第2403話・伊勢の様子と軍議
Side:シンシア
六角家の改革に関する情報がシルバーンから届いた。あちらは六角と宿老で先行するのね。北畠家の改革との違いが今後の参考になりそうね。
北畠は大和で従えている者や両属している国人の一部を除いて、ほぼ足並みを揃える形で改革をしようとしている。そこには南伊勢の寺社なども加わっていて、全体として前向きに議論が続いているわ。
両家の違いは積み重ねた歴史や権威の大きさでしょうね。北畠はやはり大御所の存在が大きい。尾張の蟹江にいて伊勢に戻ることはあまりないけど、今も確かな影響力がある。
新しい統治を始めると北畠本家が決めたことで逆らえる者はおらず、むしろ支えていかねばと結束しているわ。
六角も決して権威が弱いわけではないけど、一致結束するには少し足りない。肝心の宿老ですら春たちの仲介があって臣従したことがそれを物語っているわ。無論、伊勢と近江という領国の難しさにも違いはあるけど。
おっと、考え事をしている場合じゃないわね。目の前の手合わせに集中しないと。亜相様に頼まれて手合わせしているのよね。
最近は御所を出られないことも多く、ストレスが溜まっているみたい。得物は双方ともに木刀よ。女としての身体能力に制限がある現状では結構厳しいのよね。
パワーもスピードも劣る。まあ、それならそれでやりようがあるけど。これでも戦闘型アンドロイドだから。技と先読みだけでもやれる!
「一本、それまで!」
ギリギリの勝負でなんとか勝つとホッと一息つく。
「なかなか面白き手合わせだな。まさに久遠流というところか」
「そうね。私はジュリアと違ってあれこれ学んでいないから」
少し悔しそうにしつつも私の戦いに御満足いただけたようね。ジュリアは武芸に傾倒しているけど、私は本当に久遠流と称される純粋な軍用戦闘術だから。
それにしてもたいしたものね。武芸に専念すればもっと上を目指せるはず。公卿家の当主としてそれも叶わないことで、こうして私との手合わせを望んだんだけど。
ふと周囲で見ている者たちが静まり返っていることに気付いた。そういえば北畠の重臣たちが見ているのよね。評定の合間に手合わせをしたから、見物を望む者たちに隠すこともしなかった。
「……もしやお三方もあれほどお強いのか?」
「いえ、私たち四人だとシンシアが一番強いですから。並みの女よりは戦えますが」
同じく見ていたカリナが苦笑いをしつつ答えた。戦闘技術ではさすがに劣るのよね。三人とも。
「女とて武芸は必要か」
「己の身を守るくらいは出来るからこそ、こちらに参りましたわ」
カリナの言葉と態度で、北畠の重臣たちは相応に強いと察したみたいね。北畠に来るだけの力があると理解してくれると今後やりやすいのよね。
「さて、評定に戻るか」
ひと暴れしてすっきりしたのか、亜相様が汗を拭うと皆で仕事に戻ることになる。
北畠では領内全域での改革がすでに検討されているけど、その分、俸禄化の議論は六角よりも少し遅れているわ。その辺りをどうするのか。六角の動きは北畠にも入っていることで、競うように変わろうと必死なのよね。
まあ、こちらは神宮が大人しいので楽かもしれない。六角は大変でしょうね。春たちは足利政権の手助けもしているし。
ミョルとやよいがお茶とお菓子を用意してくれたから、それを楽しみつつ議論を続けましょう。
Side:織田信光
関東が不穏だ。春の麦で一息つければと思うていたが、その麦の生育が悪いらしい。まだ決まったわけではなく今後次第で変わるともあるが……。
「今川殿を駿河に戻したのが生きておりますなぁ」
駿河から届く知らせには武官衆も驚かされるものがある。もともと今川は関東への備えの役目もあったとも聞き及ぶ。さらに今川治部の力量も目を見張るものがある。
一馬が処遇にこだわったわけが、今なら分かる。兄者と一馬がおればあの聡明な男は汚名を被るような裏切りはするまい。とすると駿河に戻すのが最善だったわけだ。
「孫三郎様、いかがされまするか?」
駿河からは追加で武官の増員を求める書状が届いている。治部は関東で一波乱あるとみて、後詰めを出す支度をすでに始めているからな。
「駿河、甲斐、信濃にはさらに武官を送る。後手に回ると奥羽にも火の粉が降りかかるぞ」
駿河の今川と甲斐の武田、信濃のイザベラとヒルザがおれば大崩れはあるまい。ふと今日の軍議に参席しているエルが地図をみておるのが気になった。なにかあるのか?
「エル、なにか策があるか?」
「いえ、策というほどでは。ただ、駿河に船を少し増やしたほうがよいかと。安房の里見が気になりまして」
そういえば、里見もいたな。北条が捨て置いたことで、相応の勢力がある。海で暴れられると面倒になるか。
我らが里見を叩いて十年が過ぎておる。織田には関わろうとしておらぬが、北条とは今も海で小競り合いをしておると聞き及ぶ。
北条はいつからか、関東で所領を広げぬようになったからな。これ以上関東の者らを従えたとて織田には勝てぬと見切りをつけたのだろう。
「次の軍議では水軍と海軍も呼ぶか」
情勢次第では、一気に奥羽と地続きになるかもしれぬ。まあ、そこまで関東がまとまるとは思えぬが、奥羽も伊達を叩けばあとはどうとでもなろう。
そこまで話したところで、ひとりの武官が古河の地に白と黒の碁石をひとつずつ置いた。
「関東管領殿は大人しゅうございますが、古河公方様とその兄がいかに動かれるのか」
古河公方か。前古河公方は近江におるが、肝心の関東におる古河公方は北条方とはいえ、あまり上手くいっておらぬ様子。さらに長子は未だ古河公方の地位を諦めきれぬようで隙を伺っておるからな。
「我らと本気で争う気はないと思われまするが……」
「本気でないからこそ、面倒になるわ」
まあ、心情は察する。己が血筋と家を思えば兵を挙げてもおかしゅうない。そこに異論などない。されど、後先考えず挙兵すれば、古河公方家であってもいかになるか分からぬぞ。
しかし、地図を見ると東国は広いな。ようここまで領国を広げたわ。奥羽を押さえたことが関東と対峙する今になって意味を成した。
下野、常陸は奥羽を気にして、まとまっておかしなことが出来まい。織田が諸勢力に包囲され争うような情勢を考えておった頃が少し懐かしゅうなる。
もう少しだ。もう少しで東国をこちらで押さえられる。さすれば、ようやく背後を気にせず領国を整えられるというもの。苦労も多かろうが、先を見るとこれほどよいことはない。
奥羽に出ておる季代子らの苦労を無駄になど出来ぬ。
今しかないのだ。今しかな。
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