第2422話・近江にて

Side:シンディ


 リンメイと近江にやって来ました。こちらも相変わらず大変なようですわね。ただ、こちらでは越中のことはあまり話題になっていない。


 もともと守護などの各地の勢力を束ねていた足利政権は、まだまだ地方に目を向ける余裕はないようですわね。


「なかなか、やりがいがありそうネ」


 頃合いを見計らって産休に入る、秋から引き継ぎを受けているリンメイがやる気になっていますわ。尾張の仕事も大変でしたが、足利政権と六角家の経済政策の指南は秋がしていましたから。


 私も知るべきことなので一緒に聞いていますが、思った以上に近江は変わりつつある。


 日本海航路の品物は以前と同じく琵琶湖の水運を利用していますが、織田領からの荷はあまり水運を利用していない。東山道の荷は水運を利用することもありますが、東海道はそのまま陸路で観音寺城下や近江御所に届くことが多い。


 理由は一言で言えませんが、治安の改善や関所の統廃合、特に甲賀における関所の整理の影響が大きい。また、尾張からの荷に対して関税を減免するなど出来る措置を六角家でしていたこともあり陸路での輸送が増えたということでしょうか。


 気になることは……。


「秋、近淡海の湖賊との関わりは?」


「特に変化なし。六角家に従っているところもあるけど、近淡海の利権は叡山とか他のものだから。あまり潤うとね……」


 六角も自分たちの利にならないところは後回しにしている。御所造営の時のままですか。


 坂本や大津の町などもあり、西近江のほうが商業と経済は盛んだったはずですが。その流れも徐々に変わりつつあると。


「なんていうか……、奉行衆ですら信じていないのよ。西を。あっちから来ている人も多いんだけどね」


 聞いていた以上に畿内との関係が良くない。いえ、仕える者たちが真剣に足利家を支えるべく考えている。


 まあ、畿内から来ているとはいえ、個別で因縁もあれば不仲もある。五山と叡山などは親しいはずもなく、総論として西を信じてという形はないと。


 この時代らしいといえば、そうですが。厳しい言い方をすると、自分たちの利と安定につながらないならば、畿内ですら切り捨てるのがこの時代の人ということでしょうか。


 司令はなんだかんだ言いつつ甘いところがありますから……、今は畿内を潰さないようにとしていますが。


 これは思った以上に厄介な代理になりそうですわね。




Side:久遠一馬


 関東では、春の麦の不作が確実となりつつある。


 史実と違うのは関東を取り巻く情勢だろう。長尾による北条攻めが行なわれる可能性はあまりない。


 景虎さんの名声も高くないし、関東遠征に同行していたとされる近衛晴嗣さんもそれは同じだ。北条としては史実の三国同盟がないものの、織田家と積み上げた友誼もあるし経済的なところでは史実以上に恵まれている。


 関東諸将としては北条という生贄を得られなかった。その結果、近隣や領内の争いという形で血は流れている。権威至上主義というべきか。元の世界の歴史ではあまり触れないこの時代の負の側面だと思う。


「関東の報告は気が滅入るけど、領内の報告は嬉しくなるね。外なんて捨ててしまえという意見もよく分かるよ」


 思わず本音を漏らすと、一緒に仕事をしているエルたちと資清さんたちがなんとも言えない顔をする。


 今日は甲斐と駿河からの報告が届いたので確認しているが、流石は今川と武田というところだろう。織田の治世にも慣れたことで当主以外の者たちも大きな変化が起きていて、率先して変わろうと動いている。


 甲斐に関しては、今年もまた米の作付面積を減らした。その分、粟や稗、大豆などを多く植えている。さらに葡萄などの果樹も試験栽培を兼ねて苗木を植えていて、それらが収穫出来るようになるとあの地も変わるだろう。


 かつて盛んだったと言われる養蚕も再建するために動いている。尾張や美濃ではウチが始めた養蚕による絹糸の生産がすでに軌道に乗っているので、経験者を送ることが出来るんだ。


 今も風土病があることでウチの妻たちは立ち入りしていないのにね。ただ、考え方を変えると甲斐の人たちだけで頑張ってくれていると言えるので期待している。


 駿河も各種穀物の生産高は総じて上がっている。賦役による街道と治水、それと田畑の整理も積極的に行っていて、かつて斯波と織田を馬鹿にしていた風土はなくなりつつある。


 元守護や元国人と寺社、ここらが結束して動いているのが駿河だ。甲斐や信濃には負けたくないという思いもあるらしく頑張っている。


 駿河、信濃、甲斐の三ヵ国が安定した影響は本当に大きい。少なくとも関東からは、なにかあると今川と武田は独立するんだろうと見られている。ただ、そろそろ自分たちだけ置いて行かれるのではと気付き始めている人もいるだろう。


 個人的には、あの因縁と恨みが積もった甲斐と駿河が落ち着くのがこんなに早いとは思わなかった。


「もはや、畿内から買わねば手に入らぬ品はございませぬからなぁ。それを知る寺社や商人が織田家は揺るがぬと見ると、民もまた新しい世を生きるのを選びましょう」


 相変わらず武士らしくない湊屋さんは商業の面から領内と関東を見ているが、本当にその通りなんだ。


 生糸も綿糸も領内で生産しているし、伝統技術も領内でほぼそろっている。これは周防からの移民が大きかった。素材や技術があることで畿内から職人がやって来ることは今でもあるほどだ。


 オレたちとしては畿内から買う品を残そうとしていたが、領内の人たちはなるべく買わなくていいようにと頑張ったんだ。この時代は商業に公平な商いとかないから仕方ないだろう。


 現在では領内で作れる品も畿内から多くはないが買っている。一部は技術検証用として使うし、あとは義理から買っているくらいだが。


「気になるのは、北の海路の品までもが近頃では畿内に売るより近江と東国に売る者が増えておることでございましょうか」


 そのまま湊屋さんがひとつの懸念を口にした。北の海路とは日本海航路のことだ。尾張が経済を握ったことと貨幣価値が安定していることで、日本海航路の品まで近江や織田領に流れつつあるんだよね。


 結局のところ、より先進地で利益になるところにお金と品が集まるのは仕方ないことだ。


 寺社とか大名クラスの武家は資金があるので品物が手に入り表面化していないけど、経済格差により品物が届かなくなることはいろいろなデメリットとなる。


 ウチで調整出来る範囲ではやるけどさ。肝心の畿内のお偉いさんたちは危機感がない。困ったものだね。



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