第2410話・十数年前の戦

Side:久遠一馬


 織田家では越中へ派遣する人選を進めている。大将は決まったが他はまだ人選中だ。派遣する者は武官と文官を中心に選んでいて、ウチから軍目付と少数を出すことにした。


 さすがにオレや妻たちが行くわけにいかないからね。本当は情勢が難しいから誰か派遣したいところなんだが、妻たちが戦略級の力量を持つ人材だと諸国に知られていることもあって難しい。


 それに大将を任せる斎藤孫四郎さんが委縮しても困るし。とすると難しい情勢をコントロール出来る人が必要だった。


「儀太夫殿には、いつも面倒な役目ばかり頼んでごめんね。今回も難しいけど、任せていいかな?」


 立場・能力・実績を考慮して、益氏さんにお願いすることにした。一益さんがウチの家老職を継ぐべく文官に専念している分、彼が日頃からいろいろ動いてくれているんだ。


 あとは古い話になるが、揖斐北方城攻めの時にはほどよく課題を浮き彫りにしつつ土岐残党を追放することでまとめた経験がある。戦後の後始末も含めて満点だった。


「はっ、お任せくだされ!」


「不測の事態となった場合はオレの名前は使っていいから。書状も用意した。どんな結果でもいい。ただし無事に戻ること」


 越中の諸勢力には、越中斎藤家が織田家に臣従したことを知らせる書状を出した。以後、越中斎藤家に対する用事は清洲を通せというものだ。まあ、景虎さんは理解しているから、主に神保側に対しての通告になる。


 幸か不幸か、義輝さんの婚礼でオレの名前は上がってしまった。越中内の争いなら、オレ個人の名前と責任で事態を納めることも出来るだろう。


 最悪、畠山を担ぎ出して和睦なり仲裁をしてもいい。


 まあ、武官衆も育っているし、益氏さんが独自に動くような不測の事態はないとは思うが。


「長尾は信じてもよいのでございまするか?」


「越後守殿だけは信じてもいいと思う。ただし、長尾勢は謀叛とか寝返りとかあり得るし、従う者たちはそこまで行儀は良くない」


「左様でございまするか……」


 長尾も越中勢も、正直、信じていいかと言われると戦場においては信じるのは難しい。そういう時代だからね。


「オレたちが来る前の戦だと思ってくれていい」


 益氏さんなら情報を共有すると、あとは上手くやってくれるだろう。斎藤兄弟も悪くないが、いかんせん難しい情勢での経験がない。文官と武官はそういう意味で経験豊富なベテランと経験を積ませたい若い子たちをバランスよく選んでいる。


 敵は飢えた一向衆もおり、油断大敵と言える戦だ。下手に判断を誤ると関東が騒がしくなってもおかしくない。


 ほんと、今までで一番難しい戦かもしれないんだよな。今回の役目も益氏さん以外だと難しいだろう。




Side:斎藤道三


 清洲城にて、越中へ出す後詰めの支度をしておる。


 わしとしても出来ることはしておるが、所詮は他人の戦。こちらは受け身にならざるを得ずなかなか難しいものがある。


 正直、わしは孫四郎らに将を任せることに案じるところがある。ただ、新九郎があやつらに任せたいと言うた故、それならばと異を唱えなんだが。


 よく言えば己が立場を理解しておる。悪く言えば小物。新九郎が選んだ理由は、そろそろ兄弟のわだかまりを解きほぐしたいからであろう。


 もともとわしの不始末じゃ。一族どころか実の子すら信じずにおった我が身の不徳。新九郎は兄弟のことで因縁などにならぬようにと考えておる。


 未熟と思ておった倅に超えられる。頼もしき限りじゃの。


「海が近いのであろう? 船を使うては……。内匠頭殿ならば数隻なら動かせると思うが」


「駄目だ。あちらに出すとすると奥羽の久遠船か、蝦夷の恵比寿船になる。いずれの船であっても、出せばこちらの戦になってしまう。長尾の面目を潰してしまえば後始末までこちらがやらねばならなくなる」


 ちょうど武官衆が軍議をしておると聞いたので同席をさせてもらったが、いつの間にやら頼もしくなったわ。


「山城守殿、いかが思われる」


「潰すのは難しゅうあるまいな。神保も一向衆も。されど、我らが根切にして恨まれてやる義理はあるまい。神保としても一向衆がおる故にな、あまり領内を飢えさせると矛先が己に向くことを危惧しておろう。椎名もまた同じ。一向衆など邪魔でしかあるまい」


 一向衆がおらねば、もう少しやりようがあるのじゃがの。


「結局は、そこか。石山に使者は出したが、こちらから抑えろとまでは言うておらぬからな」


 わざわざ借りとなることを頼む必要はなかろう。一向衆そのものが織田の敵となり得るのじゃ。潰す口実をくれるというなら喜んで頂けばよい。今は使わずとも東が落ち着いたら征伐することも出来るようになる。


「気になるのは軍目付じゃ。どなたが行かれることになるのか?」


「ああ、目付か。滝川儀太夫殿になる。少々難しい戦故にな」


 ほう、儀太夫殿を出すか。揖斐北方城攻めの際には寄せ集めの織田勢を勝利に導き、美濃土岐家を終わらせた男か。


 頼芸の一族の追放はしたが、あの戦次第では土岐を担ぐ者がしぶとく残ったかもしれなんだからな。しかも勝手ばかりする尾張者がおる中で、将でないというのに軍勢をまとめ要所となる戦働きにて勝ちを得た。


 確かにあの男なら越中の難しき情勢も手玉に取れるやもしれぬな。


「それはよいの。倅らは戦に出たことがあまりなく案じておったのじゃ」


「今では戦に出ることは滅多にないからな」


「なんというか十数年前、内匠頭殿たちが来られる前に戻ったような戦だ。知らせを聞いておるだけでも懐かしさを感じるほど。山城守殿とこうして腹を割って話すなど、考えもせなんだあの頃のままだからな」


 武官衆らの言葉に思わず笑うてしまうと、同席する皆も笑った。確かに、あの頃を思い出す。大殿と争い、戦をしておったあの頃をな。


「ないとは思うが、長尾と神保が組むことも考えてはいる。織田を越中から追い出そうと考える者がおらぬともかぎらぬのでな」


 緩んだ場が、その一言で再び締まったのが分かる。


 まずあり得まいがな。海路を止めると長尾も畠山も神保も椎名も皆困る。とはいえ武官衆としては備えだけは欠かせぬ。なんとも厳しき役目じゃ。


「越中には、わしから家中を確と束ねよと文を出しおきましょう。つまらぬ謀にかかる愚か者はいずこの家中にもおる」


「それは助かる。新参だと家中が乱れることがある故にな。それも懸念しておった」


 敵よりまずは味方。越中斎藤がおかしなことにならぬように、念を押しておく必要がある。


 あと武官衆とは越中斎藤の内情も踏まえて話をしておかねばな。



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