第2438話・長尾と織田

Side:久遠一馬


 越中が大詰めを迎えているが、尾張でやれることはあまりない。城攻めは現地に任せるし、物資の輸送は初めから計画的に行っているので、増山城一つ落とすくらいなら特に変えるべきことはない。


 一向衆への対処は話し合っているが、基本的に今までと同じだ。交渉は石山本願寺としているし、越中織田領を荒らした問題が解決しないうちは荷留を続ける。


 さらに荷留を解除したからといって商いで優遇する予定はないし、物価差などを解消してやる義理もない。


 今までと同じ。自分たちの力で生きてもらうだけだ。可能性は少ないが頑張れば織田領より豊かになるかもしれない。仮に一向宗の所領が豊かになった場合、彼らは織田を助けないだろう。こちらとしても同じというだけだ。


 一日の仕事が終わって屋敷に戻ると、出産間近のすずとチェリーの様子を見に来ると、下の子供たちと遊んでいた。


「すず、チェリー。体調は変わりないか?」


「余裕余裕、このまま悪党退治に行きたいくらいでござる」


「武芸の腕が鈍るのです!」


 今日も元気らしい。このふたりはいつもこんな調子だ。


「はいはい、今は駄目だからね~。赤ちゃんがびっくりするわよ」


 医師でもあるマドカが呆れたように止めるのも恒例行事だ。本当にそんなことしないとは思うが、みんなすずとチェリーを止めてくれる。


「あかちゃん!」


「おむかえするの!」


「それじゃ、今から産むのでござる」


「赤ちゃん、出ておいでなのです」


 ああ、下の子たちが出産かと勘違いすると、すずとチェリーが乗っかってしまい子供たちが大騒ぎをする。ちなみにこのコント、すでに五日連続でやっている。


「それじゃ、みんなで赤ちゃんが元気に産まれてくるようにお散歩に行くか」


「おさんぽ!」


「ろぼーぶらんかー」


 楽しそうだしいいんだけどね。子供たちとロボ一家のお散歩の時間だ。もちろんすずとチェリーも一緒だ。適度に体を動かすことはいいらしくってね。


 そろそろ梅雨も明ける。今はちょうど日中の時間が長い季節だ。午後に少し雨が降ったからか土が湿っているので、子供たちとすずとチェリーが躓いたりしないように気を付けないとな。


「クーン」


 ロボ一家は今日も元気だ。親子孫と三世代いる。ロボはやんちゃでなぁ。泥だらけになるくらい走り回っていたのがつい最近に思える。


 人や国が変わるのも早いが、時が過ぎるのはもっと早い。


 一日を大切に明日も頑張ろう。




Side:斎藤孫四郎


 神保はこちらが求めた期日までに開城をせなんだ。我らは越中に入った五千のうち三千と流民と越中織田領から集めた者らで増山城までやって来た。


 長尾方の兵たちは長陣となったからか、荒れておる様子が見られる。こちらに罵声を浴びせておる者もいるが、味方のうち越中の外から連れてきている三千はまったく相手にしておらぬ。


 見た目からして違う。織田は揃いの胴丸と陣笠を貸し与えており、武器はそれぞれの隊で同じ武器を扱うのだ。


 さらに武芸大会にて行軍を幾年も行っておることで歩く様子も揃っておる。その様子に長尾の兵らは異様なものを感じるらしく、こちらを罵っておるのであろう。


 そもそも織田は、武士が所領から雑兵を率いている長尾の兵とは見た目も戦の仕方も違うからな。


 さて、着陣の挨拶として越後者の顔でも見に行くか。武官衆と儀太夫殿と共に越後守殿の陣に出向く。


 一通り挨拶を済ませるが、こちらはさすがに落ち着いておるな。虚勢を張るように険しき顔をする者や恐れが僅かに見える者など長尾方の武士の様子は様々だが。


「よう来てくれた。不躾な求めに応じてくださり感謝致す」


 越後守殿は噂通りか。寡黙にて近習であっても表情から察するのが難しいと聞き及ぶが。越中の戦の勝者はこの男だ。


 戦だけではあるがな。


「こちらこそ、度重なる配慮に感謝する。越中は難しき地なれど、そろそろこの城を落として戦を終わらせましょうぞ」


 わしが笑みを浮かべて語ると長尾方の諸将が少し驚いた顔をした。虚勢を張る気などない。わしひとりではこの男には勝てぬ。父上ならあるいは……。いや、父上ならば、この男と野戦など応じぬであろうな。


「して、斎藤殿。あの城をいかにして落とされるおつもりだ? 神保は降伏せぬようだが……」


 一通り挨拶を済ませると話を進めたのは直江大和守か。なかなか苦労をしてそうな男だ。


「当家の流儀で落とさせてもらう。織田には久遠家より教えを受けた唐天竺の軍略や武器がある故。堅城なれど、遅くとも二日もあれば落ちよう」


 久遠の名はすさまじいな。虚勢を張るような男が苦々しげな顔を僅かに見せたわ。


「金色砲か焙烙玉か、信濃砥石城を一日で落としたと聞く」


「左様、相手の出方を見つつ使う武器を決める。せっかく勝てる戦にて我らに功を譲ってくだされた越後守殿への義理だ。隠し立て致さぬ。よく見ておくとよろしかろう」


 大和守の言葉に、長尾方が織田をそれなりに知っておることが分かる。ついでに家中がいずこまで納得しておるのかと揺さぶりもかけてみたが……。


「戦とは難しいものだな。守護家が神保を抑えてくれればよかったのだが……」


 己らは望まぬ戦だったという体裁にしたいか。飢えておる故、神保の蜂起は渡りに船だと思うたが。まあいい。


 ないとは思うが、後ろから襲われてはたまらぬ。少し戦後の話を教えておくことにするか。


「畠山は神保を残して欲しいそうだ。ただ、それ以上は求めず、神保に能登からの助けも来ぬ」


 わしの言葉に大和守は驚きつつ察したようだ。すでに守護家と話が付いていることをな。


「では……先日、殿と滝川殿が話した形で構わぬということか?」


「然り、こちらに異論はない」


 大和守は安堵したが、一方で長尾方の大半は寝耳に水だという顔をしておる。長尾は越後守殿と数人がすべて決めておるということか。


 まことに十数年前のままだな。


 安堵したかもしれぬ。越後守殿がそれなりの男故、それを理解して同じく動ける者が多いかと懸念しておったのだ。


 だが会うてみると分かる。恐れるべきは越後守殿と数人だ。あとはいかようにでもなる。


 人を育て、志を継ぐ者がおらねば、越後守殿がいかに優れておっても恐るるに足らず。


 ただ、この戦が終わったあとは気を付けねばなるまいな。越後守殿の考えについていけておらぬ者が多いということは、勝手なことをする者も多いはず。



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