第2387話・義輝、妻と共に……

Side:足利義輝


 松の内が明けた。


 常ならば、そろそろ尾張に行く頃だが、今年は御所におる。御台として迎えたおそねもいるからな。


 尾張でそれなりに話したことがあるが、正直、人となりを多少知る程度だ。一馬らを見習い、オレはおそねと自ら向き合い、話をしておる。


 そもそも将軍と御台は、民や一馬らのような夫婦めおととは違う。足利と御台の実家が繋がるためにある。子は成さばならぬが、一馬らのように共に助け合い生きるかと言われると少し違う。


 母上もそうだったが、将軍の心の奥底まで御台は知らぬことも珍しくない。


 本来はあれこれと守らねばならぬ仕来りや慣例が数多あり、尾張と北畠家で礼儀作法などを学んだおそねとて苦労をするはずであったが。


 今ではオレと母上ですら、仕来りや慣例を己が意思で用いるかどうか決めておる。必要と思えば守り、要らぬと思えば廃した。


 近衛の出である母上でさえ、長き流浪の身で出来ぬことが増えておったことや、尾張にておみねと会うてから変わられた。


 まあ、公の場での仕来りと慣例はおそねも学んでおるがな。言い換えると、それ以外の内々のことは急いで教えずともよいと母上と話して決めた。


 学問と同じだ。知識としては知るべきだが、オレも母上もすでに使わなくなった知恵だからな。伝えることに重きをおくだけ。


 つらつらと考えながらひとりで鍛練をしておると、おそねが姿を見せた。


「上様、紅茶などいかがでございましょう」


「それは、よいな。少し休むか」


 場を変えると、おそねは自ら紅茶を淹れる。その所作は尾張でよく見かけるものだ。無駄な形を廃して、ただ、茶を美味く飲もうとするだけ。


「寂しゅうないか? 尾張と違い、ここは少し静かすぎる」


 おそねに憂いがあるようには見えぬ。されど、こうして声をかけてやることこそ大事なこと。実のところ、静かすぎて退屈なのはオレのほうなのだがな。


「確かに静かでございますね。ただ、こういう日々もよいかと思いまする」


「学校や一馬のところはいつの賑やかだからな。オレはあちらのほうが好みだ」


 オレの言葉におそねはどう答えるか迷うたのであろう。僅かな沈黙があった。


「私のことならば懸念はございません。慶寿院様と共にここを守っております。今までと同じように将軍として武芸者として生きてくださりませ」


 その言葉に思わず苦笑いが出た。そうであったな。こやつはアーシャの教え子。そこらの者と違う。久遠の教えを受けし者だ。


 察するその先を自ら見つけて、オレの心中を読んでしまったか。


「そうだな。だが、もうしばらくこちらにいる。二月には春たちが参るだろう。少なくともそれまではいるつもりだ」


 新しき御所での新年だ。遠方から挨拶に来る者も多い。左様な使者とは会わねばならぬからな。それに管領代だけでは苦労も多い。今しばらく将軍として役目をまっとうする必要がある。


「御所も、いずれ賑やかとなればよろしゅうございますね」


 おそねの言葉にそれもいいかもしれぬと思う。堅苦しい宴などは要らぬが、もう少し人が集まる機会を設けるのもいいかもしれぬ。


 昨年の師走には、母上が春たちと奉行衆や六角の奥方らを集めて茶会をしておったのだ。


 少し新しきことを考えるのも面白いかもしれぬ。うん、それがよいな。




Side:久遠一馬


「ええい! 許さぬ!! 許さぬぞ!!!」


 屋敷で最低限の仕事をこなし、少し休憩にと屋敷の中にいる子供たちの様子を見に行こうとしたら吉法師君の怒声が聞こえた。


 そういえば、今日は遊びに来ていたんだっけ。喧嘩でもしたか? 吉法師君もウチの子たちもじゃれ合うように喧嘩をすることはあるが、激怒するように喧嘩したのは見たことがない。


 親馬鹿かもしれないと思いつつ、様子を見に行く。


「ちーち!」


「かずま!」


 大勢の子供たちが同じ部屋で遊んでいた。オレが部屋に入ると、先ほどの怒声が嘘のような和やかな様子だ。


「ああ、紙芝居ですか」


「うむ、見せてやっておるのだ。そなたも一緒にどうだ?」


 怒声の原因は紙芝居か。吉法師君、数えで十歳になったからなぁ。日頃、紙芝居を読んでいる人たちって、吉法師君みたいに喜怒哀楽を豊かに読むことで子供たちにも人気なんだ。


 誰かが教えたのか自分で学んだのか分からないけど、こういうところでも成長がみられるなぁ。


「ぜひ、拝見したいんですけど。まだ仕事が残っているんですよね。もう少しで終わりますから。終わったらみんなで遊びましょう」


 今日は実の子と家臣たちの子、それと吉法師君とお付きの子たちがいる。みんな楽しげに遊んでいる姿が微笑ましい。


 元の世界の幼稚園や保育園から小学校低学年くらいまで、年齢幅は広いんだけどね。年長の子たちが下の子を面倒見るなどしてくれているのは頼もしいほどだ。


「よし、続きを読むぞ!」


「はーい!」


 吉法師君、武士としての教育も受けているんだけど。ウチにいるとウチの子供と変わらないようになったな。半分はお市ちゃんの影響だ。


 オレや妻たちと一緒にいて学んだお市ちゃんが、ウチにいる時に吉法師君にいろいろと教えたことがそのまま今に繋がっている。


 まあ織田家の教育自体が尾張流武士としての教育であって、この時代の畿内を頂点とする他国の教育とは違うんだけどね。


 義信君の子供、岩竜丸君も基本は同じだ。時々、義信君が連れてきて、ウチの子たちとか牧場の子たちと一緒に過ごすことがある。


 義統さんも信秀さんも、新しい国を造るんだと決めているから子供の教育に関しては遠慮がないね。


 無論、身分とか権威とかはあるし、礼儀作法とか形式もある。


 ただ、子供には、多くの大人や子供同士で触れ合う機会を与えたほうがいいという点では、ウチと同じように変えてしまった。


 あんまり小さい子だと理解しないが、ある程度物心が付くと、子供も立場とか理解するからなぁ。学校もそうだけど、意外になんとかなるんだ。


 身分ある人の子育て、意外に悩むらしいからね。ウチだとエルとかリリーとかアーシャがよく相談されている。


 六角とか北畠も悩んでいたし。他人事ではないとみんな気にするんだ。


 織田一族以外で、意外にその辺を上手くやったのは斎藤家だろうか。義龍さんは割と早くから子供たちを尾張流で好きにさせた結果、普通にいい子に育っているし。


 まあ、なにからなにまで上手くいくというわけではないが、兄弟や親子の争いから戦とかになるよりはマシになっている。


 このまま、みんなで子供たちを見守る形になればいいけどね。



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