第2424話・諸々の動き

Side:リンメイ


 近江は過渡期なのだなと実感するネ。改革を急ぐ六角と困惑し抵抗する諸勢力。それもあって六角は、国人、土豪、寺社を必ずしも共に変えていこうとはしていない。


 すでに六角家は統治政策を変えることを諸勢力に示している。今まで無条件で与えていた織田経済圏の恩恵の見直し、具体的に織田領からの品物の売値変更など示唆して理解を求めている。


 戦国大名化するのではなく守護としての立場に戻る。史実にはなかった動きネ。六角家の立場と権威、近江の状況を鑑みるとそれもまた悪くない方法になるよ。


 近淡海と西近江の商業と流通の利権の多くは今も六角家にはない。彼らに無条件で今以上の利を与えることを考え直すというのが大元にあるネ。


「貨幣価値と物価の格差が酷いネ」


「それは仕方ないよ。畿内と寺社が悪銭鐚銭を溜め込んでいるから。そもそも寺社領は私たちも面倒見ていないし」


 産休に入る秋と引き継ぎをしていると、六角家に主導権がある地域とそれ以外の地域で貨幣価値と物価の格差が問題となっていることが分かった。


 近江より西の地域での悪銭鐚銭問題は今も解決していない。


 織田領から流れる良銭は諸勢力が貯め込み、今まで貯めていた悪銭や鐚銭を流通させている。そのせいで畿内を中心とした近江より西の貨幣は、堺の町などが今も造っている悪銭や古い鐚銭ばかりが巷に出回ているネ。


 比叡山などの寺社は、自分たちの悪銭鐚銭の価値が落ちることを公式には認めていない。彼らの勢力下の者たちにも額面通りの価値での流通を命じている。ただ、織田経済圏では悪銭鐚銭の価値は低くされていて寺社の命令も通じない。


 六角家の勢力下では尾張の経済政策による恩恵もあり貨幣価値も物価も安定しているけど、比叡山を筆頭に近淡海や寺社の勢力下ではこちらの経済コントロールを離れているので貨幣価値や物価に大きな格差がある。


 そんな現状でも、六角家と比叡山の関係は良くも悪くもないネ。昔からのまま互いに相手の領分に手を出さないことで落ち着いている。


 ただ……。


「足利家の権威で六角を守る。我が殿は恐ろしい武士になったネ」


 寺社と武士の既得権益を巡る争い。六角家は不利だったはず。そこに一石を投じたのは司令だったネ。観音寺城の目と鼻の先に御所を造営したことで、六角は足利家の権威で守られることとなった。


 今の上様の権勢を思うと、比叡山といえども無理押しは出来ないよ。


「ここは最前線だから……」


 経済ではすでに争いが水面下で起きているということネ。秋はその調整と監視も行っている。なかなか難しい役目ネ。


 こちらとしては畿内には手を出さないという制約があって根本的な解決をするわけにはいかない。私たちが見えないように調整するしかないネ。




Side:とある奉行衆


 産休の代理が桔梗殿と唐殿とはな。内匠頭殿も近江を重んじておる証か。付け入る隙を与える気はないのだな。かようなところはさすがとしか言いようがない。


 実のところ、今も上手くいかぬことは山ほどある。そもそも東国が畿内より豊かになりつつあることなど前例がなく、寺社より賢く民を思う武士が現れることも前例がない。


 なにより朝廷に連なる権威と血筋、それと寺社の掲げる神仏の権威よりも信じられる者が現れるなど、誰一人として考えたことはあるまい。


 朝廷と寺社が大人しいのは、ただ一点、内匠頭殿を恐れているからだ。あの御仁が消えると奴らは昔のように戻る。


「近衛太閤か、何用でくるのやら」


 京の都より近衛公と山科卿が来ると知らせがあった。正直、近衛公は我らの手に余る。無理難題をおっしゃるお方ではないが、あのお方は朝廷と近衛のために動くからな。我らとは立場が違う。


