第2418話・変わる流れ


Side:久遠一馬


 越中からは日に何度か報告が届く。


 情勢は概ね予測の範囲内になっているが、戦時における情報の収集と伝達の訓練も兼ねて清洲までの報告をさせている。


 基本的には現地で判断して動くような形にしているので、清洲でやることはバックアップくらいしかないが。


「恐ろしゅうございますな」


 この日の軍議に出席していると、前田又左衛門君がそうこぼした。やんちゃだと思っていたのに大人になったなぁ。


 神保と一向衆は戦というより略奪に精を出している。椎名の動きが鈍いことで、領境近辺の者たちが神保に味方して略奪範囲を拡大させているんだ。


 残念ながら越中織田領にも被害が出てしまった。というか領境付近の村は両属状態を解消していないので、一向衆に混じって略奪に参加しているとのことだ。


 領境はもともと期待していないし責める気はない。とはいえ、織田の命に従わない地域は、今後、領地確定の際に受け入れを拒否する可能性はあるが。


 問題なのは一向衆の一部と領境の者たちが、領境より織田領側に入った場所でも略奪をしていて派兵軍と現地の者たちが撃退したことだ。


 村同士で因縁でもあったのだろう。越中斎藤はなるべく領内をまとめようとしていたが、末端などこんなものだ。


 この時代、末端の略奪を止めることはほとんどない。そこまで出来ないというべきか。これは織田家以外の勢力ですべて同じだろう。一応、味方の領域などで略奪をするなと命じることはあるが末端はそんな命令は無視するし、略奪した者たちを厳罰に処することもあまりない。


 そもそも戦の際に兵たちに報酬を出しているのは未だに織田家だけになる。報酬を払えない以上、略奪を許さないと戦が出来ないと言ってもいい。


 それもあって神保も椎名も、末端の略奪が大きな問題となるなど考えていないだろう。


「神保と越中一向宗には、きっちりけじめをつけて頂かないと駄目ですね」


 オレの言葉に武官衆が息を呑んだのが分かる。


 神保はこちらと敵対する意思はないと使者を寄越したが、織田のことをあまり知らないらしい。ただ、神保がどこまで知っているかなど関係ない。織田は領地に手を出した者は許さない。


「神保及び越中一向宗との陸路による商いは止めましょう。時期は長尾の動きを見てからになりますが」


 商い停止は商務総奉行からの献策でやれる。すでに準備をしていることだ。これは神保と一向宗だけじゃない。椎名と長尾であっても領境より内に入り略奪をしたら同じことをする。


 そこまで尾張の経済による恩恵がある地域ではないが、それでも制裁の影響は小さくはないだろう。


 越中を併合する気はないが、けじめは必要だ。それと今の織田家が舐められると、今後に大きな影響を及ぼす。三河本證寺の時の比じゃない。


 当然ながら形式だけの謝罪で許すことはない。同じ越中の神保と長尾なら痛み分けということで細かいことは不問とするんだろうけどね。今の織田が許すことはない。


「学問を学んだとて愚か者は愚か者か」


 信光さんは怒りもなければ失望もない。淡々としている。信じてもいない興味もない相手だ。こんなものだろうとしか思えないように見える。


 相手が石山本願寺や畠山家であっても、こちらはもう安易に引くことは出来ない。ひとつ間違うと畿内も関東も巻き込んだ大乱になるなぁ。


 まあ、彼らが一向衆の暴走で、宗派や家を懸けてこちらと戦う覚悟があるとは思えないけど。


 ほんと願証寺を仲介に出さなくて良かった。やっと落ち着いている願証寺を争いに巻き込むことだけはしたくない。


 神保とすると泣きっ面に蜂というべきか? それなりに賢く立ち回って動いていたんだけどね。一向衆を織田領に近付けたのは失敗だった。


 神保が長尾に勝てるとは思えないし、どこかのタイミングで畠山を担いで戦を終わらせたところで、織田に謝罪と補償をしないといけない。


 略奪をしたのは越中一向衆だが、神保が謀ったという無実の証明が出来ないかぎりは一蓮托生だ。許すことはない。当然、そんな証明は出来ないだろうけど。


 あとは長尾の動き次第なんだが、景虎さんはやはり戦が上手いんだよね。上野でもそうだが、こちらを怒らせないようにしつつ上杉の面目も潰さないように戦をしていた。


 彼は自軍を領境に近付けないだろう。統制が取れないのを理解しているからな。




Side:滝川益氏


 領内から一向衆をたたき出した。


 それと殿の名において、神保と勝興寺と瑞泉寺との商いを禁じた。こちらに敵対する意思はないと欺いたことに対する疑念が生じたためだ。


 あまり縁がない北陸だが、織田が商いを禁じると加賀や能登の商人であっても躊躇するはずだ。神保と両寺にいかほどの兵糧や銭があるのか知らぬが、これは痛手になる。


 さらに一向衆と共に織田領を荒らした両属の村に対しては賦役への参加を禁じること、織田領の商人による商いを止めることとした。昨年秋の不作以降、斎藤家が食わせてやったというのに恩を仇で返しおって。


 斎藤家の面目が丸つぶれではないか。


「やはり長尾は強いな」


 武官衆も唸っておる。越後守殿が越中に入るとあっさりと椎名方が優位に変わった。神保と一向衆は野戦で戦うべく布陣したが、すぐに総崩れとなり敗れた。


 あまりの強さに物見と出した者が驚いておったほどだ。御家とは違うので比べられぬが、死力を尽くして争った武田と今川に匹敵する強さだと言うていた。


「越後守、あの男の戦上手はまことだ。恐ろしきところはその時々に相応しき戦をすること。神保と一向衆相手に遠慮する義理などないからな」


 先日、長尾から使者が来たが、大将である孫四郎殿はこちらも一向衆に荒らされた故に遠慮は要らぬと返答した。


 これは、わしが孫四郎殿に言うてくれるようにと頼んだのだ。長尾の本気が知りたくてな。織田への配慮が要らぬと知ると長尾勢は本気でやるかと思うたのだ。


 結果は思うた以上だ。すぐに戦の詳細を尾張に知らせねばならぬ。


「八千から一万はいるかもしれぬな。野戦では我らでも危ういのではないか?」


「捨て置け。我らは奴らの望む野戦に応じてやる義理などない。飛騨からの後詰めが来るまでは持ちこたえてみせよう」


 武官衆は頼もしき限りだ。長尾の本気を見ても落ち着いて策を議論しておる。念のためにということで領民を逃がす方策を整えつつ、神保と一向衆、それと長尾との戦を話しておる。


 現状では長尾のほうが厄介故、神保と一向衆よりも長尾への備えを話しておるがな。


 長尾越後守、名を景虎と申したか。乱世の申し子のような男に思える。お手並み拝見と致そうか。



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