第2404話・乱世の国
Side:久遠一馬
厄介な報告が入ったのは、関東ではなく越中からだった。北陸はなるべく放置したかったんだけどなぁ。限界なのかもしれない。
越中でまた戦が起きそうだと報告が届いた。尾張を中心に世の中の流れは変わりつつあるが、北陸方面は手を出していないこともあって越中は史実同様に荒れている。守護の畠山には越中をまとめる力などないしね。
越中でこちらが関与しているのは東越中の斎藤家だ。美濃斎藤家と縁があり飛騨を掌握した頃から支援を続けている。実は数年前から臣従をしたいと内々に話があったものの待ってもらっている。
東越中の守護代はもともとは椎名家であったが、現在は越後長尾家が守護代となり椎名は長尾に従っている。越中斎藤も長尾に従っていたことで臣従を待たせていたんだ。越中斎藤の帰属問題で長尾と対立は困る。その分、越中斎藤が求める支援は美濃斎藤からという体裁で与えていたんだよね。
「なにが幸いするか分からないもんだね」
「それが政治ですから」
一緒にいるエルたちと顔を見合わせて苦笑いが出てしまった。エルの言う通り偶然や成り行きから情勢が変わることも政治なんだろう。
越中斎藤の帰属問題。昨年、長尾景虎さんが尾張を訪れた際に話している。そう、義輝さんの御所お披露目と婚礼の帰りだ。
長尾家とは懸案事項の確認を含めて話をしていて、越中斎藤の扱いも話をした。織田では両属を認めていないので臣従という形にはしていないが。周辺勢力から見ると、事実上、長尾と織田の両属という見方をされていた。
統治体制が違うことで正式臣従をさせていなかったが、景虎さんと話せる環境が整ったことで越中斎藤が織田に臣従をすることで合意した。
対価は、椎名家などの越中にある長尾勢力への尾張との商いの優遇になる。これはあくまでも長尾家を通したものであり、東越中への直接的な影響力は長尾に残る形とした。
奥羽と関東で二正面作戦になる可能性が残っている以上、北陸まで手を付けたくない。長尾も北条と戦っている上野では自制しているが、その分、史実以上に勢力圏である東越中は維持する方針らしいしね。頑張ってもらおう。
越中に関しては、史実で甲斐の武田が陰で動いたことで西越中の神保が一向衆と共に東越中の松倉城を攻めた戦があったが、この世界でもほぼ似たような動きがある。
神保が越中一向衆と共に東越中を攻めようとしているんだ。東国を襲っている飢饉は越中も影響があるからなぁ。
臣従自体は去年に長尾との話し合いで合意したあとに済ませていて、年始の場で発表されたが、越中の諸勢力に対して旧斎藤領が織田領となったことを正式に通告したほうがいいな。
西越中の神保方は知らないだろうし。
「問題は戦だよなぁ」
忍び衆の報告では、長尾は越中に兵を出す支度をしている。兵を出さないと椎名は勝てない。神保と椎名では神保が優位なんだ。
長尾とは越中における戦に関する取り決めなどなかった。力関係からしても、こちらに無理な出陣を強要はしないと判断してのことだ。
ただ、守護代である長尾から出陣を請われる可能性はある。
正直、お茶を濁す程度の義理で出す兵でも、織田が兵を出したというだけで越中のパワーバランスが崩れる。あとの対価とか考える必要が出てくるし政治的に後始末が面倒になるが、人によっては背後で見ていてもいいからと少数の出兵を求めるかもしれない。
「武官衆でもそれを考慮して越中への派兵準備をしています」
「越中のために上野で大人しくしていたんだろうね」
出陣要請は景虎さん次第だが、要請出来るくらいの信頼関係は維持している。関東で彼が大人しいのは斯波と織田を怒らせないようにしているのは明らかなんだ。
こちらも多方面を見る必要があるが、それは長尾も同じ。越中斎藤への長年の支援で織田が東越中に与える影響も低くはないことから、対北条との争いでも控え目だったのだろう。二正面の戦線が困るのは長尾のほうだ。
さらに景虎さんは越中で織田に出兵を要請を出来る選択肢を残すために、斎藤家の扱いでは譲ったのかもしれない。なかなか抜け目がないな。
ただ、史実だと数年後には椎名が長尾を裏切るんだよね。正直、面倒な土地だ。
Side:直江実綱(景綱)
神保め。飢えた門徒を焚き付けて戦を仕掛けてくるか。近年にない戦支度をしておるとのことで早々に椎名から後詰めの嘆願があり戦支度をしておる。
とはいえ越後とて昨年の秋の米の取れ高は悪く余力などない。これを機に奴らから奪うしかあるまいな。
越後におる関東管領殿の配下らは攻めるなら北条を攻めろと望んでおるが、我らは東越中を見捨てるなど出来ることではない。さらに上野から出て北条方を荒らすと織田が出てくるやもしれぬ。
そもそも関東管領殿ですら臣下の左様な進言を聞き流しておるからな。
幸いなのは、織田が越中に深入りを望んでおらぬ故、こちらの思うままに動ける。その分、友誼のある北条には配慮をしろということだろう。
つらつらと考えつつ殿を探すと、麓の館ではなく春日山の詰城にてひとり海を眺めておられた。
「殿、戦支度、ほぼ整いましてございます」
幾年もお仕えしておるが、殿の心中を察することが難しい。なにを望みなにを望まぬのかすら見えてこぬ。
一時、家を捨てて出家すると言い出したこともある。長尾の家でさえ、いかようでもいいと思うておる節がある。
「鳥は天高く飛ぶが、人は地を這うしかないか」
聞こえるか聞こえぬ程度のお言葉からは、やはり心中を察することが出来ぬ。神保にお怒りなのであろうか?
「清洲に知らせは出したか?」
「はっ、椎名より後詰めの要請があり出張ると使者を出してございます。越中斎藤にも騒ぎが及ぶ恐れありと書状をしたため使者に持たせております」
最早、織田を無視して戦など出来ぬ。織田はあれこれと我らの動きに口を出してくることはないが、越中斎藤が織田に降った以上、先に知らせておかねばならぬ。
その気になれば、越後とていかになるか分からぬ相手だ。
「是非もあらずか……」
あまりご機嫌はようないらしい。戦はお嫌いではないはずだが、なにか御不満でもあるのか?
「越中に出陣する」
「はっ!」
安堵する。このお方は唐突に動かれるからな。
北条もこちらが上野に兵を挙げねば動くまい。信濃も飛騨も織田方故、おかしなことはせぬはず。我らは越中に専念出来る。
神保と飢えた一向衆が攻めてくるのだ。叩き潰さねばならぬ。
「皆の者! 陣ぶれだ!!」
他人のことは言えぬが、越後も裏切り者ばかり。外に目を向けておらねば飢饉で争うやもしれぬからな。神保の動きは好都合だ。
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