第2408話・兄弟のかたち
Side:斎藤孫四郎
弟の喜平次と共に清洲に呼ばれた。十中八九、越中のことであろうが……。
斎藤家もそれなりに古い故、系図でしか知らぬ一族があちらこちらにおる。越中斎藤もそのひとつだ。もっとも、越中は近い故、それなりに誼はあるが。
父上はなにも言われぬが、一族の者らは面倒なことになったと愚痴っておったな。己が所領くらい己で守れという話だ。物乞いのように、あれこれと助けを求められてうんざりしていた。
さすがに申し訳なくなったのか、臣従をと言い出しておったらしいが、それこそ迷惑でしかない。
「おお、来たか」
正直、清洲城はさほど来ることはない。まずは兄上に挨拶に出向くが相も変わらず忙しそうだ。
実は織田に降る前は気を許せぬ兄だったのだが……。父上との不仲が噂され、跡継ぎとしていかがなものかと言われておったのだ。
兄上は要領が悪く、父上を疎んでいた長井を側においていたからな。もう少し上手くやればいいものをと思っていたし、隙あらば家督を奪うつもりだった。
まあ、それもこれも織田に降りてすべてが変わったが。
「はっ、お呼びと伺い罷り越してございます」
すでに斎藤家の家督は兄上のものとなり、わしは腹違いの弟。態度だけは気を付けておる。守護様が家督争いを嫌うことで争う気などないが、邪魔な弟が目立っていいことなどなにもない。
「そなたは相変わらずだな。まあいい。今日は朗報だ。越中の件は聞き及んでおろう? 軍務奉行殿から斎藤で将を出さぬかと内々のお言葉をいただいた」
なんと……。それはまたなんとも……。
「御下命とあらば、なんなりとお申し付けくだされ」
「下手な者を出すと、あちらの面目が立たぬばかりかやりにくくなる。父上と話して、そなたらふたりを推挙したい。孫四郎は特に場を読むのが上手いからな。戦に関しては武官衆が付く故、案じることはない。あとはあちらで上手くやれる者が相応しい」
場を読むのが上手いか。まあ、兄上は頑固なところがあるからな。
「御家は越中を平らげるおつもりでございまするか?」
「いや、関東が騒がしくなりそうなのでな。手を出さぬとのこと。越中と加賀の一向衆が懸念となっておる」
なるほど。やり過ぎず今のまま越中織田領を守れということか。神保と長尾も織田に手を出すことはあるまいが、おかしな真似をして越中で疲弊したくはないと。
戦を好まぬ大殿らしい動きだ。
「畏まりましてございます」
「されば、軍部奉行殿のところに参るか」
兄上も変わられたな。他にも相応しき者はいるであろうに。腹に一物を抱えた弟に功を上げる場を用意してやるとは。
兄弟での愚かな争いなど御免だということか。
無論、我らとて今さら兄上と争えぬことは理解しておる。ただ、己が力を示す場を与えるくらいには案じさせたか。
わしもまだまだ未熟よ。
Side:久遠一馬
今日は武官衆の軍議に参加している。正直、こっちはあまり参加することないんだけどね。形式としてオレは文官だし。
少し時間があったことと越中対策の意思統一のために出席している。
「面倒な場所にありますね」
思わず出た本音に武官衆が苦笑いを見せた。誰かが同じことを言ったのか。みんなそう思っているのか。後者だろうね。
越中斎藤家。居城は城生城。中央付近にあり神保と椎名の最前線に近い。対飛騨を睨む要所でもあるため、当主である斎藤利基は織田が飛騨に進出した頃から、こちらと誼を通じていて長らく半従属的な立場だった。
少し前には神保に従属していたが、今は長尾に従属している。織田にも従属している姿勢を見せているのでいわゆる両属という形でそれなりに独立を保っている。
「必要な荷はすでに送り始めています。飛騨経由なんで手間ですけどね。孤立だけはさせませんよ」
日本海に通じる神通川が近くにあり水運も使えるんだが、こちらの船が越中の湊に姿を見せると刺激するだろうしなぁ。大人しく陸路で運んだほうがいいと判断した。
織田の戦の欠点は物資が物凄く必要ということだ。特に現地で買えない火薬の原料は多めに輸送しておかないといけない。
「一馬、いかに思う?」
現状の武官衆の戦略を聞きつつ信光さんに意見を求められた。
「そのままでいいかと。策がないわけではありませんが、動くとこちらの戦になってしまいますし……」
椎名と神保はどうとでもなる。お金を使う形で動いていいならば、戦の規模を限定することも広げることも出来る。
ただ、なにかやると戦の主導権を奪うことになるんだ。
一向衆対策として石山本願寺にも義統さんが書状を出しているが、越中一向衆の動きを止めることは無理だろうし頼んでいない。越中で一向衆を相手にするかもしれないと知らせただけになる。
「越中は飢えているので不満の矛先を逸らしたいのでしょうね。長尾もこれ幸いにと越中から奪うつもりでしょう。領内だと、もう何年もこんなことないですからね。ほんと三河本證寺以来かな?」
越中は日本海航路もあってそこまで貧しい土地じゃない。とはいえお金があっても食べ物がないとどうしようもないしね。
「内匠頭殿、越中斎藤が裏切ることは……」
「従属する土豪や村が裏切ることはあっても、越中斎藤家が裏切ることはないでしょうね。一応、警戒はしておきたいですし。そのためにも将には同族である斎藤家から出して頂いたほうがいいんですが」
三河本證寺の時に桜井松平が勝手なことをしたからなぁ。越中斎藤も警戒している人がいる。ただ、あの時とは情勢も織田家の規模も違うからな。
そんな話をしていると、義龍さんが弟さんたちを連れて姿を見せた。信光さんと相談して越中に派遣する将を義龍さんに任せていたんだが、弟さんにしたのか。
史実では義龍さんに殺されたふたりを義龍さんが推挙する。その事実に歴史の違いを思い知らされる。
ちなみに織田家中での評価は普通と言ったところだ。次男三男のふたりだけに空気は読めて相応の仕事をするが、目立つほどの功績もなければ話もない。
ちょっとやんちゃなくらいのほうが目立つんだけど。まあ、大人しいふたりだよね。義龍さんとの兄弟仲もよくはないが、この時代としては普通な感じ。
ふたりについて特に異論はないようなので、このあと武官衆でいろいろと織田家の方針と戦略を叩き込んで飛騨に送り出すことになる。
正直、勝手に兵を動かして武功を挙げようとしないなら、それでいいんだけど。近年の織田の戦ではありえないくらい戦国時代らしい戦になるからな。
武官衆と軍目付として文官も送るから、まあ、大丈夫だろう。
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