第2391話・一方……

Side:久遠一馬


 妻と子供たちが減ると寂しい。まあ、妻たちにはなるべく尾張に滞在する期間を延ばすようにとお願いしていて、近年は尾張にいる時間は増えているんだけどね。


 この日は晴具さんが学校帰りにウチに立ち寄っている。慶光院清順さんの件で少し相談しているんだ。


「困ったものよ」


 二月に入り、春となりつつある庭で遊ぶ子供たちとロボ一家を眺めながら晴具さんはため息を漏らした。


 頃合いを見て神宮との関係改善を考えているのは、オレたちも晴具さんも同じだ。儀式とか伝統は変えなくていいが、当たり障りのないところから変えてくれると関係改善のきっかけになるんだが。


 門前町である宇治と山田との関係改善とかでもいいし、神宮が地域の人々に学問を教えることでもいい。


 そういう動きがまったくないのに、不満と清順さんを妬む話が伝わると助けられない。


「熊野三山が恐ろしいくらいにこちらに合わせてくれています。それもあって余計に目立っています」


 あと直接は関係ないが、熊野三山との話し合いは上手くいっている。賊の引き渡しや領境周辺の賊の討伐など、協力する姿勢に変わった。


 ほんと寺社に逃げると手を出せないので、賢い賊は領内を荒らして目を付けられると熊野に逃げる連中がわりといたんだよね。今後、賊に関しては引き渡すことでほぼ合意出来ている。


 領境の治安が良くなると、仁科三社の一件で止まったままになっている熊野への定期船の話も進められるんだよなぁ。


「神宮が名を落としておる間に取り入りたいのであろう。不仲じゃからの。近衛公あたりが知恵を貸したのやもしれぬ」


 神宮と繋がりが深い晴具さんとするとあまり喜べることではないが、仕方ないといったところか。


「北畠領に関しては上手くいっています。このままだと格差が広がるんですよね」


 北畠家ではすでに自分たちは変わるんだと覚悟を決めたことで、いろいろと改革が進んでいる。


 伊勢と志摩の北畠領では、ほぼすべての関所を開放したことで尾張と同じ価格で様々な品が流通している。それにより誰もが変わったと実感を持つことが出来ているんだ。


 その甲斐もあって尾張流賦役も上手くいっているし、北畠家の俸禄化も議論が始まった。


「いかんともならぬの。わしとそなたは動いてはならぬ身じゃ」


 確かにオレと晴具さんは動けない。


 動けないからこそ、慶光院との関係を深めて神宮との関係改善のタイミングを計っていたんだけど。


「難しく考えるのはやめるか。捨て置いても滅ぶことがないのじゃ。兵を挙げる力もない。あとは知らぬわ」


 物凄い本音だなぁ。まあ、確かに神宮が滅ばないように織田家からの寄進は止めてないしね。まだ時間が足りないということか。




Side:セレス


 各地の警備兵より装甲大八車に関する報告が届きました。


 対鉄砲装甲のない二型を警備兵に配備していますが、思った以上に評判はいいようです。日ノ本では鉄砲を持つ者が徐々に増えていますが、現状でも賊程度では鉄砲を使う者は滅多にいないので二型で十分なようです。


 欠点はやはり山などで使えないこと。ただ、山間部でも山に至るまでの道で使うなどしていて評判はいいですね。


 治安維持の影響は大きい。目に見える形で安心出来ると人々の意識からして変わりますから。


「熊野か。気を許せぬが……」


 次は熊野に関する議論です。罪人の引き渡しと、領境付近の賊の討伐に関する譲歩がありました。警備兵として、この件の対処を話し合っているのですが。


 戸惑う者も多く、なにかしらの謀ではと疑う者もいます。私たちが来て以来、寺社とは多くの問題がありましたから。寺社というだけでは信用がないのです。


「賊を隠し立てせぬのはいいとしても、向こうには警備兵がおらぬからな」


 佐々殿はこの件を好意的に受け止めていますが、実効性があることなのかは疑問を感じている様子。


「熊野からの出稼ぎは多いからなぁ。実入りが悪くないはずの水軍衆ですら適当な理由を付けて蟹江におるというではないか」


 そうなのです。領境、熊野側の所領はそもそも賊を捕らえるほど人がいません。農繁期には戻る者もいますが、それでも己の村に戻るだけ。賊などが逃げ込みそうな山や田畑が作れぬ土地には人などいませんから。


 無論、熊野としては寺社の特権である一部、武士の力の及ばぬ地という体裁を一部であっても譲歩するという英断をしていますが、それで問題が解決するかは未知数。


 ただ、それも考慮して、織田方で近隣の賊狩りを大々的にやるなら熊野側でもやってもいいという提案もあります。こちらは規模にもよりますが、一定の効果が見込める。


「氷雨様、熊野は何故、今頃になって……」


「意地を張っても助けはないですからね。神宮の様子を見てということでしょう。あとは神宮に対する嫌がらせもしたいのではと思えます。不仲だと聞いていますから」


 不謹慎ですが、神宮と熊野の動きは面白いですね。先に誼を深めていた神宮は、すでに譲歩したあとに関係悪化したということで選べる選択肢が少ないです。熊野はあまり譲歩していなかったことで賊の扱いによる譲歩など交渉カードが豊富にある。


 まあ、神宮と熊野では勢力に違いがあり、神宮は熊野ほどの勢力がないことなどもありますが。


「信仰する気が失せるな。さりとて攻め滅ぼすわけにもいかぬ」


 佐々殿の言葉に苦笑いを見せてしまったかもしれません。司令の元の世界には女の敵は女などという言葉がありましたが、寺社の敵は寺社なのかもしれません。


「ひとまず領境の警備兵の配置を見直し、賊狩りの検討を致しましょう。やってみて駄目なら、また評定で検討すればいいだけです」


 領境は今も難しい。それはどこも同じです。熊野がどこまで本気かはやってみれば分かること。


 現実問題として領境が格差で不安定な地域になるのは避けられず、賊などが領境付近で活動を活発にしているのも確かなこと。意思疎通を計るだけでもメリットはあります。


 賊狩りは武官衆の助けがいる。あとで孫三郎様にこちらの状況をお伝えして検討をお願いしに行かねば。


 北畠や六角との領境は安定しているので、熊野との領境も安定するとだいぶ領内の治安維持が楽になります。無論のこと、熊野の上層部はそこまで理解しているはず。


 このまま双方に利益になる形で治安が良くなれば経済的な利益も回る。そこまで気付いていますかね? 寺社だけに気付いていてもおかしくはない。


 まあ、お手並み拝見といきましょうか。



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