ると、使者の顔色が悪くなる。


 勝興寺の総意として織田と敵対する意思はなかったと言ってもいい。


 ただし、義統さんが言うようにこちらを追い出しにかかろうとの考えがあったとしてもおかしくはない。少なくとも北陸ではそれだけ一向衆の勢力が強い。


「拙僧の言葉を信じて頂けませぬのでございましょうか?」


「そなたらが兵を挙げず越中の争いを止めておったならば、信じたであろうな。いかな理由があったとしても、兵を挙げたら坊主も武士もない。敵か味方か、わしはそう思うておる」


 さすがに三河本證寺の使者よりは理性的で下手に出ているが、思った以上にこちらの反応が良くないことに焦りも見える。


 ちなみに願証寺にも口添えを頼んだらしいが、願証寺のほうで仔細を先に聞かないと判断出来ないとか、謝罪以外の責任をどうするのだとか注文を付けると、使者はすぐに返答出来ないと答えて口添えをしてもらうことを諦めたらしい。


 断ってはいないが、口添えするならこの件に口も出すぞと示したことで追い返した形だ。戦で勝ったならばまた違ったんだろうが。一向衆も神保と共に大敗したままだからな。同じ一向宗であっても、そう都合よく動くことはありえない。


「三河本證寺の一件を知らぬわけではあるまい? 端のやったことと言い訳は通じぬ。されど、石山本願寺もおることじゃしの。勝興寺に兵を挙げることは控えてやろう。ただし、以後こちらの所領に手を出したらいかな理由があれど潰す」


 義統さんにしては強い言葉だ。これにはいくつかの理由もある。立場的に信秀さんが会ってもよかったんだ。ただ、義統さんが会わないと、義統さんは自分たちの味方だと勘違いする可能性があるんだよね。伊勢の神宮と同じように。


 その可能性を事前に潰させてもらった。今まで何度かそんなことがあったが、総じて義統さんの機嫌を損ねて面倒になるだけだった。それもあって使者には義統さんが会ってしっかり伝えることにしたんだ。


 はっきり言うと義統さんも忙しい。今の斯波家と織田家だと外交だけでも大変で、義統さんの仕事も多いんだ。勝手な言い分で味方だと思われた勝興寺の相手をしている暇はない。



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