「観音寺城下の久遠屋敷に知らせるしかあるまい」


「であるな。使者を出しておく」


 また銭の無心か? 管領代殿と上様にもすぐに知らせるが、近衛公の相手はおそらく久遠であろう。曙殿か桔梗殿か分からぬがな。


 そこまで決めると思わずため息が漏れる。


 相も変わらず足利家の立場は難しい。朝廷を盛り立てることで将軍として世を治めるべきなのだが、肝心の朝廷が信じられぬ。


 古くは鎌倉の故事もある。足利が力を失えば朝廷や政所の伊勢は我らすべてを見捨てよう。正直、危うかったのではと今にして思う。


 あのまま上様が三好と争い、細川京兆の内乱が続けば……。


 誰のための政で誰のための世なのだ? 尾張と関わるようになり、わしもそれを考えるようになった。


 朝廷や寺社が豊かならばいいのか? それとも武士の所領が豊かならばよいのか?


 かつて、戦で東国を従えた朝廷も落日となる。これもまた世の習いなのかもしれぬ。義理程度に気に掛ける以上はわしには出来ぬがな。




Side:久遠一馬


 越中から連日届く知らせは、決して気分がいいものばかりじゃない。そんな知らせのひとつが気になると信長さんに呼ばれた。


「詫びですか」


 戦が終わり次第、騒がせている詫びをするという長尾の使者が現地の本陣に来たとのこと。ということは、今回の戦と流民に食わせている食糧の費用を請求したら払ってくれるんだろうか? まあ、冗談だけど。長尾にそんなお金はないだろう。


 価値観の違いだろうね。長尾に限らず、この時代の人の道理や義は上を向いている。偉い人の権威や立場を守れば犠牲はあまり気にしない。


 史実の上杉謙信の戦を思うと、随分とこちらに気を使っているのが分かる。それは評価しておくべきだ。史実を知るオレの中でだけど。


「城攻めをせず領内を荒らすことで神保を潰す気か」


 信長さんの表情は渋い。余所の領地だから口を出すわけにいかないが、今までの経験上、こちらが迷惑を被るのは明らかなんだ。


「やはり越中と加賀一向衆の盾になっていただくべきでございましょう」


 オレがため息を漏らすと、エルは地図を見つつ一つの策を口にした。景虎さんの思惑は完全に把握出来ていないが、このまま越中と加賀にいる一向衆の盾となるならこちらとしても悪くない。正直、他にいい方法がないんだよね。


「あの様子では半端に残すと憂いとならぬか?」


 信長さんの懸念はもっともだ。そもそも史実において上杉謙信は戦をし過ぎている。結果論だけで物事を判断したくはないが、彼の戦がどれだけ世の安寧に繋がったかというと疑問がある。無論、それは他の諸勢力も同じだが。


「そこは儀太夫殿が上手くやるでしょう」


 申し訳ないが、この世界で彼が軍神と呼ばれることはないだろうと思う。川中島の戦いもなく、彼の才覚が発揮出来る世の中ではなくなりつつあるのだから。


 もう少し言うと、オレは彼が軍神と称えられるほど長尾に戦をさせる気はない。


 戦で世の中がまとまりいい方向に行けばいいが、それこそ史実の豊臣や徳川のように。今のところ景虎さんの戦でいい方向にいく兆しはあまりない。


 史実の豊臣秀吉、この世界では木下藤吉郎として職人になってしまったからなぁ。有能だし幸せそうなのでいいんだけど。長尾の動きなどを見ていると史実の秀吉が欲しくなる。


 相性の問題なのかもしれない。戦を起点に物事を考える景虎さんとオレたちの政策はあまり相性が良くない。


 向こうも必死なのだろうが。こちらも必死だ。久遠一馬として動けるうちに争いをなくして、国として独り立ちさせないといけない。


 難しいね。



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