第2443話・続く因縁と新たな歩み

ZANさんが、Xに作中の越中の地図を上げてくれていました。

https://x.com/ZAN_NEKOTAMA/status/1846757278185410589

良かったらどうぞ。



Side:滝川益氏


 籠城していた者たちが増山城から下りてきた。


 明らかに不満と憤りを露わとしておる者が多く、長尾も神保も互いを憎んでおるのは明白であるが、これでひとまず戦は終わりだ。


「ここからが面倒だな」


 思わず愚痴をこぼしてしまう。神保家の存続と所領の明け渡しで合意出来ると思うが、神保はいいとしても明け渡される国人や土豪が長尾に従うかは別の話。長尾が個別に従えねばならぬ。


 越後守殿も当面は越中で差配せねば上手くいくまい。


「双方ともにこれほど荒らすとは……。これでは秋の収穫も見込めますまい」


 文官衆のひとりが越中の報告書に眉をひそめた。


 神保と長尾のことは我らが口を出すべきことでないが、刈り入れる寸前だった麦は長尾勢に奪われ、田畑を荒らされた神保方の民は困窮しておる。もっといえば椎名の所領とて神保が荒らしたところは食うに困っておる。


 来年の春の麦まで収穫がないところもあるのだ。いかにして食うてゆくのやら。越後守殿はすべて己で背負うと言うていたが、いかにして背負うのであろうか。


 覚悟は立派だと思うが、飢えさせぬだけの食い物を用意する力はあるまい。


「湊と河川をこちらに寄越すという話だが、斎藤家の城だった城生城に通じる河川ではあるまい。あそこは椎名が渡さぬはず。とすると寄越すのは、新たに長尾の直轄地となるところであろう。一向衆の寺と目と鼻の先ではないか。我らは一向衆との争いに巻き込まれるだけではないのか?」


 それはそうだろう。長尾とて利になるところをこちらに明け渡すのだ。多少、こちらを当てにするくらいはする。さもなくば、長尾が持たぬ。


「肝心の一向衆はいかに出るのやら」


 一向衆はなんとも言えぬ。越中一向衆とはもともと関わりがあったわけではない。他にもある他国の寺社と同じように商いをしてはいたが、遇していたわけでもないからな。


 謝罪をして賠償をすれば、それで終わる話ではある。ただし、織田領との暮らしの格差は今後広がることになる。今までのように好き勝手にしていては一向衆が一揆を起こされることもあり得よう。


「なんというか、憎しみと飢えの国。早う尾張に戻りたいの」


 ひとりの文官が本音を漏らすと皆が閉口した。分かっているとはいえ、この地にて長居したいとは思えぬのであろう。


 憎しみの国におると、己が心まで穢れるような気がしてしまうからな。




Side:久遠一馬


 すずとチェリーが赤ちゃんを産んだ。どちらも女の子だ。数時間の差ですずの出産が早かった。


 いつものように子供たち相手に産まれると冗談を言っていたら、本当に陣痛が始まったんだ。思わず笑ってしまった。


 ふたりらしいバタバタとした出産だけど、これはこれで嬉しい。今は出産を聞きつけた多くの人が駆け付けてくれている。


「私がお母さんなのでござるよ~」


「はーはと呼んでいいのですよ?」


 陣痛と出産の時は、珍しいほど神妙な面持ちだったけど。赤ちゃんが産まれて一息ついた時には、いつものふたりに戻っていた。


 ふたりも三十代に突入して、見た目は大人の女性だ。無論、この時代の人からすると二十代前半に見られることも普通にあるけど。


 生活習慣やアンチエイジングなど、日頃のちょっとしたケアで見た目って変わるんだ。


 とはいえ、性格は変わらないね。すずとチェリーはこんな感じでいいとオレ自身も思う。年齢や立場に合わせて自分を変えることが悪いとは言わないが、オレたちは仮想空間の頃から一緒だったからね。


 本人が変わりたいなら変わればいいと思うし、変えたくないと思うなら変えなくていい。


「はーは!」


「おお、甘奈かんなはいい子なのです!」


 今から娘に母と呼ばせようとしていたチェリーを見ていたパメラとの子である甘奈が『はーは』と呼ぶと、チェリーは嬉しそうに甘奈を抱きかかえた。


 甘奈は甘えん坊だからなぁ。みんなが赤ちゃんに注目したのが少し寂しかったみたいだ。


「甘奈の妹たちなのでござるよ」


「可愛がってほしいのです」


 すずとチェリーも気付いたのだろう。子供たちを集めて赤ちゃんを見せている。近くではロボ一家も見守っていて、ほんとウチの家族団らんといった光景だ。


 ちなみにお市ちゃんは今回もすぐに駆け付けて出産の手伝いをしてくれた。彼女は一番出産に立ち会ったお姫様になるのかもしれない。


「うん!」


 そんなみんなに見守られている甘奈は嬉しそうに返事した。頼られたのが嬉しかったのかな? 


 改めてみると、上の子たちも育ってきて、いろいろと悩むことも増えた。


 子供たちには、それなりの年齢になったら島での暮らしを体験させてやるつもりだ。島を知らないままでは故郷とは思えないだろうしね。


 オレとしては、今も実の子を日ノ本に残す気はない。


 孤児院の子の中にも島で働きたいという子がいて、そんな子は島に移住して向こうで暮らしているくらいだ。


 いつの日か、オレたちが日ノ本を離れる時、一緒に来たいと言ってくれる人はもっと増えるだろう。そんなみんなが暮らせる場所を日ノ本の外に用意するべく密かに動いている。


 別に日ノ本が嫌いなわけじゃないが、オレ自身の立場が大きく変わってしまったことで実の子や猶子とした子たちは残していけないだろう。残すと自由がない身分として扱われて、家や一族が生きるために生きねばならなくなる。


 それが悪いとは言わない。ただ、オレは子供たちや子孫には自分の人生を生きてほしい。オレのワガママとしてね。


 まあ、家臣のみんなもほとんどはオレと共に日ノ本を離れるだろう。もしかしたら数万もの人が一緒に移住することになるのかもしれない。


 そんなみんなを守るための覚悟は決めたつもりだ。そのために久遠家独自の勢力圏を維持することを決めた。


 子供や孫たち、家臣たちのために。


 日ノ本と久遠は適度な距離感がいいのではないか。それはこちらに来て学んだことだ。外敵という形にはしたくないが、互いに切磋琢磨して信頼関係の中にも緊張感を与える存在がいなければ腐敗してしまうしね。


 生まれてきた赤ちゃんと子供たちの笑顔を見ていると、なんでも出来そうだと思えるほど気力が満ちてくる気がする。


 もうちょっと子供たちと一緒にいたら、来客の応対に行かないとな。


 少しでも今この時間を大切にして……。



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