第2435話・軍神と儀太夫・その二
Side:長尾方の兵
織田の軍勢が見えた。丸に二つ引の家紋がある。斯波の旗だ。他には織田木瓜と久遠の旗印である船の旗もあるか。
揃いの鎧のように見える。織田の軍勢は行儀がいいと聞き及ぶが、まことなのであろうか? 数はそこまで多くない。
「槍が少ないな」
近くにいる男が呟いたのが聞こえた。確かに槍を持つ奴らは一塊ほどしかいねえ。あとは鉄砲か? それとも噂の金色砲か?
味方からは斎藤と織田を罵る声があちこちから聞こえるが、向こうは無視してやがる。というか、揃って並んだまま立ってやがる。気味が悪い。
腹が減ったなぁ。せっかく越中まで来たってのに、いずこも食い物がねえ。これじゃ、村に持って帰るほどの食い物を手に入れるなんて無理だな。銭は多少手に入ったが……。
長尾の殿様がすぐそこにある寺に入ると、織田方からも数人が寺に入った。戦に来たんじゃねえって聞いたが、なにしに来たんだ?
このまま織田も蹴散らしてしまえばいいのによ。
Side:長尾景虎の近習
鉄砲か。近頃は珍しゅうなくなりつつあるが、織田は十年以上前から鉄砲の戦をしていたと聞き及ぶ。
無論、我らも鉄砲はあるが、玉と玉薬に銭がかかることで織田のように湯水の如く使えるはずもない。
殿の様子は相も変わらず楽しげだ。織田の軍勢を見て笑みをこぼす姿は異様なほどだ。
「久遠家家臣、滝川儀太夫でございます。此度はわざわざお越しいただき恐悦至極に存じまする。本日は越中軍大将、斎藤孫四郎様の名代として参りました」
あの男が……。歳の頃は殿と同じか? 少し若いか?
威風堂々とした男だ。
久遠に滝川と望月あり。家柄でも血筋でもない、己の才覚で立身出世したと言われる恐ろしき男か。
確か久遠には滝川の娘が嫁いでおるはず。とすると織田とも斯波とも縁続きになる。身分が足りぬと騒いでおった者らがおるが、改めて考えると騒ぐほどではない気がする。
「長尾越後守である。度重なる騒ぎで迷惑を掛けて申し訳ない」
先に頭を下げたのは殿か。こちらに非があるとは思わぬが、相手は大国。致し方ないというところであろうな。
「本題に入りましょう。何故、自ら城を落とされぬ。越後守殿のお考えを察するところもあるが、確と聞かねばこちらとて疑念が生じまする。誰ぞの仲裁を求めるのならば、畠山家に頼むのが筋」
疑念か。まさにそうであろうな。味方すら疑念と不満があるのだ。織田とすると、わけの分からぬ話には乗れぬのであろう。
もとより殿はあまり口数が多くなく、我ら近習ですら御内意を察することが難しい。織田に察しろと言うのも難しい。
「神保も増山城も、いかようでもよい。落としても落とさずに捨て置いても争いは終わらず面倒しかない。残念ながら畠山家は越中の争いを止める気もないようでな」
そう、ここ数年。先に暴れておったのは神保だ。殿は幾度も東越中の守護代として使者を遣わし事を収めようとされていた。それを神保がことごとく無視したのだ。
「それで、我らが兵を挙げれば畠山も捨て置けぬと?」
少し不満そうだ。当然であろう。越中に関わったところで面倒しかないからな。
「そなたから見れば、我らは愚かしい戦を続ける者にしか見えぬかもしれぬ。されど、皆必死なのだ。我らには光明を示してくれる者などおらぬ故にな」
殿……。
「越後守殿に世を乱す気がないのは、御屋形様も大殿も承知のこと。上野においても苦心しておることは明らか。それには感謝しておるところ。故に、越後との商いは困らぬようにしておるはず。それがこちらの意志であることはご理解願いたい」
「理解しておる。故に、わしはここらで引き際だと考えておる」
殿のお言葉に義太夫殿の顔色が僅かに変わった。引き際という言葉であろう。
なんと重い一言だ。なんと……。
