第2409話・近江の慶事
Side:久遠一馬
領国の内外で入る報告があまりに違うなと、今更ながらに思う。
領内では街道整備や治水の報告が多く、近年では投資制度を用いて織田家の賦役として地元を整備しようという意識が高まっている。費用対効果が悪いことで賦役が出来ないと知らせると、地元の人が投資を活用して資金提供をするのでやれないかという話になるんだ。
地元で多少でも負担してくれると、当然ながら費用対効果が良くなるし、それで賦役にこぎつけたところもある。
投資を活用した過疎地の活性化は大歓迎だ。費用対効果は大切だが、正直、それだけだと過疎地や開発が難しい土地が置いて行かれることになるからね。
一方、領外はやはり飢饉の話が多い。種籾を巡る争いの話が一段落したものの、やはり麦の生育がよくないと報告が届く。今のところはよくある程度の話だが……。
この件に関する問題は、織田家では不作でも食わせているのに、なんで自分のところは飢えるんだと不満が出ることだろう。みんな飢えていると一律で同じで済むけど、織田とそれ以外が違うとなれば為政者や寺社が悪いのではと見る人が当然いる。
関東でいえば北条はまだ落ち着いている。ただし、上野や武蔵の一部など、史実で上杉謙信の関東侵攻で寝返った地域などは北条の支配が弱く、こちらがお願いした食料備蓄をあまりしていなかった。
上野に関しては係争地となったことで、そんな余裕がなかったとも言えるけど。なんとかしてあげたいが、上杉憲政さんと北条の争いはこちらが介入出来るものじゃない。
上野の諸勢力も北条に従いつつ、長尾の兵で北条を追い出そうとしているところがあるなどカオスだからなぁ。
なお、史実で剣聖として名高い上泉信綱が上野にいる。陰流の愛洲さんとの繋がりがあって彼の断片的な情報もウチには入るが、そもそも彼は国人領主である長野の家臣でしかない。武芸の腕前はあっても身分は高くないのでどうしようもない立ち位置だ。
上泉さんには愛洲さんを通して品物や物資を頼まれて送ったことはある。北条にも知らせてあるし、戦況を変えるほどのものじゃないけどね。人の縁はあちこちにあるから、一族や家で繋がりがあるとよくあることだろう。
「北畠と六角は順調か」
次に西だが、北畠と六角の同盟国の改革は進んでいる。北畠は勢力圏、主に伊勢と志摩の者たちをほぼまとめて改革を進めているが、六角は自家と臣従した宿老たちで先行して改革を進めている。
今後はそれぞれの御家事情により、改革の進展や進み具合が変わるのかもしれない。
「銭と品物の流れを握る者の強みですね。その代わり寺社の力が弱まっています」
エルもホッとしている。長い年月をかけて寺社から経済と流通を分離したんだ。そのメリットが生きている。
無論、まっとうな寺社にはきちんとお金も食べ物も回るようにしている。事実上の統制経済だが、自由経済なんて導入出来る時代じゃないし。
「問題がひとつある。春と秋が懐妊したと思われる。追加で誰か送らないといけない」
そのままの流れでケティから報告があると、資清さんたちが驚いた。オレは本人たちと通信機で話していたし、密かに科学的な診察もしているから、もっと前に知っていたんだけどね。ようやく発表出来る段階になった。
「おめでとうございます!」
「ありがとう。嬉しいけど、離れていると心配になるんだよね。何人か年配の人を送りたいから選んでおいて」
近江で産むのか尾張で産むのか、それとも本領か宇宙か。本人たちと今相談している最中だ。ただ、どちらにしろ妻たちの配置は少し変える必要がある。
近江は足利政権のサポートもしているから、能力だけじゃなくこの時代の政治に慣れている必要もある。第一候補はシンディとリンメイだ。春の代理としてシンディと秋の代理としてリンメイになる。
難しいのは春の代理だ。完全に政治的な立場が確立しているので、妻本人の名前が相応に知られている必要がある。
ふたりとも忙しいので、調整がつくか今検討中だ。
Side:春
秋とほぼ同時期に妊娠するなんてね。ただ、タイミングとしては良かった。近江御所もお披露目を終えて上様の婚礼も済んだだけに、近江は落ち着いているわ。
私はまだ仕事をしている。公式には懐妊の兆候ということにして上様や管領代殿に伝えた段階なのよ。
そんな折、目賀田殿が姿を見せた。
「申し訳ございませぬ。思うた以上に騒ぎになってしまいました」
六角としても私たちの警護の強化や仕事の調整など動く必要があり、相応に知らせて準備を始めたんだけど。おかげで懐妊の兆候がありと知れ渡ってしまったようね。
「構わないわよ。迷惑をかけて申し訳ないと皆様に伝えてちょうだい」
「迷惑などと思うておりませぬ。上様の婚礼に続く慶事と、皆、喜んだことで騒ぎとなってしまい……」
尾張は今でこそ慣れたけど、エルやジュリアが懐妊したと公表した時は大騒ぎになったのよね。それに似ている。
話を聞いた人が無事に懐妊して生まれるようにと祈ってくれていることもあるし、祈祷を頼んだ人もいる。近江中に広がるのは時間の問題ね。
近江の人々は私たちに、光明を見出していると改めて感じる。
ふと、ウルザが言っていたことを思い出す。信濃で子を産むことにした理由は、信濃の地が気に入ったことと、僅かばかりの縁をあの地に残したいと思ったからだと。
私たちはいずれ信濃や近江を離れることになるけど、子供たちが生まれた地として縁が残ると、それだけでもその地にとっては縁となり光明になるのよね。
「うふふ、いいわよ。尾張には知らせたから、すぐに私と秋の代わりが来るわ。政には影響がないようにするから」
正直、そこまで仕事が多いわけではないわ。ただ、相応に難しい政治的な判断がいることはある。
六角家に負担をかけないようにしなくっちゃね。
「はっ、なにはともあれ。ようございましたなぁ。近江におられることで懐妊の機会がないのかと案じる者が多くおりました。あとは夜月殿と早朝殿に子が出来れば……」
目賀田殿まで、まるで我が事のように喜んでくれている姿に驚きと喜びを感じる。
「先代の管領代殿が助けてくれたのかもしれないわね」
あの人が命を懸けて残した同盟は、年月を重ねるごとに深まっているわ。互いの慶事を祝い、上手く行くようにと祈る。単純なことだけど難しい。
三国同盟は盤石ね。
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