第2428話・外交の動き

Side:神保長職


 今日も長尾は動く様子はないか。籠城した当初は城から見えるところで暴れておる様子が辛うじて見えたが、今ではそれも見えず。


 密かに夜な夜な出しておる物見の知らせでは、領内を好き勝手に荒らしておるとか。一向衆に後詰めを求めたが、向こうも長尾に荒らされて余裕がないなどと言うて動く気はないらしい。


 これだから一向衆など信じられぬのだ。


「殿、朝餉でございまする」


 味の薄い雑炊が運ばれてくると、静かに頂く。


 いささか見飽きてきたが、城内には女子供も多い。わしが自ら耐え忍ぶ様を見せねば士気に関わる。


 飯を食い終えると軍議だ。


「長尾方は動きませぬな。囲むだけで戦もせず降伏も促すことがないとは……」


 家臣らは少し拍子抜けした様子だ。あれだけ野戦で勝ったというのに、その勢いを自ら殺してしもうた。


 無論、これが長尾の策なのは明白だ。


「わしの領内を荒らして潰す気であろう。さらに一戦も交えず降伏も促されぬままでは、こちが矛を収められぬことを承知でやっておるはずだ」


 長尾は戦を止める気がないのだ。我らから奪うものがなくなるまでな。誰の策か知らぬが、下剋上ばかりしておる奴らしいわ。


 こちらとしても一当てせねば和睦を求めることすら出来ぬ。わしが始めた戦なのだぞ。野戦であれだけ大敗したままでは終われぬ。なんとか奴らに城攻めをやらせて一度でもいいから叩かねば、神保家とわしの沽券に関わる。


「殿、織田に助けを求めては? 仏の弾正忠は助けを求める者を見捨てぬとも聞き及びまする」


 ……無理であろうな。こちらから始めた戦だ。織田が長尾と戦う名分がない。


 無論、和睦の仲介ならばしてくれようが、守護代同士の和睦で他家の力を借りると守護家である畠山家の面目を潰してしまう。織田を頼るとしても畠山家を通さねばならぬ。


 それにこれほどこちらにいいところがないまま和睦をすれば、神保家はいかになるか分からぬ。一向衆は神保家のことなど考えてくれず、長尾や椎名と通じても驚かぬのだ。


 さらに積年の恨みがある椎名が大人しゅうしておるわけもない。長尾の後ろ盾を利用してわしと神保家を潰さんとするはずだ。


「今しばらく耐えるのだ。我慢比べなのだからな」


 長尾景虎か。上野では不甲斐ない戦をしておったと思うたが、越中に来てからの動きは見事だ。同じ男が差配しておるとは思えぬ。


 なにがあったのだ? 北条と比べてわしが愚かで弱いだけか?


 分からぬ。分からぬが、今しばらくは耐えるしかない。




Side:久遠一馬


 今日はエルとナザニンとルフィーナと外務方の評定に参加している。


 基本的にオレの役目じゃないんだけどね。時間がある時とか頼まれた時はあちこちの評定に参加することがある。


 上座にいるのは義統さんだ。外務は義統さんの直轄だからね。


 織田家の外交、三国同盟としての外交、足利政権の外交、ここで議論される内容は、最早、一介の守護家のものではない。


 おかげでナザニンとルフィーナが常駐したままになっているけど。


 今日の最初の議題は越中に関してだ。越中守護は畠山尾州家で当主は畠山高政さんだ。まあ、守護には任官していないようだけどね。


 史実通りに足利政権が崩壊していけば守護の有名無実化が進んでいたんだろうが、義輝さんが盛り返したことで守護の権威と立場が史実よりもある。特に新任の守護がいない以上、彼を守護相当として越中の問題で連絡を取っている。


「畠山は必要とあらば仲介するそうだ」


 そんな高政さんから義統さんに書状が届いたらしい。景虎さんがなにを考えているのか知らないが、こちらとしては畠山家と意思疎通を図り、争いを拡大させない方針で動いている。


 肝心の畠山家は遊佐とか家臣の統制が取れていないのでなんとも言えないが、越中のごたごたに関わるほどの力はない。越中の実権も神保と長尾にあるので出来ることはあまりないしね。


 ちなみに畠山家そのものは敵対していないが、畠山家中には反三国同盟的な人もいる。まあ、これは細川氏綱さんのところも同じだけど。


 あと能登畠山とも連絡は取っている。こちらとしては越中織田領を害されないならば動く気はないが、争いを拡大させないように釘は刺しておかないと駄目だし。


「拡大しない範囲で、当人同士で好きにやってもらえばいいですね」


 石山本願寺とは前から話はしているから、加賀一向衆が越中に関わることはないだろう。周囲を固めたことで、あとは神保と長尾の戦を見守るだけだ。


 史実の様子からも拡大する可能性は高くないが、こちらでも打てる手は打っている。


「懸念は戦が終わった後であろう? あれだけ両軍が暴れたのだ」


 とりあえず戦乱の拡大を阻止したことに安堵する人がいる一方で、武田無人斎さんが今後について不快そうな顔をして本音を漏らした。


 意地や面目で戦をするのは構わないが、後始末と戦後の混乱をどうするのか。長尾も神保も考えているとは思えないからなぁ。まあ、そんな時代なんだよね。先々まで考える人は多くない。


「長尾は詫びをすると言っているわ。どこまでしてくれるのか知らないけど。神保も同程度の詫びをするでしょう。しないなら大恥を晒すだけよ」


 相変わらず、外交に関わるとナザニンの言葉は厳しいなぁ。


 神保と一向衆は、織田領を荒らしたことに関する嫌疑と補償などの問題がある。商いを停止にしているが、肝心の神保と一向衆の領域は長尾が荒らしていて商いどころではない。


 こちらとしても関わりたくないので、彼らに商いの停止を通告してない。そのため今のところ当人たちは商いを止められたことすら知らないんだ。


 長尾は流民が押し寄せたことに関する詫びをするそうだが、神保と一向衆にはそれ以上の詫びと補償をしてもらう。お金はないだろうから利権になるかな?


「とりあえず私たちは畠山殿の面目を立てておけばいいですから。あとは当人たち次第ですね」


 畠山は今のところ味方なんだよね。三好の同盟者だし。神保と長尾より彼の立場を守るのが先だ。


 関東がどうなるか分からないから、とりあえず北陸は外交で押さえこんだ。これ大変だったんだよ。関係各所に根回しをして不満が出ないように知らせも出した。


 一向衆は加賀で大暴れした前科があるから、どこも相応に理解してくれて助かったけど。


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