第2423話・交錯する思い

Side:滝川益氏


 長尾勢は増山城を包囲したまま、城攻めより乱取りに熱心か。奴らが奪えば奪うだけこちらに流民が来る。


 藁にも縋る思いで助けを請う者らを見捨てるわけにはいかぬか。長尾と神保などいかになろうとも構わぬが、見捨てれば北陸の一向衆を利することになる。


 人を救うのは穢れた寺社ではない人なのだ。我らとしては飯を食わせ働かせるしかない。


 気になるのは、これは神保を叩きつつ我らを疲弊させるための長尾の策かだ。


 長尾越後守は、この戦の先になにか見ておるのであろうか? それとも目の前の戦を勝つことだけしか考えておらぬのか?


 いずれにしても後始末など考えぬ男ということは確かか。己が家の面目を守り、越後を食わせることが第一。それだけにしか見えぬ。


「長尾勢、凄まじい様子でございます。まだ芽が出たばかりの田畑ですら荒らしておりまする。特に椎名はこの機に神保を出来る限り叩きたいようで……」


 物見に出した者らの知らせに嫌悪しそうになる。飢えているのだ奪うことは致し方ないとしても田畑まで荒らすとは。まさに我が殿が尾張に来る前の戦だな。


 今川も武田も小笠原もそうであった。己の面目と家のことしか考えぬ。また我らが後始末をせねばならぬのか?


 ふと、斎藤山城守殿の言葉が頭を過ぎる。越後守の信義は必ずしも世のためとも民のためともなっておらぬ。越後のため、長尾のため、此度の戦は今のところその程度しか見えてこぬ。


 戦上手であればこそ厄介な男なのかもしれぬ。


「物見に深入りさせるな。忍び衆も神保領から退け」


「ははっ!」


 報告に参った者と忍び衆が下がると、やり場のない苛立ちを抑えるように外に出る。


「儀太夫殿……」


 同じ久遠家中から越中に来ておる者が、いかんとも言えぬ顔でわしを見ていた。少し苛立ちを見せておったのかもしれぬ。わしも未熟よ。


「殿にお仕えして十余年、わしはもう日ノ本の武士ではないのかもしれぬ」


 長尾も神保も椎名もおかしなことはしておらぬ。当たり前の地獄を当たり前に生きておるだけ。されど、わしはかの者らを嫌悪することはあれども褒める気にはなれぬ。


「心中お察し致しまする。我らも同じ思いでございまする」


「なにがあろうと、流民は飢えさせぬ。我が殿の戦はこれからだ。長尾も神保も一向衆も、いずれその名を地に落としてくれるわ」


 越後守が日ノ本の武士ならば、わしは久遠の武士。長尾が戦場のみならず敵地を荒らして弱き者を虐げることで生き残るというならば、奴が守ろうとしておる名を落としてくれるわ。


 奴の力を頼りとし、世を荒らす愚か者どもが出る前にな。




Side:直江実綱(景綱)


 神保め。厄介なところに籠城しおって。籠る兵はそこまで多くはない。とはいえ無理押しをするか迷うな。


 殿は相も変わらず神保にあまり興味はないご様子だ。尾張から来ておる後詰めに誰がおるのか探れと命じた以外は動かれぬ。


 城攻めを急がぬと察した諸将は、手持ち無沙汰になったからか周辺を荒らしておるほどよ。


「軍監は滝川儀太夫か……」


 斎藤方と誼のある者からの知らせを申し上げると、殿の口角が僅かに上がった。滝川といえば越後でも名の知れた家だ。忠義の八郎と、滝川三将はわしでも知っておる。その滝川三将のひとり。


 中でも儀太夫は、久遠内匠頭が戦を任せるのはあの男だと言われるほど。漏れ伝わる程度の話だが、清洲の意向を示しておるのは儀太夫ではと思われる。


「織田方はいかがしておる?」


「はっ、流民に飯を食わせておるとか」


 得体の知れぬ余所者に飯を食わせる。仏の弾正忠の慈悲であると伝え聞いたことがあるが信じられぬわ。流民の中には一向衆の一揆勢もおるであろうに。


 ただ、織田方の話を聞いておる殿は楽しげだ。


「もう少し後に生まれたかったな」


 ……その言葉は。それになんと穏やかな顔をされるのだ。勝手ばかりする者らに嫌気がさして出家された時ですら、かような顔をされたことはない。


 まさか、仏の弾正忠を信仰でもしておるというのか?


「兵を織田との領境には近づけるな。暴れるなら一向衆を相手にしろ」


「はっ! 畏まりましてございます」


 なんだ? 殿はなにをお考えなのだ? もとよりその御内意は分からぬが、織田が絡むとさらに分からぬようになる。


「増山城はいかが致しましょう」


「まだ時が満ちておらぬ」


 神保との戦は、こちらとしては実入りがない。神保方から奪わねば兵たちが飢えるのだ。この機に神保と一向衆を出来る限り叩くとお考えか?


「それと織田方に騒がせておる詫びの使者を出せ。戦が終わり次第、改めて詫びるとな」


 おかしなものだな。敵は神保と一向衆だというのに、殿は終始織田を見ておる。まるで織田と戦をしておるように……。




Side:久遠一馬


 京の都の伊勢さんから文が届いた。京の都の情勢やら畿内の動きが書かれたものだ。無論、オレが頼んだ覚えはないが、こちらが求めるものを察している。


 足利政権の一本化の影響で京の都は落ち着いた。若狭管領と三好、それと伊勢さんを担いで、三国同盟と対峙したいという思惑があった者たちが肩透かしを食らったくらいに。


 人員はまだ不足していて細川氏綱さんと三好長慶さんに伊勢さんの支援をお願いしているが、費用は足利政権として十分送ってある。


 成果は十二分にあるな。


「伊勢殿は乱世でないほうが名を上げるかもね」


「確かに、思った以上ですね」


 エルと顔を見合わせてホッとする。さすがに京の都に妻たちを送るわけにいかないし、奉行衆も京の都への赴任を嫌がった。政治の中心が近江に移ったことで、京の都の役目が厄介なわりに出世ルートからも外れるからだろう。


 ほんと彼の行動は賛否ある。それは今でもそう思うが、正しく中央政府の下で働いたほうが活躍出来る人材であることは確かだ。


 二条さんから届いた文には、反三国同盟が大人しくなって素直に助かったと書いてあったほどだ。


 伊勢さんには、いくつか気になるところの密かな調査や警戒するべきことを伝えたい。近江のシンディに文を書いて義輝さんの命令として出してもらうか。


 とりあえず都を戦火に晒すことだけは避けたいんだ。反三国同盟はどっか他で活動してほしいのが本音だ。


 氏綱さんもこちらと歩調を合わせてくれているので、これで京の都は安定するだろう。ただ、細川京兆には反三国同盟の思想を持つ者がいそうなんだよね。氏綱さんへの経済支援を少し増やしたほうがいいかもしれないが。


 そのあたりは様子を見つつかな。


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