第2400話・春の都にて

Side:久遠一馬


 近江御所から書状が届いた。伊勢さんと和解して以降の状況報告だ。多少の問題はあるものの、概ね上手くいっているらしい。


 問題は大半がどうしようもないものだ。一例を挙げるとすると西国で好き勝手をしている毛利もそのひとつ。長年、朝廷や足利家を支えていた大内家最後の当主である義隆さんの遺児を殺すなど、やりたい放題に見える。


 毛利、献金することで認められるようにも動いている。それもあって朝廷も足利政権も一部では理解を示す動きがある。ただ、同時に毛利の動きは旧来の時代のままで不評となっている。


 無論、畿内より西は今も乱世のままだ。そう考えると毛利のやっていることは他もみんなやっているというだけ。


 ただ、朝廷と足利政権は三国同盟を見ていて、こちらとの治世から学び今後どう付き合っていくかを考えている。はっきり言うと、文治統治をしていた大内にトドメを刺すように西国で暴れる毛利の心証は今も悪い。


 三好も細川京兆を支えているし、織田も斯波を支えている。現状では史実のような下剋上の風潮はないんだ。


 毛利、当主である隆元さんは近江と尾張を見て、多少なりとも世の中が変わることを感じたと思うが、やはり彼ひとりが理解しても毛利は変われない。


 周防長門の武士には、義隆さんを見殺しにした不忠者という風評が今も消えずに残っている。同時に彼らも理解しているんだ。織田と上手くやれたのは義隆さんだったということを。


 面目を重んじるこの時代、恥なんてのは消し去りたいと思うものだ。だが、遺言があるおかげで義隆さんの名は織田と共に残りこれからも大きくなるだろう。


 そんな西国において、義隆さんの治世に戻るような方針は受け入れられるはずがない。結局、毛利は寄り合い所帯の戦国大名を変えることはほぼ不可能になった。


 毛利は足利政権に守護職を欲しているらしいが……、まあ、現状だと無理だろうね。史実では正親町天皇、今の帝の即位料を納めたことで認められたが、史実にない譲位でその機会もない。


 さらに尾張からの献上品は今も足利家を通して続いている。一度や二度の献金で支配領域の守護を得るのは無理だろう。安芸守護なら可能性はなくもないが、それですら多分、無理だろう。三国同盟にその気はないし、誰かが骨を折って根回しする必要があるがそこまで毛利に味方する人はいない。


 とまあ、畿内から西の地域は、多かれ少なかれ類似する面倒事ばかりなんだ。それを足利政権としてどうするのか。


 本来ならば、今の義輝さんの権威があれば兵を挙げて西日本を鎮定するべきなのかもしれない。ただ、それをしたところで各地の勢力との戦になるだけだ。


 献金で守護職などのお墨付きを軽々しく与えるのは控えるが、現状は黙認する。それが近江政権の方針になる。足利政権は軍事力がないのは変わらないからね。三国同盟が動かないと他にやりようがないんだ。


 肝心の義輝さんが京の都と畿内と距離を置いていることは、もう隠しようがない事実だし。都落ちした将軍を見捨てた過去が今も響いている。


 京の都と畿内も相変わらずだ。違いは史実よりも三好の動きが鈍いことか。畿内で勢力を広げるメリットとデメリットを考えて長慶さんは積極的に動かなくなった。


 現状維持のうえで、それまでに関係のあるところなどを助けるくらいには動くが。史実の織田もそうだったが助けたところで情勢が変わると裏切るし、厚遇しないと不満だと戦を始める。現行の制度だと動くだけデメリットが増えつつある。


 一番の違いは長慶さんの権威権力が弱いことだ。京の都はもう政治の中心じゃないからな。


 結局、畿内が自力で変わろうとする動きは今もない。それが現実だ。




Side:近衛稙家


 山科卿を呼んで少し話をする。昔はさして親しくもなかったが、尾張を理解して相談する相手として山科卿と話すうちに会うことが増えた。


 内匠頭の本領を見た数少ない男じゃからの。もっとも、そのことは雑談としても一切口にせぬが。それがまたこの者を信じられる証となる。


「見事に世が落ち着いたの。足利だけとはいえ政が近江に移ったというのに……」


 御所落成のお披露目と大樹の婚礼から月日が過ぎたが、見事と褒め称えるしかない。京の都も政所の伊勢と近江から参った奉行衆が上手く差配しておる。


「変わる覚悟もなければ争う覚悟もない。故に捨て置かれておるのじゃと思う」


 確かにの。内匠頭は動く者を好む。自ら動いたのちに、上手くいかなんだと助けを請えば無下にはするまい。


 公家も寺社も武士も、今のままでいいのかと思うところはあろうが、自ら動く者がおらぬ。左様な日々がもう何年も続いておるのだ。


 待てば流れが変わる。鎌倉の天下が終わったように尾張と近江の天下もいずれ終わる。そう語る者は未だに多い。


 いつまで待つつもりじゃろうか? 内匠頭とて左様なこと理解しておると、何故思わぬのか。あやつがそんな甘いことをするはずがないというのに。


「この世に不変なものなどあるまい。このままでは朝廷とて……」


 皇統は残してくれよう。されど、それ以外は……。


「近衛公、朝廷と寺社の関わり。見直すべき時なのではございませぬか?」


 山科卿の言葉にしばし返す言葉が浮かばなんだ。吾も幾度も考えたことじゃ。されど、いかにしていいか分からぬ。


「良き策はあるか?」


「残念ながら……」


 ここ数年の寺社は特に酷い。尾張相手には妥協するというのに、他の者には朝廷でさえ一切の妥協をせぬ。左様な寺社の動きに公卿公家ばかりか武士などまで不満が燻り始めた。


「奴らが恐れておるのは内匠頭じゃからの。大樹でも武衛でも弾正でもない」


 叡山が奥羽の強訴を見捨てたことではっきりした。新たな世を察しておるのは吾らだけではないということをな。


 慈悲深く、目の前に飢える民がいれば己が飯を分け与えるような男は世を見渡せば他にもおる。されど、内匠頭は飢える根源を突き止め、飢える政を変えてしまうのじゃ。


 寺社は間違いなく、内匠頭を己らのすべてを脅かすことの出来る男と認めたのだ。なればこそ……。


「近江に出した地下家はよう働いておるとか。今はそれを続けるしかあるまい。山科卿さえよければ時折でも近江に下向し、四季殿の助けになってやればよいかもしれぬ」


 考え得る策がないわけでもないが、内匠頭の妨げとなっては元も子もない。今やれることは、吾や山科卿が近江にて手を貸すことくらいか。


「近衛公も?」


「ああ、吾も近々下向する。大樹と共に都落ちしたこともある故分かるのじゃ。共に励むことこそなによりの策であろう」


 寺社の対処は内匠頭に任せるしかあるまい。吾らは内匠頭を助ける。あやつならば、それで察してくれよう。



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