第2398話・久遠家のお話

Side:久遠一馬


 尾張の賦役は木曽三川の治水がメインとなる。無論、美濃や飛騨など上流から下流までの治水だ。


 土木技術はこの時代にもあるが、河川を上流から下流まで全域で考えてコントロールするということを今の時代にやっているところはないだろう。


 一ヵ所で堤防を築くとその前後に負担が掛かることもある。元の世界ではダムを造るなどして水資源の確保と治水を積み重ねた歴史があり、オレたちにはそれを知っているアドバンテージがある。


 とはいえ、限られた予算と人員、この時代で使える技術を考えると河川の治水が難しいことに変わりはない。


 オレは今、あれこれと話してくるふたりの子を膝の上に抱えている。シャーロットとの子であるクローディアと、愛美まなみとの子である武廉丸たけかどまるだ。


 この子たちは母親であるシャーロットと愛美と一緒に、各地を旅していることが多い。今回は知多半島に行ってきたのだが楽しかったらしくご機嫌だ。


「知多半島の治水、そろそろ拡張が必要ね」


 シャーロットたちが知多半島の視察をしてきたのは、あの地がここ十年余りで大きく変わったからでもある。生活用水のための水路を引いたことと、ウチの作物の生産や山に植える木の苗木を育てるなどしている。


 ただ、やはり農業用水は足りないのでため池などがあちこちにある。


 すでに知多半島を取り巻く状況は変わっていて、人口も増えて多くの人が定住している土地となった。


 新規に村の開拓をする際には水路を伸ばすなどしているが、大元の水路の拡張が必要な頃だったんだ。


「予算と必要人員はこのくらいになります」


 愛美が概要の報告書を作ってくれた。無論、この時代だと天下普請クラスの規模と予算になる。


「予算と人員はこっちでなんとかするよ。具体的な縄張りを進めてもらおうか」


 エルたちと資清さんたちと報告書を見て検討するが、どのみち十年で経過すると用水路の点検と整備を本格的にやろうとか考えていたことだ。シャーロットは先にチェックしてしまったが。


 工期をどの程度にするかは関係各所と調整がいるが、賦役自体を始めることには異論はないだろう。知多半島で生産されたウチの野菜が尾張では大人気だからね。


「シャーロット、愛美、ふたりの後継者をもう少し増やしてほしいわ」


 一通り報告と話し合いが終わると、メルティがシャーロットたちに少し困ったように指摘していた。


 妻たちの後継者、初期から育てている。割とうまくいっているのは医師や職人関係か。シャーロットと愛美の担当である大規模な普請や工事は、そこまで需要がないというかほぼ織田家の事業になるので、どうしても経験を積んでいく場数が足りない。


 もう少し言うと芸術家タイプのシャーロットと効率化タイプの愛美では、同じ建築でも考え方からして違う。そういうのも含めて次の世代に伝えたいんだけど。


 無論、学校では土木建築に関する講義をして基礎を教えているし、ふたりにも後継者となる弟子がいる。ただ、先々を考えるともっと欲しいのが実情だ。


「そうね。なら人を増やす? ただ、若い子がいいわ。年配者よりは覚えがいいし。あと、関係ない信念とかあると困るのよね。坊主は遠慮してほしいわ」


 シャーロットの表情は普通だけど、喜んでもいない。後継者育成に積極的な妻もいるが、そうでない妻もいる。シャーロットは後者だ。


 学問として教える以外は自分の与えられた現場で学べばいいと考えている。もう少し言うと、この時代の迷信やら宗教的な土木建築の慣例を嫌っていて宗教関連者と口論になり論破して騒ぎになったこともあった。


「その件は、某にお任せを。お方様の望む者をご用意致しまする」


 どうしようかなと思っていると、資清さんが人選をしてくれることになった。なら任せていいかな。


 近年は、そうおかしなこともないんだけどね。ウチの立場がはっきりとしていなかった時期には、土地の有力者やら坊主があれこれと工事に口を出そうとして揉めるなんてのが日常茶飯事だったから。


 愛美が上手く収めたけど、シャーロット自身は自分の美学に反することは許容出来ないと引かないこともあったから。


 実は織田家中だとシャーロットのこだわりとか性格の評判はいいんだけどね。主に武闘派に。自分の信念がはっきりとしているタイプだけに武闘派と馬が合うのだろう。


 過去にはシャーロットと揉めた相手に武闘派が出張って、話を付けてくれたなんてことも何度かあった。


「八郎殿なら大丈夫ね。お願いするわ」


 妻たちの間の調整、メルティが主にしているんだけど。最近は資清さんに任せても大丈夫な案件がかなり増えたなぁ。


 妻たちの性格とか好みを把握して付ける人員を選んでいるんだよね。


 ちなみに資清さんと望月さんの俸禄、もう何年も上がっていない。褒美という形で一度限りのボーナスは与えているけど、俸禄は本人たちと話し合って現状維持ということになっている。


 ふたりは、はっきり言うと織田家評定衆より個人で使えるお金は桁違いに多い。これから先も続くだろう滝川家と望月家の立場とか将来的な久遠家の財政事情とか考えると、もう十分だと言われてしまった。


 そこは心配ないと言ったんだけどね。正直、使い道がないと言われると苦笑いしか出なかった。


 投資や寄進をしても高が知れているし。表向きな立場は評定衆待遇の久遠家家臣なわけで、体裁を重んじるこの時代で織田家評定衆よりお金を使うわけにもいかない。


 ちなみに信秀さんとか信長さんは事情を知っていて笑っている。有能過ぎて俸禄の上限を決めたいって話自体、ウチ以外だとあり得ないし。


 そもそも資清さんと望月さんの仕事は、織田家中枢で日ノ本の政治と久遠家の海外領への人員配置などに深く関与している。オレの代理として動くことも多く、体裁を整えたり贈り物をしたりとお金はかかるんだけどね。それを加味しても十分ということだ。


 経済でいえば、ウチのひとり勝ちだからね。現状は。収入に対する家老の俸禄としては高くはないんだけど。


 滝川と望月の一族は、半数ほどが日ノ本の外にいるからなぁ。本領にもいるし、妻たちに同行したりしているからさ。


 両家に関しては、もう日ノ本の武士という立場ではないと言ったほうがいいだろう。


 名実共に久遠家の家臣なんだ。


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