第2436話・会談が終わって
Side:久遠一馬
長尾の要請に応じるべきだとの報告が届き、臨時評定において即日許可されて越中に命令が下された。
不安視する声は僅かにあったものの、長尾が卑屈にも見えるほど下手に出たことと恥を忍んで要請した形にしたことで無下にも出来ないというのが実情だ。
断ると景虎さんの面目を潰すことになり、長尾との関係に大きな亀裂が入る。当然、関東管領である上杉憲政さんともね。史実の上杉謙信もそうだけど、こういう援軍要請を頼まれた際には断わる側にも覚悟が要る時代なんだ。
軍神という声はないが、戦上手な景虎さんを相手に地の利がある越後で徹底抗戦されると面倒になる。
まあ、落城させないで仲裁という選択もあったのだが、長尾は終始こちらに気を使い、何度も使者を寄越した。対する神保と一向衆からは戦の前に事前連絡もなく、未だにこちらの所領を荒らしたことに対する謝罪もない。
多分、織田領を荒らした事実を知らないんだと思うが。こちらとしても教えていないし。
その結果、心証がすこぶる悪い。そういう意味では、景虎さんは戦上手であると同時に根回しや外交も普通に上手い。
ちなみに越中斎藤家には神保家と血縁があるため、神保家の存続を嘆願する書状が報告と同時に届いている。
無論、この嘆願は出来レースだ。越中派兵軍で検討して越中斎藤の面目維持のためと守護家である畠山の要望も踏まえて嘆願を出してもらうことした。景虎さんが提案した戦後の領地案でも神保存続を約束したとのことで問題ない。
長尾としても越中斎藤の嘆願を受けた織田が要請する形で、神保存続を飲む形になる。
残る問題は増山城だ。確かに堅城なのだろう。ただ、火力で城攻めするので、既存の対策はあまり意味を成さない。信濃砥石城も堅城と言われたが、火力にあっさりと落城した。
鉄砲と焙烙玉を惜しみなく使うのが、今のところ一番いい。特に焙烙玉の遠距離投擲。これがまあ、効果的過ぎてね。上から降ってくる焙烙玉には対処しようがないし。
砥石城攻めは戦後検証が行われていて、城方だった者たちからも聞き取り調査が行われた。焙烙玉がわりとすぐに敵兵が待ち伏せするところに命中したらしく、以後は混乱で防戦どころではなかったというのが実情らしい。
投擲兵、数十メートル先の目標にかなりの精度で命中するし、爆発時間を予測して投げるプロフェッショナルなんだ。ほんと対策して地下壕でも掘っていれば別だが、増山城にはそんな施設ないらしいしね。
「湊を寄越したのはいいが、越後守は己らの利にもなると理解してのことか?」
一連の情報をまとめていると、信長さんはひとつの質問を口にした。
「そうだと思います」
理解しているだろう。史実の上杉謙信は内政も悪くない。具体的な話はしていないが、船が寄港することによる長尾直轄領への恩恵があることくらいは察しているはずだ。
この時代、輸送は多くの人が関与する産業だ。途中の村でさえ輸送する者たちが立ち寄ると銭を使う。この恩恵はこの時代でも知られていることだ。
「油断ならぬ男だな」
戦の大勝によって名前を売ったばかりの景虎さんが引き際を語ったこともあって、織田家中だと警戒する声は増えつつある。
上野での北条との争いがどこまで彼の意図によるものか、はっきりしなかったからね。本気を出していなかった可能性が高いと知ると当然警戒される。
まあ、このあたりも折り込み済みなんだろうけど。
「いずれにしろ越中への助けは必要です。さもなくば飢えるだけ。利するのは一向衆だけになりますよ」
すでにエルたちは越中への物資輸送の具体的な検討に入っている。計画自体は前からあったが、現状と戦の推移を踏まえるとすぐにでも動く必要がある。
場所的に大陸から運んだほうが早いんだよなぁ。秋までに船団を送るようにするか。神保領への支援は能登畠山を間に挟むか。畠山の面目も立てておかないとだめだし。
あとは一向衆なんだよなぁ。
Side:斎藤孫四郎
「結局、越後守の思うままに進んでおるような気がするな」
戦支度が始まる中、儀太夫殿と話すが、長尾越後守という男に少し興味が沸く。武辺者かと思うたところのこれだからな。
「それはそうでございましょう。こちらは高みの見物でございましたので。選ぶのは越後守殿でございました」
「ふふふ、確かにそうだな」
僅かに残る疑念が儀太夫殿の言葉で晴れた。これだから久遠の者は別格なのだ。
「大殿からはお褒めの書状が届いた。高みの見物も悪うない」
わしは儀太夫殿が使者となるのを止めただけなのだがな。それが良かったらしい。
「いずれにしろ越中への関与は必要でございます。あとは遅いか早いか。こちらは恩を売りつつこの地を従えてゆけばいいだけのこと」
「確かにな」
公にしておることではないが、織田家が東国をまとめようとしておるのは、最早、皆が気付いておること。長尾のように武威で従えるよりは、恩で従えたほうが御家としては楽であろう。
「兵を挙げる前に降伏を促す使者でも出すか?」
「左様でございますな。こちらの所領を荒らしたことへの謝罪がないことを理由に、降伏致さぬならば長尾の後詰めとして城を攻めると知らせるべきかと。伯耆守殿の御面目もございます。長尾も否とは言いますまい」
確かに伯耆守も神保との縁には難儀しておるからの。奥方が神保の者だそうで返すべきかと内々に考えておったくらいだ。神保を残すことは畠山家との話で決まっておる故、そこまでせずともよいと留め置いたが。
「まあ、ここまでくれば一戦交えるまで降るまいが」
ここまでされて素直に降ることはあるまい。戦に敗れ領内は荒らされた。残るのはわずかな面目のみ。ここで降るならば、もっと早う降れと荒らされた領内の者らが怒り出すわ。半端なことをするのが一番嫌われよう。
「何事も形は必要でございまする故に……」
儀太夫殿も少し疲れが見えるな。面倒なことよ。戦をするためにあれこれと気を使わねばならぬとは。
「一向衆はいかがする?」
「当面は無視してよいかと。こちらに手を出す余力などございますまい。そもそも武士と寺社は別物でございます。ひとつひとつ始末して参りましょう」
一向衆を相手に捨て置けるのは織田の強みよな。いや、久遠の強みか? 内匠頭殿の寺社に対する姿勢は昔から一貫しておる故にな。
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