Side:滝川益氏
引き際か。なかなかの男だが、その覚悟だけでは足りぬな。今川や武田は家の存続のためにすべてを明け渡す覚悟があった。
「貴殿の心情も理解致す。されどな、長尾方の意地や面目で多くの民が苦しみ飢えておる。それが新たな因縁や憎しみとなりましょう。この始末をいかがされるおつもりか? 我らに背負えと申されるのか?」
争うことしか知らぬ武士をまとめるだけの男なのだろう。数年前ならば、それだけでよかった。されど、今更、その覚悟だけではこちらの領国の皆が納得せぬ。
「それはすべて、わしが背負う。まだ誰にも言うておらぬが、神保と椎名の間を直轄の地とする。神保領は庄川の西までとし、増山城、放生津城を当家で押さえ庄川東を当家の直轄とする。椎名には富山城を与える。それでまとまるはずだ。武衛殿や弾正殿が所領を求めぬのは聞き及ぶところ故、織田家には庄川東の湊と河川をお渡し致す。久遠は海の民なれど、この近隣で使える湊がないはず。湊があれば越中ばかりか飛騨にとっても大きな利になると考えておる」
自ら因縁渦巻く地の中心に入り、恨みと憎しみを抑え、越中と加賀の一向衆の盾となる気か。しかもこちらに渡すのが湊とは……。長尾とて喉から手が出るほど欲しかろうに。
城一つ落とし、流民で騒がせた詫びとしては悪うないか。あとは……。
「最後にひとつだけお教え願いたい。越後守殿はなにを望まれる?」
あえて分かりにくい言い回しをした故、越後守殿の近習が思案する顔をした。越後守殿、そなたはこの意を察して答えられるか?
わしとしては、本音を言えば、この一言が此度の会談のすべてと言うてもよい。この男の見ておるものがいずこにあるのか……。
「東国の夜明け。その一点である」
迷うことなく答えた越後守殿の目を見て思わず笑みを浮かべると、越後守殿も笑みを見せた。
「本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございまする。我が主は常日頃から自ら顔を会わせることを重んじまする。それ故に、無理を言うて出向いて頂きましたが、良きひと時となり申した」
「武衛殿、弾正殿、内匠頭殿にお伝えくだされ。わしは天に己が身を委ねると」
「確と伝えましょう」
天に委ねるか。なかなか面白き言葉を使う。
しかも同席する者らが、先ほどのわしの言葉と今の越後守殿の言葉の真意を理解しようと考え込む姿を楽しんでおるわ。
東国の乱世が終わるな。
◆◆
永禄六年、五月。越中織田領と越中神保領の領界で、長尾景虎と滝川益氏が会談をした。
長尾景虎は越中守護代として、滝川益氏は越中派兵軍大将名代として出向いていたが、益氏は事実上の全権大使となる立場での会談であった。
『織田統一記』には地獄の越中と記されているほど、度重なる戦の因縁があるところに飢饉となったことで起きた戦になる。
会談は、景虎が増山城攻めの援軍を織田に頼んだことをきっかけとして行われたが、長尾、織田の双方で増山城と神保の扱いだけではない思惑を抱えていた。
景虎はすでに東国において戦により世を動かすことが不可能となりつつあると察し人知れず悩んでいたとされ、織田は景虎が抱えていた関東管領上杉憲政を含めて関東一円の今後も見据えての会談であった。
会談の内容は終始落ち着いたものだったと伝わり、会談が終わったあとの景虎と益氏の双方が晴れやかな顔だったという逸話が残っている。
後年、戦場で出会って一番恐ろしいのは誰かと問われた時に、久遠一馬が真っ先に名を上げたのが長尾景虎だったという話があり、現代では東国最後の大物、乱世の英傑と言われることもある。
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