第2441話・増山城攻め・その三

Side:直江実綱(景綱)


 日が真上に差し掛かる頃、増山城から聞こえておった音が途絶えた。


 絶え間なく聞こえる音に威勢のいい武辺者も閉口しておる。同じことが出来ぬと、こうも示されてはな。


「まさか、もう落ちたのか?」


 恐れることを隠さなくなった者が考えたくないと言いたげな顔で口にするが、わしとて分からぬ。


「いや、降伏を待っておるのだろう」


 殿のお言葉に驚かされる。やはり殿はこうなると理解していたか。畠山の面目もある。降伏は促しておかねばならぬか。


「あれが戦だというのか? あまりに……」


 誰ぞがなにかを言い掛けたが、そこで自ら口を閉ざした。誰もが必死なのが今の世だ。


「織田は畿内と対峙しておる。越中で手こずるわけにいくまい」


「左様だな。気に入らぬところもあるが、己が力で国を豊かにしようという志は立派だ。いつまでも畿内の後塵を拝して、なにかあるたびに海路を止めると脅されてはたまらぬ」


 そう、織田の敵は畿内だ。我らを含めた東国を長きに渡り虐げてきた者ら。越後とて能登畠山と争うた際に海路を荷留されたことがあるからな。他人事ではない。


 ようやく畿内から自立する者が尾張に現れた。それを我らが潰すわけにはいくまい。


「三関封じと極﨟の一件は朝廷が東国をいかに見ておるのかがよう分かる。いくら尽くしたとて属領に慈悲などないのだ」


 朝廷や足利家を信じておった者も多い。故に尾張が豊かになるに従い、朝廷がいかに動いたか知ると幻滅する者が増えた。


「神保もそろそろ降るとよいがの」


 見ておるだけの城攻めにここしばらくは荒れておった者も多いが、織田の城攻めを見て理解したらしい。この戦の先にはまだまだ厄介なことがあると。


 憎むべき相手は神保か? 畠山か? 一向衆か? それとも……朝廷か?




Side:神保長職


 二の廓を前に織田が止まった。


「山を下りている女子供がおるようでございます故、攻め手を止めております。女子供が降りるまでは待ちましょう。願わくは、このまま降伏をして頂きたく……」


 降伏の使者がまたきた。先日とは違う者だ。されど、もう誰も口を開かぬな。先日には威勢のいいことを言うた者も別人のように憔悴している。


「わしの首ひとつで退いてくれるのか?」


 畠山はまったく役に立たなんだな。もっとも三管領というのも今は昔のこと、あてにもしておらなんだが。まあ、わしが当主となれたのは畠山のおかげ。これ以上は望むべからずというところか。


「首は不要でございますが、富山城と増山城は開城のうえ長尾に渡すことになりましょう」


 ここまでやったのだ。命を惜しむ気などないが……。使者殿の言葉に少し驚かされる。首を要らぬと申すのか?


 いや、違うな。


「畠山家と話してあるのか?」


「はっ、そのように聞いておりまする。神保家は残念ながら所領を減らすことになりましょうが、命と独立は守れまする」


 やはりそうか。籠城しておる間に織田も動いておったのだな。畠山としても神保家の存続とわしの助命はしてくれておったか。


 とはいえ、所領は大きく減らされる。これをいかに受け止めるべきか……。


「すまぬが、少し考えたい」


「畏まりましてございます」


 使者が下がると、沈黙が続いた。誰も口を開かぬ。あとは意地を通して死ぬか、恥を晒して生きるか。ふたつにひとつ。


 言いたいことや不満は皆にあろうが、武士である以上、いかな戦とて負けることが悪いとしか言えぬ。


「しばし時をやる。降るか考えろ。そなたらの所領が今後、誰がまとめることになるのか、わしにも分からぬ。増山城より東は恐らく長尾か織田か、椎名か。いずれにしてもわしが治めることはない」


 愚かな者らだが、ここまで共にやって来たのだ。最後くらいは己で道を選ばせてやりたい。命を捨てても意地を通したい。長尾や椎名だけは降りたくないというならば、それも致し方なし。


「殿はいかがされるのでございますか?」


「わしは……」


 問わずとも分かると思うがな。


「降るしかない。これ以上、意地を張れば皆に累が及ぶ。己で決められぬのだ。わしの立場となればな」


 皆が最後まで戦うというならば、わしが城を出て降伏するしかない。恨むなら弱き己を恨むしかないのだ。




Side:滝川益氏


 城から女子供が退いておると知らせが届き、大将殿は城攻めを一旦、止めさせ降伏の使者を遣わした。


 堅城と言われた山城とはいえ、こちらの攻め手を止めることは出来なんだ。このまま攻めたところで夕暮れの頃までには終わるであろうが。あとは神保が決断するだけ。


「もう城だけでは備えにならぬな」


 静かな本陣で武官衆のひとりがぽつりと漏らした一言に皆が思案する。


 我らも神保を笑うておられるほど余力はない。領内、とりわけ他国との境は未だに城で守るところもそれなりにある。


 昔と違い鉄砲も珍しゅうなくなり焙烙玉とて作れるだろう。数を揃えられるかということはあるが、戦の流れによっては少数の鉄砲や焙烙玉で城が落ちることも考えられる。


「それも考えねばならぬが……厄介なのは寺社であろう? 神保とて一向衆と組まねば違ったはずだ」


 皆が意見を述べる中、ある者は一向衆に対する嫌悪を隠そうとせなんだ。


 此度の戦においても一向衆はあれだけ好き勝手に暴れたというのに、長尾が叩いて以降、謝罪の使者もなければ神保を助けるでもない。


 もとをただせば。奴らは加賀から逃れてきた一向衆だったはず。越中にとっては迷惑千万としか言いようがない相手。


「滝川殿、大殿は一向衆のことをいかに考えておられるのだ?」


「戦で叩いたとて、責を負うべき者らは逃げ切る。武士と違い、寺社は上の者が責を負わぬからな。故に、戦では駄目なのだ」


 問われたからには答えねばなるまい。


「寺を落としたとて、石山本願寺が庇い立てしてしまうこともあり得る。高僧は間違いなく助命される。それでは同じことを繰り返すぞ。戦に駆り立てた者がのうのうと生き残るのだからな。我らがするべきは寺社に騙される民を減らすこと」


 大将殿と半数ほどは察していたのであろうな。そんな顔をしておる。幾人かの者は気付いておらなんだらしいが、それもまた致し方ないことだ。


 清洲であっても寺社の名と権威を地に落とすとは誰も言わぬ故にな。


「おっと、言葉が過ぎたな。無論、誰一人左様なことを口にされたことはない。すべては、わしの勘違いかもしれぬ。ただ、わしは寺社というだけで信じることはもうない」


 まあ、殿は口にされていたのだがな。さすがに公に出来ぬわ。


 さて、神保はいつ降るのか。



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