第2395話・海祭りを前に

Side:熊野の僧


 蟹江の港は、海祭りを前に織田の船と久遠の船が集まっておる。織田領以外では見ることがない黒船が百を超えておるように見える。


「海は相も変わらず久遠の天下か……」


 中でも久遠にしかないという大鯨船は、あまりの大きさに恐ろしゅうなるほど。見ておるだけで勝てる気がしない。


「今更であろう?」


「まあ……そうだな」


 尾張との力の差は明らかだが、熊野もそこまで悪うない。東国の海は久遠の海だ。


 尾張が強く豊かになったことで西から来る船が増えて、おかしなことをすると商いをしてもらえなくなることで暴れることも少なくなった。


「争わず国を豊かとするなど出来るとは思わなんだな」


 共に熊野から参った男の言葉に苦笑いを見せてしもうたかもしれぬ。


 尾張は寺社そのものに疑念を持ち熊野ですら疎んでおるが、争わずに国を豊かにしようとしておることに偽りはない。


 熊野でも同じことをしようとした頃があるが、ことごとく上手くいかなんだ。尾張のように豊かにしたいと願うのは皆同じ。されど、そのために所領を召し上げるかと言えば烈火のごとく怒り、関税を減らそうといえば利が減ると怒る。


 熊野三山とて一枚岩ではないからな。


 結局、織田に品物を安く譲ってもらうこと以外は、織田が求めた新たな海の法を守ることしか変えておらん。


「上はいかがするのであろうな?」


 決して口に出せぬが、熊野がいかになろうともこの国は守らねばならぬのではと思う時がある。


 武士も寺社も民も、皆、力を合わせて生きておるのだ。この国では。熊野が滅んだとて仏法も残る。


 無論、上も織田と争う気などない。されど、面目やら体裁やらと織田に降ることに異を唱える者はおる。


 神宮が良くも悪くも織田に従った寺社の先を教えてくれたからな。


 正道を歩み、寺社の本分をまっとうするうちはいいが、おかしなことをすると罰を受ける。面目と体裁を守るためにと内々のこととして済ませてくれぬのだ。


「還俗して尾張に移り住む者もおるからな」


 そうなのだ。多くはないが心ある僧の中には尾張に移り住む者がいる。尾張は余所者であっても生きる術があるからな。


 旧知の者など尾張で手習いの師をしておったが、縁あって織田に召し抱えられて働いていると文をもらったことがある。


 寺社もまた祈りだけで生きておるわけではないからな。心穏やかに暮らしたいと熊野を離れる者がおるのが事実なのだ。


 我らのように端の者からすると、従う者を選ぶくらいしか出来ぬ。


 熊野にも思い入れはあるし、必ずしも悪いわけではないが。先行きはあまり良いとは言えぬからの。




Side:鏡花


「ここは相変わらずですね。鏡花殿」


 造船所で仕事をしていると千代女がやって来たわ。造船と明後日の海祭りの件での打ち合わせや。


「ちょっと遅れ気味なんよ」


 造船スケジュールは常に埋まっている。近頃では蟹江の旋盤工房や職人町のみならず、工業村や尾張以外の領国の職人たちが作った部材が常に蟹江に運ばれてくる。


 造船所は、組み立てと補修のみに特化させたんや。統一規格と分業制、これのおかげでこの時代としては驚くほどの速さで造船が続いている。ただ、それでも船の需要には追い付いていないんやけど。


「あまり急がずともよいとのことです。ただ、奥羽に送る船は先に造ってほしいと」


「了解や」


 千代女も立派になったわ。ウチとかすずとチェリーとかは文官仕事向かへんからなぁ。アンドロイドであるウチらより確実に劣るのは戦闘力くらいやろか?


「そういえば、今年は他国の船がどれくらい来たん?」


「瀬戸内の村上水軍や九州の博多などからも多くはありませんが、船は来ています」


 どうりで造船施設の警備兵が増えたわけや。間者らしき者がウチでも分かるくらいに近くにおるもんなぁ。


「殿とエル殿からは船大工衆が無理をしていないか見てこいと命じられておりますよ」


「あはは、こっちは大丈夫や」


 司令、昨日自分で確認したはずやのに。まあ、職人衆、仕事終わってから試行錯誤するとか無理するからなぁ。


「鏡花殿の大丈夫はあまり信じるなとも……。ほどほどに願います」


 ウチを諫めるような千代女に思わず笑ってしもうたわ。千代女もそれを見て笑っている。


「蟹江と同等の造船所が、もうひとつでいいからあればええんやけど……」


「今は難しいかと。奥羽で造船所を普請していますが、人が足りずに思うように進んでいません。職人の数が足りなすぎます。奥羽で職人の育成を始めていますが、一人前になるまで何年かかるやら」


 ああ、季代子のほうも苦労をしているんやな。


 船大工の育成はこっちでも善三殿がやっているんやけど、奥羽に出すほど揃ってないんよ。


 ほんまに困ったわ。




Side:ミレイ


 尾張の祭りは天下の祭りとなりそうな感じね。諸国から人が集まる。海祭りは特に水軍や海賊衆があちこちから来ているわ。


 タダの祭り見物ならお好きにどうぞというところだけど、ウチの技術を盗もうとする者も多いし、唐突にあれこれと欲しいと言い出す者たちもいる。


 そんな面倒事の対処をしているんだけど……。


「あっ、ミレイ。おかえり~」


 あら、珍しい子たちが食事をしているわね。


「どうしたの? シャーロット、愛美まなみ、なんかあった?」


「ううん、知多半島の様子を見てきただけ。海祭りが終わったら奥羽に行ってみるつもりよ」


 シャーロットと愛美。


 シャーロットはイングランド系アメリカ人をモチーフにして司令が造った。アンドロイドのタイプは技能型。好みであるカウボーイのような格好のまま食事をしている。モチーフの影響を受けたのか、これが普段着なのよね。


 一応、軍服と着物も着ることはあるんだけど……。


 愛美は日本人系のアンドロイド。黒髪をシンプルで飾り気のないヘアゴムで後ろに縛っていて、メタルフレームの眼鏡をしている。一見地味だけど、実は……なんていう設定で司令が創ったとかなんとか。こっちは万能型ね。


 シャーロットと愛美の専門は土木工学や建築学。シャーロットは仮想空間の頃からそっちが専門だけど、愛美は調査研究部にいて専門は各種調査だったのよね。


 ただ、この世界に来て芸術家肌のシャーロットを補佐して交渉事を担当するために、土木工学や建築学を学んで役割が変わった。


 チェリーもそうだけど、やりたいことを見つけるとアンドロイドの適性と変わることはあるのよね。


 こっちに来てからは、主に大規模建築や大規模土木工事の基礎案をつくっている。プロイとあいりのように日ノ本の内外を回っているから、どこにいるか分からないタイプの子ね。


 ちなみに清洲城や尾張の各町の町割りも基礎案はシャーロットが担当した。芸術家肌のシャーロットは細かい交渉をめんどくさがるし芸術性に反する設計を好まないので、それをエルが引き継ぎ織田家での意見を加えて完成させたのが現在の清洲城や町になる。


 現在では土木工事の縄張りや各地の公民館の縄張りや設計を担当している。


 ちなみにふたりともすでに子供がいるのよね。ほんと、先を越されていくわね。



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