第2412話・清洲城の昼時

Side:久遠一馬


 時計塔の鐘がなるとお昼だ。清洲城では一日三食が定着しつつある。


 オレたちも仕事を中断して、お昼ご飯だ。今日のメニューはなんだろうなぁ。


「ああ、アジの南蛮漬けかぁ。いいな。これにしよう」


 主食にと雑穀ご飯を選び、メインに小アジの南蛮漬けがある定食にする。


 身分があると自分の部屋で食べる人も多いけど、オレは相変わらず食堂で食べることが多い。特にこだわりとかないしね。


 味噌汁は豆腐と魚のつみれが入っている。一口頂くと、出汁と魚のつみれのいい味が口の中に広がる。


 ご飯は白米、玄米、白米に雑穀を混ぜてある雑穀ご飯がある。関東の飢饉とか関係なく、清洲城だと何年も前から雑穀を料理に使うことが普通になっている。健康になるし、この時代は雑穀が安いから経費削減にもなる。


 ケティやセルフィーユが長生きしたければ食事に気を使うようにと指導している。主食に関しても玄米や雑穀ご飯を食べることを推奨しているので、清洲城だと食べている人が多いんだ。別に毎日そればっかり食えと言っているわけじゃないしね。


 雑穀ご飯も普通に美味しく食べられるよ。冷めてないし。


「タケノコの煮物もいい味ね」


 笑みを浮かべて食べるメルティに釣られて、オレも同じタケノコの煮物を頂く。


「ほんとだ。味が染みていて美味しい」


 程よい歯ごたえとタケノコの味がいい。丁寧にあく抜きとかしてあるから美味しいんだよね。旬のご馳走だ。


 織田領だと森林資源の代わりにもなる竹を植えているので、タケノコが多く採れるから料理に使うことも多いんだ。


 ちなみに清洲城の定食はおかずが多い。この時代の人は米を多く食べるが、栄養学的にも野菜とか複数の食材を食べることが好ましいからね。


 一日三食になったことやおかずを多く食べることを推奨していることもあって、米の消費量自体はこの時代にしては多くない。


 いろいろな食材を食べる分だけ米や雑穀を備蓄に回せるので、飢饉対策にもなるしね。この時代だと上の身分の者から生活を変えると庶民まで変わってくれるんだ。


 節約しろとか我慢しろというのは、よほど自分を律する者以外は長続きしない。日頃の料理から変えて健康に気を配り飢饉対策にもなるようにする。


 織田家中でもほとんどの人が知らない妻たちの功績だと思う。


 なにが凄いって、関東が飢えているのに織田領はまだ飢饉に対する特別な対策をしていないことだろう。甲斐、信濃、奥羽に食糧を送っているので、さすがに去年と今年は備蓄する米が減るだろうけど。


 実は毎日のように他国から集まる米を抱え込めば、備蓄を減らさなくてもよさそうなんだけど。ある程度近隣に流してあげないと、ほんと飢える人が増えるからな。


 関東に関しては、北条がほんと頑張って食糧を備蓄してくれていた。おかげで北条領は関東の中では安定しているんだよね。


 その分、南奥羽と北関東は越中と負けず劣らず酷い有様だけど。


「食後は少し散歩でもしようか」


 エルたちと午後の予定を確認するも、今日は一日清洲城内での仕事だ。ちょっと体を動かしたい。朝にロボ一家の散歩と鍛練を少ししているから運動不足というほどでもないけど、少し散歩でもして気晴らししたい気分だ。


「いいですね。庭園のほうに行ってみたいです」


 どうやらエルも少し体を動かしたい気分だったらしい。


 ちなみに清洲城だとお昼とか休憩時間に鍛練をする武士が多い。庭に出て武芸の鍛練とかしているんだ。


 疲れて寝ている人とかほとんどいないからなぁ。なかなか活力がある職場だと思うよ。




Side:秋


 春と私が懐妊の兆しがあると、すぐに広まってしまったわね。おかげで予定を一部変更しなくちゃならなくなった。近江御所の西に築いた支城の視察に行くつもりだったんだけど。


 まあ、人も育っているし、任せるところは任せろってことでしょうね。


 これ以前にも、真継の一件から私たちの警護が強化されたこともあって動きにくくなったっていうのに。


 あの件の事の発端が公家の告発だったことを隠したので、真相を知らない人たちは春か私が問題視したと思っている。中でも、主に技術と経済を担当している私が怒ったと思っている人が結構多い。


 その結果、朝廷側が報復するのではと危惧する声が後を絶たないのよね。司令は近衛公や二条公を信頼しているけど、第三者から見ると朝廷と私たちの関係はもう危うく見えるのだと改めて教えられた。


 もう私たちの意思とか、実力がどうとかいう段階じゃないのよね。私たちが害されると東国と朝廷の争いになるから。


 朝廷を滅ぼそうとする人はいないけど、信じるかと言われると信じないひとが多い。なんというか、世の中って難しいと実感するわ。


 ただ、いい方向で変わったこともたくさんある。


 少なくとも近江にいる足利政権に関わる人たちは、みんなで足利政権を盛り立ててやっていこうと結束する方向に動いたこともあるし、私たちが懐妊したことで奉行衆も私たちの負担にならないようにと考えてくれる人が多い。


 近江御所の影響が日増しに大きくなっている。上様は流浪の将軍だと今でも口にされるけど、御所に落ち着かれたことで政権が安定した。さらに近江の地に御所を構えたことで東国が上様の下で結束するきっかけにもなった。


 もとは司令の策なのよね。近江御所。なんというか、昔は私たちが活躍するのを楽しんで裏方に回るような人だったのに。


 いつの間にか武士になって、自ら政治をするようになった。


 変な話だけど、司令がより司令官らしくなったことで私たちはさらに動けるようになったし、自由に自分の信念で生きられるようにもなった。


 なんとも不思議な気分だけど。


「越中が騒いでいるけど……」


 越中の情報がこちらにも入ったことで管領代殿と対応策を協議したけど、足利政権として北陸に関与しようという動きはない。


 ここから見ると、よくある地方の争いでしかないのよ。織田家が越中領の防衛に動くというだけで、長尾や神保がどうなろうが興味がない人すらいる。


 無論、六角家では織田から援軍要請があってもいいようにと、密かに検討を始めたけど。なにかのきっかけであの地が大騒動になった場合、三国同盟として動いて平定したほうがいい場合もあるということは分かっているのよね。


 越中の懸念は長尾景虎かしら? 凄い人なんだけど、政治家じゃないわ。いっそ、彼が北陸を平定してくれると私たちは楽なんだけど。


 まあ、私にはよく分からないことだわ。



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