第2401話・次世代の柱

Side:久遠一馬


 仕事が思ったより早く片付き、半日ほど予定外の時間が空いたので学校に来て見ると、校庭で運動する子供たちの中に少しぽっちゃりした子がいる。年齢は十四歳だったかな。


「これは内匠頭殿!」


 オレを見つけると駆け寄って丁寧にあいさつをしてくれた。


虎賁こほん殿、いらしていたんですね」


 彼の名は北畠具房。具教さんの嫡男になる。あまりに太り過ぎて馬にも乗れないくらいになりそうだったので、具教さんからなんとかしてほしいと頼まれた結果、ぽっちゃりくらいに落ち着いた。


 ダイエットというか生活習慣と食生活を変えたんだよね。織田家で食生活指導をしているセルフィーユと雷鳥隊を指揮しているジャクリーヌと湊屋さんが、三人がかりで指導をした。


 ほんと医療行為としてダイエットをさせたんだ。


 それなりに厳しくしたこともあってか、オレと妻たちに対する対応が丁寧な人だ。別に怯えさせるほど厳しくしたわけじゃないんだけど。


 武芸もあんまり好きじゃなく、ほんと食べるのが好きだという具教さんが困るのも無理はない子だったんだよね。セルフィーユたちに食べ過ぎる危険性を厳しく教えられたことと適度な運動をさせることで以前よりはマシになった。


 実は、この手の相談たまにあるんだよね。肥満とかアル中とか。扱いに困って助けてほしいとケティたちが相談を受ける。あまり動かないのに腹いっぱい食べられる身分だと、暴飲暴食に行きつく人もこの時代では存在するんだ。


 お酒に関しては、子供にお酒は飲ませないほうがいいと言っているんだけどね。年寄りとか昔の感覚で、もう大人だからと飲ませちゃう人結構いてさ。


「はい、学ばせていただいております!」


 ちなみに彼が一番熱心に学んでいるのは料理だ。ウチで彼のことを相談していた時に湊屋さんが料理をやらせてみてはと助言してくれたんだ。湊屋さんも食道楽だから気持ちが分かるらしい。


 理屈で食べるな動けと言われても駄目なのではと考えて、自分で食べたい料理を自分で作らせるとありがたみも分かると言っていたんだ。


 そんなこともあって湊屋さんが治療に加わった。忙しい人なんだけどね。本人は食べ過ぎの問題点を学べたとむしろ喜んでいた。商業での働きが多いことであんまり目立っていないけど、湊屋さんもウチに来て以降はあれこれと熱心に学んでいるんだよね。


 現在の彼はだいぶ食生活が変わったし、湊屋さんとその件以降も親しくなって相談事とかされているらしい。


 具房君と湊屋さんだと身分が違うんだけど、具教さんと晴具さんは喜んでいたし結果オーライだ。


 ちなみに料理はあくまでも趣味としてになる。公卿家の嫡男だからね。学ぶことは他にもあるし、学問とか礼儀作法とかは実はちゃんと学んでいる。


「若御所様!」


「皆が待っておりまする故に!」


「ええ、楽しんでください」


 どうやら授業の最中だったみたいだ。武芸の鍛練は今でもあまり好きじゃないみたいだけど、学校でみんなと一緒に動くのは楽しいみたいなんだ。


 閉鎖的な環境で、近習や傅役とかだけに囲まれた暮らしがあまり合わないタイプだとアーシャが言っていた。


 ちなみに具房君、蹴鞠は得意らしくみんなと楽しく遊んでいると聞いている。


「ここの学校も楽しそうだなぁ」


「そうですね。通ってみたいと思っちゃいます」


 子供の輪に戻った具房君に思わず本音が漏れると、エルも同じだったようで顔を見合わせて笑ってしまった。


 アンドロイドの妻たちは学校に通った経験とかないからね。羨ましいという本音がちらほらと聞かれる。


 集団生活や学校も合う合わないはあるが、この時代だと個人で生きるっていうのはなかなかないからね。むしろ学校での集団生活はプラスになっている。


 さて、学校の中を少し見て回ろうかな。新しい発見があるかもしれない。




Side:北畠具房


 遠ざかる内匠頭殿に見えぬと理解しつつ会釈をする。


 那古野の学校に学びに来るようになって以降、父上に叱責されることがなくなった。武芸を好まぬことは今も残念そうにされることはあるが、私が望む生き方を見守ってくれるようになった。


 すべては内匠頭殿と奥方殿たちのおかげだ。祖父上や父上に、あるべき形と違うてもよいと諭せる者は他におるまい。


 ただ、食べ過ぎることを戒めることは厳しく教えられたが。何事も過ぎれば毒となる。分かっておったことであるが、それを久遠の知恵を用いて教えられた。


 近習や傅役の面目もある故あえて言うておらなんだが、御所の中がつまらぬと思うておったことは奥方殿たちに見抜かれたな。父上は若かりし頃より自ら御所を出ておったと聞き及ぶ故、ご理解していただけたが。


「若御所の番でございます!」


「うむ、遠慮せぬぞ!」


「はい!」


 共に励む子らに促されて私も動く。野球という久遠の本領の遊びだとか。それを楽しんでおるのだ。これが、なかなか面白うてな。


 にしても、学校とはなんと楽しき場であろうか。私を前にしても笑みを浮かべて堂々と励み、共に楽しもうとしてくれる。


 ここに来ると学ぶべきことが尽きることなくあり、老若男女問わず学び、共に学ぶ者らと本音で語ることすらある。


 無論、近習や傅役が悪いわけではない。あの者らはあの者らなりに役目を務めておるからな。されど、私は御所の中で生きることが窮屈に思えてならず食うことで憂さを晴らしていた。


 今は左様なこともなくなり、自ら美味いものを作るべく学んでおるところだ。


 楽しげな子らを見て思う。


 世が変わりつつあり、北畠の家も変わりつつあることを。祖父上が朝廷であっても必要とあらば兵を挙げると示したことで、近江以東を支える柱のひとつとなったのだ。


 それ以来、あらゆることが変わり、最早、南伊勢と近隣だけを見ておればいい立場ではない。父上など領国にて遥か奥羽のことまで知らせを受けて書状をしたためるなどしておるほどよ。


 私のような武芸も政も未熟な者が、ここまで変わった北畠を継げるのであろうか? それだけは案じてならぬ。


 祖父上や父上のような覚悟をいつか持つことが出来るのであろうか?


 天竺殿は、皆と助け合いつつ生きればよいと言うてくれるが。北畠の家でそれが許されるのであろうか?


 分からぬ。分からぬが、今は許されるままに学ぶしかあるまいな。




※北畠具房の虎賁こほんは、左近衛中将の唐名の略称です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る