第2440話・増山城攻め・その二
Side:神保長職
勝てるなど思うておらぬ。されど、あまりに唐突過ぎる。
織田もまた仏だと称されておっても、所詮は己の都合しか考えぬそこらの武士と同じか。幻滅すると同時に怒りを覚える。
無論。腹が立つと言うならば長尾如きの謀に気付かず、一向衆などと組んだ己にもっとも腹が立つがな。
なにか大きな音がした。わしは取るものも取らず物見櫓に走る。今までは大将が軽々しく動くことを戒めておったが、もう左様なことを言うておられぬ
織田が昨日着陣したのは城から見えた故に知っておる。噂の金色砲かと思うと己が目で確かめねば気が済まなんだのだ。
櫓まで走る間も大きな音と小さな音が絶え間なく聞こえる。鉄砲と金色砲があることは承知しておるが、あまりに音の数が多い。小さな音など息つく間もなく聞こえるのだ。
やつら、石投げの石より鉄砲を多く撃つというのか? それはあり得ぬような……。
「いかがなっておる!?」
「長尾は依然として動かず! されど織田が動いた模様でございます。攻め込んできました!!」
山城は大軍を生かせぬ。それは織田とて同じはず。
「数は多くないか」
ここ増山城と同じ山に連なる亀山城にも攻めておる様子。攻め手は必ずしも多くないように見えるが、響く大小の音の数は多過ぎる。
息するよりも多く鳴り響いておるわ。
「申し上げます! 鉄砲、弓、共に多数! 金色砲と思われるものも絶え間なく飛んできます!! 麓から山道に入られました!!」
なんだと……。あまりに速い。
「こちらの兵はいかがしておったのだ!」
「鉄砲と金色砲を撃たれてなにも出来ず……」
攻め始め故、遠慮なく暴れておるのか? それともあれをここまで続けるつもりなのか? 堅城と言われた信濃砥石城では、内応する者がいないというのに一日で落ちたのは知れたこと故、あり得ぬと言う気はないが……。
ただ、あの戦は信濃代官である久遠の奥方が斯波家の名で自ら出陣した戦のはず。比べるわけではないが、此度の大将は美濃斎藤の倅だと聞いた。
大将の格が落ちるが、それでも同じ戦をするのか? いかほどの銭が掛かるか分からぬであろうに。
「とにかく防げ! 山道を塞いでもよい!」
いずれにしろ討って出ることは叶うまい。もとより勝ち目のない戦だ。ここから逃げるにしても意地は見せねばなるまい。
「殿、女子供は裏から逃がしたほうが……。織田は苛烈とは聞き及んでおりませぬ。命までは奪われぬはず」
今まで異を唱えることなく従った老臣が、戦が始まったばかりだというのに悲壮な顔をして進言した。
籠城で早々に女子供を逃がせば士気に関わる。老臣はそれを承知で、織田の城攻めには逃がすことすら難しいのではと案じたらしい。
「……そなたに任せる。妻子を頼む。間違っても長尾に降るなよ。降るならば織田だ。条件などない。助命で十分」
「はっ、畏まりましてございます」
風の噂で聞いた。久遠内匠頭の奥方は縁もない子を守るために自ら身を挺したことがあると。
「申し上げます!
思わず笑い出しそうになる。土塁も堀も通じぬと?
「さすがは織田だ。勝てるべく策を以て兵を挙げたのであろう。無理せずともよい。守り切れぬならば二の丸まで退け」
伝令の兵が驚いた顔をした。なにがあろうと退くなと命じたいところなれど、先々を考えると無駄死にだけはさせられぬ。
それに……、いつまでも聞こえてくる鉄砲と金色砲の音が減らぬことに皆が恐怖して逃げ出す前に退くことを許しておかねば、わしの首すら危うくなる。
Side:織田の武官
山城ってのは見晴らしを良くするために、どこもかしこも木を根こそぎ切っているからな。敵兵が良く見える。
あとはそこに向けて飛び道具で攻めるだけだ。
織田の軍略は、久遠家より学んだものだ。細かいことは皆でその都度考えて変えておるところもあるが、内匠頭殿がもっとも言われるのは戦の最中は矢玉を惜しむなということだ。
「ちっ土塁と塀があるな」
敵を蹴散らしつつ山道を登ると
こちらは堅固な盾で守りつつ、土塁と塀を越えるように焙烙玉を投げ込む。中がいかになっておるか知らぬが、空から降ってくる焙烙玉の備えなどあるまい。
いくつもの焙烙玉を投げ込むと、敵兵の驚きや怒り、泣き叫ぶ声が聞こえてくる。当然、こちらを攻める手数が減る。
隙を見て鉄砲、弩、弓で未だ戦意がある者を狙っていくと、ここの守りが崩れ始める。
「進むぞ!」
門が破られると先に進む。だが、当然、こちらを引き込む策であることを疑わねばならぬ。戦場では常に慎重であれ。これも久遠の教えだ。進む前に城門の裏を狙い、焙烙玉を幾つか放り込む。
「ギャァァ!!」
「おのれぇ!」
やはり伏兵がおったか。織田の敵となる者らは勝つことを諦め死兵となる者が出る。主君や妻子を生かすために自ら死を覚悟して足止めをしてくるのだ。
左様な者たちの恨みの籠った声が聞こえてくる。
立派な覚悟を持った者らだ。殺すには惜しいほど。立場が変われば、あの者らもまた味方として共に生きたのかもしれぬ。
我らのことならば、恨んでくれても構わぬ。死ねば地獄に落ちることなど承知の上だ。
我らもまた織田に降る前は己が都合で世を乱した武士なのだ。今更、極楽に行けるなどと思うておらぬ。
「かかれ!」
皆で一斉に城門の中に入る。それぞれ役目を決めて待ち構えておるだろう敵兵を討つべく鉄砲や弓を構えるが……。
「退いたか」
そこに動ける者の人影はなく、手傷を負い動けぬ者がこちらを睨むだけであった。
「ころせ……」
「介錯を……」
憐みは傷付けるだけかもしれぬ。かつての己を思うと、そう思える。
「伏兵はおらぬか確かめよ! 衛生兵!」
されど、衛生兵が呼ばれ、命ある者は最後まで助けるべく尽くす。
「おのれ……辱めを与える気か……」
「死に急ぐな」
恨まれても構わぬ。生きれば先はある。
我らは先に進まねば。業と憎しみの積み重なった越中を救ってやるためにもな。
この地の者も、我らのように明日を生きるのが楽しゅうなる日がきっと来るはず。
終わらせねばならぬ。この地獄のような乱れた世をな。
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