第2420話・景虎と……

side:エル


 神保と一向衆の大敗、その知らせにも清洲城は落ち着いています。ただ、届いた詳細は驚くべきものがありますね。


 軍神は、この世界でも健在だということが証明されました。


 長尾は、上野では終始落ち着いた戦をしていました。戦を広げず、勝ち過ぎることも負け過ぎることもない。北条と長尾は互角に見える。そんな戦だった。


 越後守殿は本気で北条を攻める気はない。私たちの見方であり、それを知る儀太夫殿が長尾を試した。


 少し思案していると、報告書を見ていた孫三郎様が面白いものを見つけたと言わんばかりの顔をしています。


「戦好きな男らしいな」


 確かにそうかもしれませんね。報告書を見る限り、戦を楽しんでいる節があります。


「十年前ならば、世を動かすほどの戦をしたのやもしれぬな」


 ほんのわずかながら寂しそうに語る孫三郎様の表情に時の流れを感じます。確かに十年前ならば……。


「それほどでございますか?」


 孫三郎様の評価に皆が驚いています。孫三郎様はあまり人を褒めるお方ではありませんから。


「そうであろう? なあ、エルよ」


「はい。戦も政も手ごわいお方でしょう。ただ……」


「少しばかり先を見る目がないな」


 そう、軍神の欠点はそこにあると思えます。もっとも先を見る目がないのか、見る気がないのか。そこは私にも分かりません。


 同じ条件で野戦をさせたら、今の織田であっても敗れるかもしれない。


「朝倉宗滴のような男だと言えば分かるか? もっとも、宗滴は戦を楽しんではおらぬようだがな。酔狂な宗滴というところか」


 孫三郎様はなかなか面白い例えをされますね。思わず笑ってしまいました。


「これからですね。越後守殿を見定めるのは。増山城、ここをどう落とすのか」


 堅城である増山城を越後守殿はどうするのでしょうか? 史実の上杉謙信は城攻めを野戦ほど得意としてはいないはず。


 もっとも、城とは易々と落とせぬからこそ、城なので当然なのですが。


 史実の越中遠征では、一度目は籠城した神保に手を焼いたまま関東の要請で転戦したはず。もし仮に史実と同じように籠城した神保を攻めあぐね、略奪をするだけならば怖い相手ではない。


 ただ、シルバーンからの報告では、越後守殿は儀太夫殿が仕掛けた誘いを理解して全力を出して戦って見せたとあります。


 この十年、私たちから学び遠征軍を任せた儀太夫殿の策を見抜いた。もし、越後守殿が世の変化からなにかしら学んでいたとしたら……。


「フフフ……」


「大智殿、なにが面白いのでございまするか?」


 思わず笑ってしまうと、武官衆が戸惑ってしまいました。


「いえ、私たちでも思いもしないことをしそうだなと。そう考えたら面白くなってしまいました」


 見てみたい。私たちが変えつつある今の世で彼がどう生きるのか。


 先代の管領代殿や太原雪斎和尚は命を懸けて家を残すべく尽くした。北畠の大御所様は次の世のために自ら盾となるべく立ち上がられた。


 彼は、史実の軍神はどう動くのでしょうか?


 少し楽しみに感じてしまう自分がいます。




Side:久遠一馬


 越中では景虎さんの強さが際立っているが、オレたちは越中ばかり見ていられない。言い方は悪いが、越中の勝敗が情勢に与える影響は限られている。個人的には興味があるけどね。


「北畠は山を越えたな」


 ついさっき北畠の助言役になっているシンシアたちから書状が届いたが、北畠の改革は一気に進みつつある。寺社との利権調整と神宮という懸案はあるが、北畠家としての改革は大きな山を越えたと言っていいだろう。


 一言でいえば、それだけ晴具さんの権威が大きい。自ら朝廷と対峙したことで三国同盟の庇護者のような立場だったところに、御台所、将軍の正室を出したからな。世が世なら天下を動かしていてもおかしくない。


 あまり問題になっていないが、史実でも厄介だった紀伊と大和が大人しいのは北畠家のおかげとしか言いようがない。


 俸禄化が完了するのは時間の問題だろうね。


「殿、鵜殿家から書状でございます」


 次は熊野三山か。鵜殿家は熊野別当の血縁があり、今でも熊野と織田家の仲介をしている。当然、正規のルート、寺社奉行を通した外交もしているが。血縁を用いて根回しや交渉はふつうにある。


 中身に目を通して、一緒に仕事をしているメルティと資清さんたちに見てもらうが……。


「どう思う?」


「もう十分、意地を張ったと諦めたんじゃないかしら」


「左様でございますな。織田の勢いはいずれ止まると思い待った十年は過ぎました故に……」


 メルティも資清さんも裏はないと見るか。


 今よりさらに織田に治世と法に合わせる意志があるという書状だ。こちらがなにを求めるのか、内々に教えて欲しいらしい。


 非公式とはいえ、教えて欲しいという姿勢には驚くばかりだ。


 まあ、すでに昨年末に打診があった罪人の引き渡しは今年に入って実行されていて、要請をすると熊野側の武士が入り込んだ賊の討伐をしている。


 驚いたのは名ばかりの協力ではなく、向こうの寺社と武士が協力して不審な者たちの情報交換までしていることだ。伊勢と紀伊の領境付近の治安が確実に良くなったとの報告もある。


 寺社を他勢力の力が及ばない聖域にしているメリットは良くも悪くも大きいが、とはいえ賊を庇うことにはそこまでメリットがないからなぁ。実のところ、織田領から賊とか逃げ込むことで熊野も迷惑していたのは前々から漏れ伝わっていた。


 ただ、これ以上、どうしたらいいんだと聞かれると返答に悩む。


 まあ、治安と統治体制を合わせるなら当面は別に独立したままでもいいんだよね。寺社に軍事力は残せないが……。


「少し考えたいと返信しておくか。今後のこともある。評定に上げて少し議論しよう」


 欲しいのは経済支援だろう。定期船の話し合いを再開するか。敵対したら止めたらいいだけだし、定期船を出してもこちらは困らない。


 実際問題として、あの規模の寺社を後世に残すには結構大変な改革が必要だ。本人たちがやる気になっているうちにやってくれるに越したことはない。


 京の都の近衛さんにも相談する文を出しておくか。よくよく考えてみると近衛さんの影響力があるところは、今のうちに誼を深めておいたほうがいいもしれない。


 近衛さんならおかしなことにはならないし。



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